「生きる意味」PARTⅡ
彼らは、私のことなど完全に忘れていた゜
第二話「復讐」
Aの顔は、完全に潰されていた゜潰されて息絶えているAの顔面を金属バットで叩き続けて、ただコンクリートを叩いている状態になっても止めない。
叩いても叩いても興奮、怒りが収まらない。
いったいAに対してどれだけの恨み怒りがあったのか。
彼がこのような凶暴な行為をするなんて、彼を知っている人間は誰も信じられないだろう。
しばらく叩き続けてから「ふぅーっ」と息を吐いて、彼の体の中の怒りがすぅーっと抜けたような感じがした。
二十五年間の彼の人生で初めての経験、快感、今まで体の中に溜まっていた、マグマが流れ出た瞬間。
「まだ足りない。」と云ってすぐに次の顔が浮かんだ。
彼女には、もっととことん辱めて、めちゃくちゃにしてやろうと。
それを考えるだけで、またマグマが沸騰点に達しようと感じられてきた。
彼が、ここまで怒りを感じているということは、過去に相当な事があったと普通は考えられるが、A自身は、なんでこんな目に合うのか全く見当がつかない。
Aと彼女と彼は、高校時代のクラスメイトで、彼は目立たない存在で言葉を交わした記憶すらない。
特に、いじめたという感覚もない。
そもそもAは、いじめっ子とは思われていないし、いじめっ子の部類には入らないと思う。
Aの死体が発見された時、いったいどれほどの恨みを持っている奴の犯行なのかと思われた。
そういう意味で、けっして彼が犯人とは、誰も考えもしなかったし、彼の存在は、クラスメイトの記憶の中から消えていた。
ただ、Aは、一度だけ不良ぽい事を、彼に、なんとなくした事があった。
それは、A自身すでにまったく憶えていないぐらいAにとっては些細なことである。
ある日、彼が買ったばかりの靴を履いて登校してきた時、Aは、数人の友人と彼を囲み、「いい靴履いているじゃねえか」と片方の靴を踏んだ。
ちょっと間があって、「ごめん冗談だよ」とAも自分らしくない事をしてしまった思い、笑いながらその場を去った。
彼も、「へへっ」とごまかしたような笑いをした。
それを、近くで女子たちが、なんとなく見下したような笑いをして見ていた中の一人が彼女だった。
彼女は、やさしい性格で彼に話しかけてくれた事のある、数少ないクラスメイトだった。
三人の関係は、ただこれだけの事。
彼の心の中では、それがずうーっと残り続け年々成長していき、やがて働くようになり車の運転など、何かに集中しなければならない時、突然、その記憶を思い出し、頭の中を支配し、残酷な「復讐」がビジュアル化していく。
もう何年も繰り返して、後はいつ実行するかだけ。
「早くしないと!動悸が激しくなってきている。」そう独り言を云って、繰り返し妄想の世界に入り込み、どんどんその妄想は、膨らみ、もう実行する以外に自然に萎むことはない状態になっていた。
この事件の報道は、連日取り上げられていて、顔見知りの犯行でかなりの恨みを持った者であろうとされていて、彼とこの事件はどう考えても結びつかない。
ただ、彼には、もう一人「復讐」しなければならなかった。
危険をおかして急ぐ必要はないが、彼の体の中のマグマがそれを許してくれない。
彼女が、命乞いする姿が頭から離れない「早くやらねば!」。
もう保身など考える余地など無くなっている。
幸い、彼の存在は消えているのと同じ、クラスメイトも思い出せないほどだ。
彼女の、日々の行動はすでに頭に入っていて何時でも実行できる。
現在、彼は隣町の工場の生産ラインで働き日常的に会話のない世界にいる。
彼の会話といえば、人とするより心の中で呟く事。
この工場に働きはじめてから、徐々に、自分が世の中に必要とされているのか、自分の存在そのものに疑問を抱くようになり、あの高校時代の事を思い出し、少しづつ心の中で成長していった。
あとは、計画どうりに彼女を帰り道で車に押し込み、手錠をかけ、近くの工場跡地で犯して殺すだけ。
街灯もカメラもない道で彼女を捕まえた時、大声は出さず「あっ」と小さな声を出しただけで、おとなしく捕まえられた。
車の中では、おびえて声も出さずに、小刻みに震えているのがわかった。
工場の跡地に着き、シャッターを開け車のライトで中を照らし彼女を引きずり降ろし、コンクリートの床の上に寝かせ、初めて一言「俺を憶えているか」。
彼女は、ただ首を横に振るだけだった。
恐怖と不安から混乱しているだけなのだろうか、いやAも同じだった。
高校を卒業して七年、かれの存在は完全に消えてしまっていた。
「そうか」と呟いて。
「じゃあ仕事にかかるか」と声を出していった。
彼は、欲望のおもむくままに彼女を犯し続け、次は例の金属バットで彼女の顔面を打ち砕くだけだった。
しかし、犯した事によって彼の中のマグマは、出しつくされ、冷静になり、あの頃のおとなしい彼に今は完全に戻っていた。
「もうできない」かれの歪んだ精神は、この時点で燃え尽きてしまった。
もうこれ以上の情熱を持って燃え上がることはないだろうと確信した時、心の中で呟いた。
「ここで終わりにしよう」。
彼の心、肉体は、すでに長年の目標を達成して完全に脱力感に支配されていて何もできない状態に成ってしまっていた。
ほとんどの人間が一生感じられない達成感とエクスタシーを手に入れて彼はこのままいなくなってしまった。
その後の彼の事は誰も知らない。
もう彼に会うことは誰にも出来ないだろう。
世の中の価値観に、関わらず目標を達成することは、意味がある。