魔法と解析
私立月陽学院は特殊な組み分けをすることで有名である。普通であるならば一年ごとにクラスを変えていく学校が多いのであろうが、ここでは一度決まった組で三年間過ごしてもらうことになる。この学園では三つの組に分けられており、組名は初代三賢人の使役する召喚獣の名前から来ている。
その勇ましき魔力でもってアビゲイルを生涯守護し続けた大魔導師ロナルド=アーヴィングとともにあった『勇敢な翼竜』。
常に思考を張り巡らしアビゲイルのとるべき道を指導してきた大魔導師ブラック=ハードネスの忠実なる下僕『狡猾な猫』。
アビゲイルに多大な試練を与えつつも、それも全て悲願達成のための礎だったとされる大魔導師マヒコ=シキタニの使役する『心優しき狐』。
そしてその三つの組は、それぞれ元となった召喚獣がそのまま特徴を現している。
『勇敢な翼竜』は勇気があふれ、未知のものにも興味を示す冒険者である。そしてここに集まる者は常に前に進む続けることで、魔法界の未来を切り開いていくことであろう。
『狡猾な猫』は英知にあふれ、誰もが思いつかないような発想ができる知恵の持ち主である。そしてここに集まる者は将来魔法界でも有力になりえる者であり、魔法界を担っていくことになるであろう。
『心優しき狐』は愛情にあふれ、全てを受け入れることができる清らかな者である。そしてここに集まる者は全てを明るく照らし、魔法界の未来ですらも明るく照らし続けることであろう。(私立月陽学院紹介パンフレットより内容を一部抜粋)
「――ほんま、あの人大丈夫やろか?」
先崎は既に会堂にて席に着いており、周りの新入生同様そわそわとしていた。既に生徒同士のグループや派閥ができ始めている。
「エド君まーだ来とらんのかいな。もう少しで始まるで」
壁に掛けてある時計を見ながら、先崎がそわそわしている頃、エドワードはというと――
「――やべ、完全に迷ったわ」
箒を担いでいる姿で周りに不信感を与えながらも、エドワードは堂々と道の真ん中で迷っていた。
「入学式当日から遅刻確定かー。やる気失せるなぁ」
箒は意外にも重たく、エドワードの地味に体力を奪っている。
「てか、空飛べばよくね?」
エドワードは箒にまたぐと両手から魔力を供給、箒はすぐに宙に浮くことになった。
「さて、空から探すか」
とにかく城を探さなければ。市来の話によればかなり古い建物だと聞いているが――
「あの城本部より古くねぇか?」
魔法省本部の城はもともと別の場所にあったものであり、魔法族の最後の避難所として扱われてきた。しかしその後夢幻都市の原型が造られ、その整備をしている際に城を移動させ魔法省と名前を変えている。
その歴史ある魔法省より古いとは、いつの時代にできたものなのであろうか。
「ま、それっぽい橋もかけてあるようだしそこから降りていくか」
エドワードは城へと続く橋の前で箒から降りると、その全貌を見て息をのんだ。
「でけぇ……」
魔法省の物よりさらに一回りあるのではないかと思えるほどの大きさである。
「ここか……」
エドワードは橋へと一歩足を進め、そしてまた一歩と踏みしめるように進んでいった。
「下は深いようだな」
橋が架かっている理由として、街とその城の間に深い谷があるのが挙げられる。底が見えることは無く、ただただ深い闇が広がっている。
「あとちょいで始まるな」
エドワードは会堂の方の盛り上がりと、周りの人々の焦り様からそう察した。
「さて、転移魔法を使ってもいいが……」
周りの者で魔法を使って入ろうとする者はいない。学校に魔法障壁でも張られているのであろうかと、エドワードは考えた。
「どうすっかなー、箒で飛んでも行儀わりぃし――」
「あぁ!? やんのかゴラァ!」
突如聞こえる怒声に、その場にいた生徒たちの視線が集まる。
「下級生の分際でなんだその態度は!」
「うっせぇんだよ雑魚が! アタシに指図すんな!」
「なんか面倒なことになってんなぁ」
遠くで女子生徒とその口ぶりから恐らく上級生であろう男とが口論している。
髪の長い女子生徒は、その怒りを表しているかのように毛先がほんのりと赤く染まっている。そして眉間にしわを寄せ明らかに不機嫌であることを示している。
「別にアタシだって来たくてこんなトコ来てねぇし!」
「ならば立ち去りたまえ! 君のような下品な女性が来るべきところではない!」
「うっせぇ、てめぇをぶっ飛ばしてから帰ってやるよぉ!」
少女は袖もとに仕込んでいたバタフライナイフを開くと同時に呪文を唱える。
「――発火焦!」
完全に開き終わったナイフから爆風が飛び、男の身体を包み込む。
「ハッハァ! ザマァないね!」
決着がついたかに思えたが、エドワードの目にはそう映ることは無かった。
「結氷膚か」
男は右腕に結氷膚をかけていたため、火傷も少なく軽傷であるようだ。
「チッ」
「ふ、ふざけるなよこのアマが!」
男の方は怒りをあらわにしたようで、容赦なく中級魔法の詠唱を始める。
「――雹鉄よ、標的を撃ち砕かんとする我が前に、その身に余る供物を捧げよ! ――鉄氷銃創!!」
氷塊でできたミニガンが少女の姿を捉える。
「オオアァ!」
氷のつぶてが雨あられと少女に襲い掛かるが――
「はいストップー」
エドワードが突如争いに乱入、ミニガンを魔法の炎で溶かしつくしてしまう。
「何っ!?」
「その辺にしとこうぜ。もうすぐ入学式だしそんなにピリピリすることねぇだろ?」
「なんだね君は! 部外者は割り込まないでほしいんだが――」
「俺が言っているんだ。頼むからこの場は収まってくれよ」
半分この場を鎮めるための言葉だったが半分は自身を鎮めるための言葉だった。エドワードは左目が疼くのを抑えながらも説得に入る。
「もういいだろ? 誰も怪我してねぇしこの場は――」
「うるさい! お前もその女の肩を持つつもりか!」
男が再び氷塊を構築し、その敵意を今度はこちらの方へと向けてくる。
「ならば貴様から沈まれ!」
「チッ……警告はしたぞ」
エドワードは一瞬だけ左目を開くと、展開した魔法陣で相手の術式構造を掌握、術式の支配権をエドワード自身に移した。
「――鉄氷銃創」
男が構築していた氷塊は分裂し、エドワードの右腕へと移ってゆく。
気が付けば男のこめかみに、ミニガンの銃口が付きつけられていた。
「ひっ、ど、どういう事だ!?」
「ちょっとした手品だ。これに懲りたらもう突っかかるのは止めてくれ」
「わ、分かったわかった!」
男は逃げるようにしてその場を立ち去り、辺りの視線は残ったエドワードへと集まる。
「す、すげぇ……」
「何だあれ、どういう事だ……」
「やべ、いつもの癖でやっちまった」
あまり知られてはいけないにも関わらず左目を解いてしまった。幸いにも魔法陣までは見られなかったものの、目の前で起きた不思議な現象までは消し去ることはできない。
「……どうすっかなー」
エドワードが頭をぽりぽりと掻いていると、先ほどの少女が話しかけてくる。
「おい、どうして割り込んできた?」
「どうでもいいだろ? 面倒なのは嫌いなんだ」
「アタシが面倒だとコラ」
これ以上この少女に関わるのは面倒そうなので、エドワードはさっさと転送魔法を詠唱する。
「――瞬間移動」
「あっ!? 待てコラァ! アタシの前で消えんな!」
少女がそういう頃には既にエドワードの身体はバチンと消え去っていた。
「ほんま遅いでぇ、このままやと――」
「おう、また会ったな」
「何や君開始一分前に来てどうするつもりやねん!」
「まあ俺以外にも何人かは遅刻要るから大丈夫だろ」
普段から下層部に来る者は意外と少なく、学生になってから始めてくるというものが多い。故に先ほどのエドワードの様に道に迷って入学式に出られなかったという生徒が毎年いるようだ。
「ま、いざという時は生徒会が拾ってくれるやろ」
「そうだな」
エドワードが枝崎と世間話をしていると、その中に一つ興味深い話題が出てきた。
「そういや今年の首席の話聞いた?」
「いいや、なんだそれは?」
「なんでも全教科満点なんやと。実技の方もずば抜けとるらしいし、こりゃその生徒がいる組が対抗戦で優勝確定やなぁ」
「そうなのか」
エドワードはその生徒に興味がわいた。このエリート校でそれほどの成績を叩きだせるのであれば自分以上の実力なのではないかと思ったからだ。
「気になるな」
「せやろせやろ? あっ、もう始まる見たいやで」
遅刻寸前の生徒が瞬間移動で席に飛ばされる中、入学式が始まる。
エドワードは後ろの方で空いている二階の席に首を傾げながらも、前に向きなおして壇上を見つめ黙った。
照明は消え、壇上では人がいないというのにスポットライトが当てられており、新入生はそれを見てざわつき始めるが――
「――諸君! 入学おめでとう!」
雷鳴と雷光を携え、この学校の最高顧問である学長が壇上に上がる。新入生はそのパフォーマンスを前に言葉を失っている。
「うむ、毎年ここでみんなあっけにとられるから面白いね! 私は知っての通り三賢人の一人であり、また私立月陽学院の学長を務めている黒剛ハクトだ! まあ気軽にハクト学長とでも呼んでくれ! さあ、在校生諸君、皆の入学を祝って盛大なる拍手を!」
気が付けば二階の方から盛大な拍手が送られる。今までいないはずの二階の席は在校生でうまっており、新入生はその歓迎に二度目の言葉を失った。
「すごいやん! さっすが月陽学院! 瞬間移動やないいやん! 」
「まあ、確かにすごいな」
外の光球といいこの大人数の瞬間移動といい、どうやら三賢人という輩は相当な魔力の持ち主でもあるようだ。
「……俺にできっかな」
まず無理だろう。魔力容量の桁が違い過ぎる。それに加えて恐らく使う術式もオリジナルのもので、既存のものよりシェイプアップされたものだろう。恐らくは。
「チッ、面白くなってきたじゃねぇか」
エドワードは続く入学式の式典を耳に入れながらも、これから始まる学園生活に少しは期待ができそうだと感じた。




