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修練と未練

「――ったく、めんどくせぇのアタシに押しつけやがって……」


 先ほどエドワードに押し付けられた教科書を片手に、サラは次の教室へと向かっている所であった。


「次は魔導具の授業か」


 折りたたまれたまま、主人が呼び出すのを待機しているナイフをみて、そしてあることを想っていた。

 

「あの時、あいつは――」


 ――エドワードは、素手で人形ドロイドを仕留めていた。


「何だってんだ……! どうしてアタシがあんなおちゃらけた奴より魔法が劣ってんだよ……!」


 サラは自分とその男との歴然とした差に悔しさを感じていた。今まで自分が培ってきた魔法が、あの男の前でははるかに劣っているということに。


「ちっ、アタシはもっと強くなきゃあいけないってのによお……」


 色々と考えを巡らせながらも次の教室に付くが、教室前には大勢の人だかりができており、そして先ほど見かけた魔法省に所属する者の人影もちらほらと見えている。


「一体何があったんだ?」


 サラがそう疑問に思って近づくと、先にその場に居合わせていたのであろう氷坂とロザリィがサラの方へと向かってくる。


「た、大変だぞっ! 授業どころではないぞ!」


「はぁ? 何でだよ?」


「どうやら魔導具の授業を担当する先生が……うっ!」


 氷坂は何か見てはいけないものを見てしまったかのような顔色の悪さであり、更に話している途中も、ある光景を思い出して吐き気を催してしまう。


「一体どうしたってんだ」


「志垣先生が、倒れておるのだ!」


 志垣と言えば、深夜に寝室に入ってきたあの老人ではないかと、サラは思い出した。


「倒れてるだけでこんだけ大騒ぎになるのか?」


「それが……」


 ロザリィですらあまりその光景を話したがらない様であり、サラは説明できないことに苛立ちを覚えつつ、野次馬を押しのけ教室内へとはいっていった。


 すると――


「――どういうこった……!?」


 現場に突然入ってきた女子生徒を見て、魔法省の捜査官は驚いた。


 しかしそれ以上に、この殺人現場を目撃したサラの方がその驚きは上回っていた。


 ――部屋の中心に、老人が伏せた状態で倒れている。そして清潔感のあった白衣を汚すかのように、真っ赤な液体が放射状に床に飛び散っている。


「……もしかして、死んでんのか?」


「ああ。即死だ」


 サラが気がついて後ろを振り向くと、市来が後ろに立っていた。


「あんたは」


「さっきも会ったな。貴様は――」


「サラ=アナスタシア」


「そうか。貴様は今からここで授業がある予定の生徒、という事であっているな?」


「そうだけどよ、あれは――」


「死んでいる」


「そうかよ」


 死体を目の前にして驚かないサラを見て、市来は意外だと口を開く。


「普通ならもう少し感想があってもいいと思うが?」


「あんたらだって、生徒にこんなもん見せていいのかよ?」


「第一発見者が生徒では防ぎようがないだろう?」


 サラは死体となった志垣を一瞥いちべつすると、再び市来の方を向きなおして話を続ける。


「これが朝っぱらからあんたらがいる理由か?」


「そうだが?」


「けっ、下層部ここのルールじゃ学生が問題を解決するんじゃなかったのか?」


「死人が出ているのだ、そうも言ってられまい」


 下層部は学生の街、ということで下層部したを仕切っているのは学生がメインである。


 だがこのような大きな問題が起きた場合、魔法省の介入もやむなしといった様子である。


「市来さん、取り敢えず生徒は別室に集合させて状況の整理を――って、お前、どうしてここに――」


「さっきからずっといたぜ? 千景先生よぉ」


 サラ達の担任である千景はこの場において生徒の移動を行って場の整理をしているようで、その額に汗か冷や汗かをかいている。


「お前もさっさと移動しろ! この場に居ては魔法省の邪魔だ!」


「ちっ、分かってるっつぅの」


 吐き捨てるかのように悪態をつくと、サラはその場をずかずかと去ってゆく。


「……それにしても、一体どうして――」


「現状では私達執行部でも把握できていません。急いで状況の整理を行わねば……『闇の一派』の恐れもありますからね」


 市来はそう言って、志垣の左手によって隠された魔法陣を見つめていた。




「――これでいいかよ?」


「上等でございますよ、ぼっちゃん」


 よし、とエドワードは一息つくと、その場から立ち上がる。


 右腕からは、光の粒が流れおちるかのように散ってゆく。


「しかし数回でモノにしてしまうとは、やはりぼっちゃんこそが、ヴィクトール家を継ぐべきでありました」


「うるせぇな。もう終わった事だろ」


「ああ、じいの左目と代われるのであれば、代わってあげたい」


 老人は惜しいと言わんばかりにため息をつき、エドワードはそれを見てため息をつく。


「はぁ、終わった事をぐずぐず言うのがジジイ流か?」


「いいえ、そういう訳ではございませんが」


「だったらもういいだろ」


 エドワードは最後に、右腕を見せつけ魔力を集中させる。


「――崩逆対盾リバースウォール


 エドワードの右腕に、聖なる光の盾が召喚される。


「何と――」


「もう詠唱破棄できるレベルまで精練できたんだ、礼を言うぜじじい」


 エドワードはそういうと、教室から去っていった。



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