魔導具と相性
諸君が知っている魔導具のなかで、二番目に思い浮かぶのは恐らく箒だろう。箒は空を飛ぶための道具。しかしたったそれだけでもかなりの奥深さがあるのだ。
たとえば一瞬の瞬発力。飛び始めの加速は箒のパワーによって違い、上級者の扱う箒だと一瞬でマックススピードにまで上がるものが存在する。
次にスピード。箒の魔力容量次第であるが時速二百キロ以上の状態を維持することも可能で、なかにはそれを利用してマックススピードのままエアピンカーブを曲がりきるといったトンデモ技を使うブルームレーサーもいる。
最期にハンドリングとブレーキ。大体は初心者向けに曲がる際オートマチックで速度が下がるなど乗り手の補助を行ったりもする。初心者はハンドリングを重視した箒を使うといいだろう。
(中略)
――そして諸君らが箒で連想するブルームレースだが、彼らも箒のメンテナンスやカスタマイズを欠かすことは無い。
規定内でできる改造と限界まで鍛えられた技術。この二つがあってこそレースが成り立っているのだ。
よって諸君らは決して彼らの真似事をしてはいけない。大ケガをするのはいつも実力を見誤る者だけなのだから(法亭文庫「ゴブリンでも分かる! シリーズより:初心者向け箒講座」)
「今日遅刻したら色々とあかんなぁ」
冷静に現状を把握しながらも、少年は走って駅の方角へと進んでいく。
おろしたての制服を着直しながらも、少年は駅へと急いでゆく。
途中魔法省で働いている人と肩をぶつけてしまい書類を散らしてしまうが、少年は立ち止まることなく目的地へと足を進める。
「すんまへん! 後で拾いますんで堪忍して下さい!」
「今拾いたまえよキミ!」
眼鏡をかけた女性は怒りをあらわにしてこちらに向かって大声を挙げるが、少年は駅に備え付けてある大型エレベーターに滑り込みその場を後にする。
唯一下層部に行くことができるこの交通機関に間に合う事で、少年は入学式から遅刻するという暴挙を回避することに成功する。
「ほんま、朝から色々とアカンなぁ」
「お互い大変だな」
「そうやなぁ……って何や君」
「ああ俺か」
つい先ほどからエレベーター内で相づちを打っていたのは、左目だけを閉じたままという不思議な風貌をしている少年の姿だった。
「えーと、君なんて名前?」
「俺か? 俺はエドワード=ヴィクター。今年から月陽学院に通う事になった新入生ってやつだ」
「そうなん? 奇遇やね、僕もなんよ。あっ自己紹介してなかった、僕の名前は先崎良磨いうんや。よろしゅうな」
「よろしく」
エドワードは先崎という気さくな少年とあいさつを交わし終えると、エレベーターが下降し続けている間学校について知っていることを尋ねた。
「月陽学院って有名なのか?」
「上じゃかなり高名な学校らしいで。もちろん下でも地位が高いらしいけど、なんてったって三賢人がしきっとる学校らしいから毎年受験倍率が高いそうや。僕も勉強苦手やったけど、この学校に入れるよう必死こいて勉強したんや」
先崎は自分の努力が実ったことの達成感とこれからの学校生活への期待に身を躍らせていたが、エドワードはというとそういう訳でもなさそうだった。
「そっか……普通はそうだよなぁ」
「なんや? どうかしたんか?」
「なんでもねぇ」
エドワードはいわば裏口入学というものでこの学校に来たのである。試験も面接も無くすんなりと入学が決まってしまったため、先崎のような感慨深いものを味わうことが出来ない。
更にこの事は内密にと市来からも言われているため、先崎などにおおっぴらに言う事は出来ない。
もっとも、言ったら言ったで彼からのひんしゅくを買うだけで言う意味が無いが。
「それにしても、三賢人てどない人やろか。気になるでぇ」
「そうだな……」
エドワードにとって三賢人などどうでも良かった。興味の対象としてそれを捉えることなどエドワードにはできない。
「……おっ、下層部が見えてきたようだぜ? ……結構すげぇな」
「ほぉー……確かに広いやん」
エドワードも先崎も、その光景には感嘆の声を漏らした。
街の地下にあたる下層部。日の光が届かない代わりに、天井には光の球がいくつもちりばめられている。
「なんやあの球、えらい明るいのう」
「光球か……」
一人がこれほどまでの数を飛ばすことはできない。従って複数の人間が空へ飛ばし、それを管理しているのだろう。
そしてエドワードの目を引いたのは地下に広がるレンガ造りの家々。上層部の建物のほとんどは近代的なものであるため、このようなレンガ造りの家など珍しい。
「僕らのご先祖さん――昔の魔法族は皆こんな家に住んでおったんかいな」
「さぁな。昔の人に聞くしかねぇだろうよ」
エドワードは口ではそう言っていても、迫害されていた頃はこうだったのだろうかと想いを巡らせていた。
「……」
「なんやなんや、遠い昔に思いを馳せているような顔しおって」
「うるせぇなぁ、黙っていちゃいけねぇのかよ」
「せっかく同じ同級生に会うたんや、もっといろいろおしゃべりしようや」
先崎がうっとおしく感じてきたところで丁度エレベーターが下層部へと到着する。
「悪いがこの辺でな」
「なんやどうして?」
「ちょっと買い忘れたもんがあるからよ、それ買ってから行くわ」
悠長にしているエドワードとは対照的に、先崎は時計を指して入学式まで時間がないことを教える。
「そんなん言うたってもう間に合わんやろ! 重い荷物は先届いとるし何忘れたんや!?」
この少年から離れたいがために適当に嘘をついたが、エドワードはそこまで考えていなかったため、適当な答えを返す。
「……杖」
「杖ぇ!? 君実はアホやろ!? 魔導具忘れるとはどういう事やねん!?」
「わりぃがそういう事だ。またどこかで会おうな」
「ちょ、ちょい待ち――」
既にエドワードの姿は人ごみに消え、先崎はあきれつつも自分も遅刻しそうなことを思い出しては急いで大きな城のある方へと走っていった。
「……やべぇな、適当なこと言っちまった」
人ごみに消えた後に、他の高校の学生服を着た生徒から羨望の眼差しを受けつつもエドワードは立ちつくしていた。
「俺魔導具とか使った事ねぇし」
エドワードは生まれてこの方導具を使って魔法を撃ったことが無い。発動するときは常に詠唱破棄かつ素手で行っている。
詠唱破棄と素手。いずれも熟練した魔導師か魔力の量が人一倍あるという才能あふれる者でないと不可能である。
エドワードの場合人一倍どころか人百倍以上もの魔力を持っており、そして断罪の魔導書を持っていることから特定の魔法は詠唱破棄が可能だ。
魔法省から闇に堕ちない様に見張りがつけられるほどの生まれ持った魔力と、禁忌とされこれまた厳重な注意がなされている魔導書、この二つがあってこそあり得ない二つの芸当がなせるというのである。
当の本人はそれに対し特にどうってことを思っては無いようだが。
「魔導具魔導具――っと、ここでいいか」
法具堂と書かれた店では、多くの人々が思い思いの魔導具を買いあさっている。
「じゃあ行くか」
手元にある金額は二十万マナ。学生が持つべき金額ではないが、エドワードの場合はこの程度はした金に過ぎない。
とりあえず店員を呼びだし、持てる金額の範囲内から買える杖を聞いてみる。
「これだけで杖買えるか?」
「ご予算はいくらほどで――ってお客様、それはコスト度外視ってことでよろしいのですか!?」
エドワードが出した札束を見た店員驚いているのを、他の客が耳にしてまた驚きが広がっている。
「あのさ、買い物しに来たんだからそんなに大声あげないでもらえます?」
「も、申し訳ありませんお客様! ささ、こちらへ!」
いきなりのVIP待遇に少々戸惑いながらも、エドワードは言われるがままに奥へと進んでいった。
「――これとかどうでしょうか!」
「なんか持った時の感触がおかしい」
「ではこれを!」
「杖を振った時の魔力ロスが大きい。駄作じゃねぇかこれは」
大金持ちから容赦ない口撃を浴びせられつつも、店員はめげる事無く次々と杖を出す。
「これでは!?」
「耳かきじゃねぇんだから、小さいのは御免だ」
「ではこれは?」
「うーん……」
杖のデザインが少々荒っぽい削りではあるものの、確かに良いものではある。杖を振った時の魔力ロスも少なく、反応速度も中々に早い。
「……もうちょっとなんだけどなぁ」
「はぁ、そうでございますか……」
店員が渋々それを戻すのを見ていたところで、エドワードはある魔導具に目を止める。
「……その箒、ちょいととってくれねぇか?」
「はあ、これでございますか?」
部屋の隅で埃をかぶり、売れ残っているために古めかしそうでありながらも、どこか威厳のある大きな箒がエドワードの目にとまった。
「……これは」
手にとって分かるのはまず重量。空を飛ぶためにしては明らかに重すぎる。そしてよく見ると異常なまでに手入れされた毛先にエドワードは何かを感じ取ることができた。
しかし箒はあくまで空を飛ぶための魔導具。決して直接魔法を撃つためのものではない。杖以外の形で魔法を撃つための魔導具はあるものの、箒は例外なく空を飛ぶためのものだ。
「それは杖のような魔導具では無く、あくまで空を飛ぶためのもので――」
「これ貰うわ。金はそこに置いとく。釣りはいらねぇぞ」
「お、お客様! それは――」
エドワードは箒を肩に担ぐとさっさと店を後に出ていく。
「それは今度処分しようとしていた古箒ですよー!!」




