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血筋と縁

 波乱を呼んだ入学式が終わり、エドワードと先崎は横に並んで次なる目的地へと足を運んでいる所であった。先崎はカバンからパンフレットを取り出し地図のページを開くと、次の目的地を指さす。


「それにしても変なところでハイテクやなこの学園は。パーソンの技術の取りどころ間違え取るで」


「そうだな……」


 地図という平面でも十分に理解できる代物しろものを、わざわざこの月陽学院のパンフレットは3Dにして表示している。これでは逆に見づらいことうけあいだ。


「えーっと、次は適性検査に行けばええんやな! 一番近いとこで、地図の点滅しおる所に行けばええんやな!」


「そうだな」


 しばらく歩いた後で、エドワードたちは検査場を発見したが、既に大勢の生徒が検査の順番待ちをしていた。


「うへぇ、堪忍かんにんやでこれは」


「ま、一番近い検査場だしな」


 文句を言っても仕方がないので二人は列の最後尾に並び、世間話をして時間を潰すことにした。


「そういやもう部活は決めたんか?」


「まだ入ったばかりだから何があんのか分からねぇよ」


「周り見てみ」


 エドワードがふと周りを見渡すと、既に在校生が箒で空を飛んではクラブ勧誘のビラをばら撒いていたり、誰かのペットであろうか喋るイタチが商売上手な語り口でビラを配っている。


「へいそちらの二人さん、ブルームレース部に入らんかね!」


「ブルームレースだぁ?」


「そっちの兄さん箒の扱いがうまそうだし、ぜひ入らんかね?」


 確かに先ほどまで箒を持っていた(今は空間圧縮魔法で別世界に飛ばしている)が、このイタチは勘が鋭いのであろうかと、エドワードは思っていた。


「いやいい、俺一回箒から落ちてトラウマになったし」


「そりゃ残念。でも魔具師まぐしとしても募集しているから、その事故の経験から安全な箒を作ってくれてもいいんだぜ!」


 イタチは宣伝を終えるとまたすぐ別の生徒へと話しかけて行った。


「……なんだありゃ」


「すごいやん! イタチが喋りおったで!」


「まあ魔法生物なら喋るだろうよ」


 エドワードは特に興味が無かったためクラブのビラを折りたたんでポケットへと入れるが、先崎はそのビラに目をよく通していた。


「お前興味あんの?」


「いやー、僕の親父魔具師やから勉強の為に入るんのもええな思って」


「お前の親父さん魔具師なのか?」


「せや。頑固もんやけど魔導具に関しては一切手を抜かへんで。僕も将来跡を継がんとあかんからな」


 エドワードは素直に感心した。現時点でエドワードには何の目標も無い。完全にないと言えば嘘にはなるが、それでも彼のような将来をきちんと考えてはいないからだ。


「すげぇな」


「せやろか。まあまだ完全にそれ一筋ってわけにはいかんやろ」


 こうして世間話をしている間に列が動いたかというと、一切動く様子は無い。


「なあ、別んとこ行かへん?」


「今更ほかの所に行っても同じだろ? それに――」


「あっ、君きみー!」


 エドワードが声の聞こえる方を向くと、そこには一人の少女が笑顔を浮かべて立っていた。


「ひゃあ、美人さんやぁ!」


「ふふ、ありがとっ。それより君にご家族からちょっと連絡があるみたいなんだ!」


「何?」


 エドワードは家族という言葉を聞くと表情が厳しくなる。


「あ、あららー、ご家族とはあまり仲良くない様子で」


「いいから何の用なのか教えてもらえますか?」


 少々語気を強めた言葉を言い放つと、目の前の少女は突然詠唱を始める。


「――風の使徒シルフよ、この者をかの場所へと飛ばしたまえ。――瞬間移動インパルス!」


「なっ! お前――」


「詳細はあちら側の方で聞いてくださーい!」


 エドワードの身体が消滅した後には、困惑した先崎が列に一人取り残されていた。


「……何なんやあれ?」




 飛ばされた先の廊下には誰かが待ち受けている訳でも無く、エドワードはただひとりぽつんといるだけであった。


 目の前の教室からも人の気配が無く、本当に一人のようだ。


 だがエドワードはそこに誰かがいるということを知っているかのように、廊下の先に声を飛ばす。


「……クソジジイいるんだろ!?」


 エドワードの怒声は廊下に響き渡るが誰一人返事を返す人がいない。代わりにエドワードの影が伸び、それがエドワードとは別の人の形をかたどり始める。


「エドや、急に呼び出してすまんかったの」


 おどけたような声が影から聞こえると、エドワードはいら立ったままその応対をする。


「何のようだクソジジイ。用がないなら失せろ」


「まあまあ、ちょっとだけ耳に入れといた方がいいことがあるんじゃよ」


 このまま怒っていても仕方がないことなので、エドワードは用件だけを聞こうと耳を傾ける。


「九つの魔法家の天敵が学校内に潜んでおる」


「なんだそりゃ」


 九つの魔法家――昔この夢幻都市の原型を作り上げた一人の魔導師がいて、その手先となって生涯尽くした九人の魔導師がいた。その魔導師の血は現代にも続いており、それぞれが有名かつ高名な魔導師を生み出している。


「俺には関係ないだろうが。とっくにお前らとはたもとを分かちあってんだからよ」


「しかしぼっちゃんも気を付けた方がいいかと。じいは心配で心配で――」


「けっ、だったら影訊かげききなんざ使わねぇでちょくで言いに来いよ」


「ふぉふぉふぉ、じいの言葉はこれまでですじゃ。まあせいぜい頑張んなさい」


 影は再びエドワードの形へと戻ると、エドワードはいら立ちからか自分の影を踏みつける。


「ちっ、ムカつく野郎だ」


 エドワードがそう言って振り向いたところで、一人の少年が立っている事に気がつく。


「……お前は」


「さっき大声で独り言喋っていたけど頭大丈夫?」


 そこに目の下に大きなクマを作った少年の姿が、壇上で発狂した少年の姿があった。


「奇遇だね。僕もこの教室で検査受けようと思っていたんだ。だってゴミゴミしたところで受けるだなんて僕の精神が参っちゃうからね」


「お前の場合既にぶっ壊れてんじゃねぇのか」


 エドワードは先ほど祖父が言っていた言葉をよく噛み締めていた。


 ――九つの魔法家の天敵が学校内に潜んでいる、と。


「……盗み聞きは感心しねぇな」


「大丈夫だよ。僕耳と頭が悪いから何言ってんのか理解できなかったし」


 明らかに適当なことを言っている様にしか思えない。エドワードは空間からさりげなく箒を呼び出すと、魔力を込めて戦闘準備に入る。


「……君もそうやって僕を傷つけるの?」


 九鬼原の声のトーンが沈むと、辺りの空気も重くなってゆく。それは比喩的な表現では無く、本当に空気が重くなっていっているのだ。


「僕さぁ、昔っから構ってもらえる人が少なくてさぁ、皆さぁ、君のようにさぁ、殺そうとしてくるんだよねぇ!」


 さっきはエドワードの影が伸びていたが、今は九鬼原の影が壁へ天井へと拡散してゆく。


 九鬼原はまるで獲物を前にした肉食獣のような不気味な笑みを浮かべ、魔法を発動する。


「キヒッ、――這拠クローリング――」


「ストーップ! そこまでー!」


 教室内から突如飛び出してきたのは、なんとこの学園の学長である黒剛ハクトであった。


「キミ達! その辺にしておきたまえ!」


「なぁんなんですかせんせぇ! せっかく僕が――」


 九鬼原の鼻先三寸を、高圧電流が流れてゆく。


「争いは止めろと言っているのだ」


 学長の態度はがらりと変わり、いつもと違ってきつい口調へと変わる。


 九鬼原はそれにビビったのか急にいじけモードとなり、その場に座り込み地面を指でなぞり始める。


「ほぉら、先生だって僕を殺そうとするんだ……」


「キミは少し考え方を変えた方がいい……それと」


 学長はエドワードの方を向き、目と目を合わせて話しかける。


「キミがエドワード君だね?」


「そうですけど……」


「キミと九鬼原君は別所で適性検査を行う。つまりここで検査をするってことさ」


 エドワードは嫌な予感をひしひしと感じた。その内容はこうだ。


 九鬼原惣治郎。こいつは俺を苦しめる気だと。



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