贖罪と断罪
「――大口を開け、悲劇を呑み込め! ――酸壊戦塵!」
「――怒りよ! 瓦解し奉呈せよ!! ――地転導戟!!」
屋外へ破壊の輪は広がり、もはや下層部全てが戦場と化していた。
「うざいんだよ! 君ってヤツはぁっ!!」
「どうした!? 最初のころの余裕がなくなってんじゃねえか!」
アタマに激痛が止めどなく走り回る。その痛みを止めるべく、エドワードは箒を取り出すとともに呪文の詠唱を始める。
「――父とともに在りし現前の火よ、現世に交わる千の誇りよ。罪を咎め、闇に屠りて救いたまえ!! 鼓動する地上の戦火! 悪食な白き獣!! 喰い散らかして血をばら撒け!!!」
それは自身の能力を最大限に引き出す、もう一つの古代呪文。
九鬼原は敵の唱える魔法に笑みを浮かべた。
「おいおい、それって禁呪一歩手前の奴じゃあないかい?」
「禁呪使ってる奴に言われたくねえよ!」
自分はあいつとは違う。これは正義の為に、断罪のために使っているのだ。エドワードはそう自分に言い聞かせながら、その呪文を執行した。
「――光奇帝獣降誕!!」
左目から白き羽が浸食を始める。エドワードの半身を、聖なる衣で支配する。
「あははっ! 僕は君の事が嫌いだったけど、今なら好きになれる気がするよ!」
白き獣が、エドワードの魔力を満たしてゆく。
「そうか? ……相変わらずお前とは相容れない存在だけどな!!」
エドワードは九鬼原の襟を掴み、そのまま高く舞い上がる。空を神々しく輝かせ、全ての者に畏怖の念を植え付ける。
「このまま叩き落とされるか! 俺の詠唱を真近で聞いて死ぬか! 選べ!!」
もはや刑務部の執行を待つまでも無く、自ら目の前の罪人を裁こうとエドワードは叫んだ。
だが――
「ほら、やっぱり君も衝動に呑まれてる」
九鬼原のその瞳に映っているのは、自分とそっくりの存在。
「君もまた、元のエドワード=ヴィクターとは違う存在でしょ?」
エドワードはその言葉を聞いて、先ほどの様な威勢のいい言葉を吐くことができなかった。
「君も無意識のうちに、衝動に支配されているんだよ」
「……」
「ほら、ね? だから僕とも――」
「うるせえ」
エドワードは勧誘の言葉を、誘惑の言葉を一蹴する。
――頭痛が、少しだけ和らいだ。
「罪人が喚くな」
――天方律献帝。
空中に巨大な十字架が描かれ、九鬼原の身体を十字架が貫く。
「う、うわあああああああ――――――!!」
十字架はいたるところで見ることが出来た。
「なんてことを――」
「あの馬鹿……とうとう衝動が……!」
――天方律献帝。
あの魔法はエドワードが今までに一度だけしか使っていなかった魔法。
使った相手は大悪党。エドワードは怒りに任せ、その大悪党を魔法で消滅させたことがあった。
市来はあの時と同様に、自分が危惧していたことが起きてしまったという現実を前に、両膝をついてがっくりとうなだれた。
「あれほど……衝動に負けてはならぬと言っておいたはず……!」
「衝動同士の……共鳴」
黒剛は昔自分が得た知識の中にあった単語を呟いた。
「魔導書の持つ衝動は惹かれあう。互いに反発しながら、互いに憎みあいながら」
そしてたがいに秘められた衝動は、暴走を始める――
「――お前……まだ生きていたか」
半身を失い、街のシンボルでもある時計塔に叩きつけられながらも、九鬼原惣治郎は笑っていた。
「ア、アハハ……まさか…………僕が……壊されるとは、ね」
もはや九鬼原に反撃する余力など無い。エドワードはそれを分かっていた。
「いいよ……刺しなよ……止めを」
手を差し出そうとしたが、九鬼原が差し出そうとしたのはその失われた右手だった。
「……」
「どうして止めを刺さない? 君は……僕を殺したかったんだろう?」
笑おうにもうまく笑えず、九鬼原の口が滑稽に動くだけである。
「……早く……楽にしてくれ」
その言葉は彼の本心か。はたまた自壊を促す衝動の言葉か。
「……」
エドワードの心は決まった。
「――お前はまだ生きて、罪を償わなければならない」
「……その言葉は、はたしてどっちの方かな?」
「お前が知る必要は無い」
エドワードはそう言って、九鬼原を壁から引き剥がそうとした。
「――だからテメェは甘ちゃんなんだよ」
「あぁ?」
最後に九鬼原から、“二人目”がポツリとつぶやく。
「何でもねえよ」
フン、と息を吐くとエドワードは半身となった九鬼原を担いで、月陽学院の方へと戻ってゆく。
「……悪い、斑鳩。九鬼原は――」
「惣ちゃん!」
半身となった九鬼原を、斑鳩は力強く抱きしめた。
「ちょっと……痛いかな」
九鬼原の身体はまだ衝動が支配している。だが以前の様に、自壊する様子はなさそうであった。
「……少しだけ、君が羨ましいよ」
九鬼原はエドワードに向かってそう呟く。
「はあ?」
「君じゃない。衝動の方だよ」
エドワードはそれに対し、何も言い返さずにいる。
「君達は上手く付き合えている気がするよ。僕みたいに互いに壊し合う事もないし、あの時最後に止めたのは、君の本心の方だろう?」
「……かもな」
「だけど僕はそういうふうに僕に植え付けられたから、仕方がないと言えば仕方がないけどね」
九鬼原は自分の影を半身に縫い合わせ、一体となって立ち上がる。
「九鬼原君! エドワード君!」
「エド!」
「……学長」
「市来さん、面倒な時に――」
「うるさい!」
再開初めにエドワードの頭に拳骨を喰らわせると、市来は半身を陰で補っている九鬼原に向かって冷酷に言い放つ。
「……分かっているな」
「分かってますよ」
「禁呪使用の罪により、九鬼原惣治郎を現行犯逮捕。更に刑期六百六十六年を言い渡す」
「えっ!?」
その判決に異を唱えたのは、他の誰でもなく斑鳩だった。
「惣ちゃんは被害者なんです! 禁呪を使ったのも――」
「分かっている! 衝動だろうが!」
「そういう事」
だがエドワードもその判決に対し異議を唱えた。
「……どうにかならねえのか」
「どうしろと?」
訝しげにする市来を前にして、エドワードは九鬼原の肩に手を置いてニヤリと笑う。
「罰としてこいつを俺の跡継ぎにすりゃいいだろ」
「……ふざけるな!」
市来はまるで悪夢でも見ているかのように顔を青ざめながらも、エドワードの提案に対し怒りを露わにした。
「俺だってあれで半分衝動を処理していたもんだしよ」
「だが貴様と違って扱いずらい――」
「市来さん俺を扱いやすいと思ってたのか……」
思わぬところで精神的ダメージを受けながらも、エドワードは九鬼原が魔法省法務部にて奉仕活動をすることを薦める。
「……九鬼原も俺と同じだってことが分かったからよ」
「……『エメリアの遺産』、か」
「そういう事だ」
ヘリコプターが校庭に到着する。エドワードは九鬼原を市来の方へ押すと、改めて声を掛ける。
「罪滅ぼしして来い」
「はぁー! ……分かったよ」
「仕方がない……エド、貴様が学校にいる三年間だけだからな」
「分かりましたって!」
エドワードの代わりに九鬼原が、魔法省行のヘリコプターに乗り込む。
「次戻ってくるときには仲直りぐらいはしておけよ」
「クス、自分と仲良くするなんて気持ち悪い」
「ッ! お前――」
「だけど、少しだけ破壊以外の事をしてみようかな」
そういう九鬼原の表情は、影の部分だけ少し柔らかいものとなっていった。
「――しっかし俺が生徒会長になるとはなあ」
「今回闇が欠番扱いですか」
「チッ、仕方ねえだろあいつが戻ってくるかもしれねえしよお」
「せやせや、あいつの分空かしとかんと怒ったらアカンしな」
「んだけども、おらはそいつを見た事ねえべ」
「ああ? 九鬼原惣治郎か? あいつは――」
――もしこの学校に今もいたら、二番目に強いだろうよ。
これにてマジックドライブ完結となります。長い間、途中更新が遅れながらも何とか終わりました。ここまでのご愛読ありがとうございました。




