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九つの魔法家

 大広間は吹き抜けとなっており、上の階では毎年ある組分けを楽しみにしている上級生の巣がたくさんあった。

 下の階はというと、たくさんの野次馬とぽっかりと空いた空間が生まれていた。野次馬といっても騒がしい様子は無く、ただ何か腫れ物でも障るかのような、遠巻きに見ているようなそんな感じである。


「何やあれ、どうして九鬼原とエド君が一緒におんねん」


 先崎はその野次馬の方だった。野次馬が取り囲んでいる中心には、本の前に立っている二人の姿があった。


「お前からやれよ」


「えぇー、僕がぁー?」


「いいからやれ」


 九鬼原はやれやれといった様子で肩をすくませ、組が記してある本の前へと立った。


 皆が静まり返る中、九鬼原だけがそのふざけた雰囲気のまま言葉を発する。


「えー、九鬼原惣治郎でーす」


 本は黙ったままであったが、九鬼原が首を傾げはじめたところでページがバサバサとめくれ始める。


「おぉ! 風がすごい!」


 九鬼原の髪がしばらくの間巻き上げられた後に、本はあるページでピタッと止まる。


「……」


 九鬼原は誰にも分からない様一人で口角を少し上げ、そして振り返ってこう言い放った。


「僕『勇敢な翼竜グリッドワイバーン』だって! ヘタレなのに勇敢ってマジで笑えるんですけど!」


 九鬼原は何がツボに入ったのか爆笑しながら本の前から下がった。エドワードはため息をつきながらも自分のクラスの確認を一応してみた。


「結果が分かっているものほどむなしいもんはねぇな……エドワード=ヴィクター」


 エドワードが自分の名前を言うと本は再び動きだし、また違うページでぴたりと止まる。


「……俺も『勇敢な翼竜グリッドワイバーン』だ」


「えぇー、まぁだついて来る気なのー? もしかしてストーカー? ここまでして僕を殺したいの?」


「は? 馬鹿じゃねぇの?」


 幾分か冷たく言い放ったが、九鬼原は何ともないようだ。


 それにしても周りの反応がくっきりと分かれ、そこから誰がどこの所属なのかというのもうすうす予測ができる。


「マジかよ、問題児が来るとは終わったな……」


「これもう対抗戦駄目かもわからんね」


「あぶねぇあぶねぇ、『狡猾な猫シルバーキャット』で良かったぜ」


 大体落ち込んでいるのは同じ組であり、胸をなでおろしているのは他の二組であろう。


「あちゃー、エド君残念やでぇ」


「お前はどこだったんだ?」


「僕は『心優しき狐マイルドフォックス』や」


「いいとこなんじゃねぇの。少なくともあいつが一緒じゃねぇし」


「せ、せやな」


 エドワードが自ら爆弾発言をしたのを、先崎は冷や汗をたらしながらあいまいに受け取った。


「ま、これからは競争相手になるけどなんかあったら僕を頼ってくれてもええんやで」


「じゃああの九鬼原バカを引き取って――」


「ほなまたなー」


 先崎は笑顔のまま後ろ歩きで遠くへ行ってしまった。


「あんにゃろ……まあいいか。さて、次は教室に行く前に在校生と顔合わせか」


 エドワードは九鬼原を置いて先に寮へと進もうとしたが、九鬼原はしっかりと気づいていたようで後ろをついてきている。


「ちょっと待とうよ、せっかく同士ができたんだから」


「お前さっきはストーカーだのボロクソ言ってたじゃねぇか」


「はて、何のことやら?」


 九鬼原がとぼけながら歩いていくのを、残りの『勇敢な翼竜グリッドワイバーン』生が恐るおそるついていくのであった。




「――ねぇねぇ気がついてる?」


「あぁ?」


 九鬼原が馴れ馴れしく耳打ちをしては後ろの方を指さす。


「二人、ビビらずついて来てる」


 一人は小柄で見た目が明らかに小学生にしか見えない少女と、もう一人は気の強そうな――というよりエドワードが橋で助けた少女が集団から一つ飛びぬけて歩いていた。


「あいつは――」


「やっと気づいたか」


 少女はあの時同様不機嫌そうな顔つきで、ずけずけとエドワードの横まで歩いてくる。


「よぉ、お前も同じ組か」


「そうだがよぉ――って何だてめぇは」


「ぼ、僕かい!? 僕はえーと、あの――」


 九鬼原はまるで今まで異性と喋ったことが無いかのように急なテンパりを見せ始める。


「あれ? 僕はなんだっけ?」


「お前バカか?」


「えぇーっと、そのあの――」


「お前なんでそんなにテンパってんだよ」


「だって僕女の人と喋ったことないし、しかもこんなに好意的に――」


「これのどこが好意的だよ」


「……チッ、あれだけアタシの邪魔したんだからどんだけ強いんだと思っていたら、そうでもなさそうだな」


 少女はエドワードに興味が失せたようでそれ以上喋る様子は無かったが、エドワードの方はこれほどまでに突っかかって来る彼女の方が気になった。


「お前名前は?」


「自分から名乗れよ」


「それはわりぃ、俺はエドワード=ヴィクターっつうんだ」


「サラ=アナスタシア。サラでいい」


「そうか。よろしくな」


 エドワードはあいさつという意味で右手を差し出したがサラはそれを受け入れることは無く、腕を組んだまま横に並んでいるだけである。


「ちょいとちょいと待ちなさーい!」


「ん? 何だ――って、誰もいないじゃねえか」


「ここにいるのが分からないのか愚か者めが!」


 下を見ると、先ほどの見た目小学生が頬を膨らませている。


「わりぃ、気づかなかった」


「ば、馬鹿にするな! ちっさいからと馬鹿にするな!」


「誰も背が低いとは言ってねぇけど」


 少女は小さい体を大きく動かし不服の意を伝えるが、九鬼原は先ほどのいじけた状態とは打って変わってケラケラとさげすみ始めた。


「いやーゴメンゴメン、あまりに小さすぎて妖精か何かと勘違いしちゃったよ」


「ムキー! 貴様覚えておけ! わたしの名前はロザリィ=グリターだ!! 将来絶対に生徒会長になって、貴様のような腑抜けた輩を追い出してやる!」


「おぉ、怖い怖い」


「確かに怖いな」


 エドワードが半ば適当に受け流してその場を収めていると、目的地である寮前にたどり着いた。


「結構でけぇな」


「そりゃここで三年間暮らすんだからでけぇだろうよ」


「キヒヒ、ここで女の子と三年間――」


「気持ち悪いぞ貴様……」


 一つの巨大な塔のようにも見えるこの施設がエドワードたちのこれからの生活拠点となる。この高い塔内部は一体どうなっているのであろうか。


「高校生の寮としては豪勢なんじゃねぇの?」


 他の学校のことは知らなくても、エドワードは何となくそう思っていた。


 天井からつるされているシャンデリアから床のカーペットまで、魔法省内に匹敵するほどの豪華さであるからだ。


「で、どこ行きゃいいんだよ」


「……」


 エドワードが二階からの視線に気づいて上を向くと、黙ったままこちらの方を向いている青年の姿があった。


 青年はついてこいと言わんばかりにこちらに背を向け、塔の外周に沿って作られた螺旋らせん階段を上ってゆく。


「上ってことか」


 エドワードたちが青年についていくと、塔最上部にひときわ大きな扉が設置してある。


「……」


 新入生全員が塔最上階に到着したことを確認すると、青年がその大きな扉をがらがらと音を立てて開け始める。


「やあやあ、新入生諸君待っていたよ」


 そこでは広いスペースとなっており、在校生代表の数名が新入生の歓迎会を始めようとしているところであった。


「湊川くんご苦労様」


「……」


 湊川と呼ばれる青年が黙ったまま在校生側に着くと、生徒会会長である柳生が新入生へ挨拶をする。


「『勇敢な翼竜グリッドワイバーン』へようこそ新入生。僕が生徒会会長以下中略、柳生清利です。そしてここまで先導してくれた彼は服生徒会長で僕の良き右腕でもある湊川みながわジョージ君だ」


「……」


「この通り、湊川くんは少々接しづらいかもしれないけど、意外と面倒見がいいから皆頼りにしてあげてね」


「黙れ」


 湊川が冷たい目で柳生を睨むと、柳生はまるでいつもの様子だと言わんばかりに肩をすくませている。


「さて、君たちがこれから住まうこの寮のルールだけど……うーん、特にないんだよね。ただ争いごとや面倒事は止めてねってだけで。まあ取り敢えず座ってよ」


 寮暮らし、しかも会長が寮監を兼ねているこのクラスはどれほど厳しいのかと新入生は恐々としていたが、意外なゆるさに緊張から皆一斉に脱力してその場に座った。


 ただ一人を除いて。


「それでよいのですか!」


「ん? どうしたの? 質問でも?」


「いいえ違います! 私は意義があってこうして立っているのです。この月陽学院、しかも生徒会会長が務める寮がこのようなものでいいのか、私は疑問に思います!」


 凛々しく立っているの姿は誰しもが自然と緊張感を持ち始める。


「うーん、確かにそうかもしれないけど……君名前は?」


 少女はハッとした表情になると改めて自らの身の上を明かす。


「失礼しました! 私はシエル=ヴァレンタイン=氷坂ひさかと申します!」


 その瞬間エドワードと九鬼原が一瞬だけ反応を示す。

 柳生も何かを察したようで、シエルに対して一つだけ質問をした。


「……君もしかして、アレだよね?」


 シエルはその通りと言わんばかりに自信満々に答える。


「九つの魔導家のうちの一つ、ヴァレンタイン家の娘にてございます!」


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