襲撃と間隙
その日の夜寮にて最初の夜を過ごすわけであるが、エドワードと九鬼原は同じ部屋で寝ることになっていた。
「何でお前と……」
「いやーん、寝こみを襲われちゃう!」
「はぁ、襲わねぇよ馬鹿」
一人部屋の殆どが上級生にあてがわれており、下級生はこのように二人一部屋、四人一部屋が当たり前だった。
荷物の方は既に部屋に運ばれており、ベッドの近くに九鬼原とエドワードのバッグがそれぞれ雑においてある。
「しかしなんでよりによってお前が――」
「二人部屋って、僕たちをいじめるつもりかな?」
そう口では言いながらも九鬼原は窓の外をのぞいたり備品であるベッドの上で跳ねては両生活を楽しんでいる。
「それにしてもさー」
「なんだ?」
「ここで少なくとも一年間過ごさなくちゃいけないんでしょ?」
「そうだが」
「ねえねえ、上級生に頼んで部屋譲ってもらわない?」
「はあ?」
突然の提案にエドワードは空いた口がふさがらなかった。
新入生が初日に頼んで譲ってもらえる訳が無い。誰が考えても分かる事である。
「だから、頼んでみようよ」
「……分かった」
「よし! じゃあ――」
「お前明らかに脅しかける気だろ」
「ばれちゃったか」
「お前の考えることなんざ簡単に分かる」
エドワードはこれ以上の面倒事を避けようと、何とか九鬼原を止めに入る。
「ばれちゃったらしょうがない。大人しくしていよう」
「最初からそうしておけ」
九鬼原はやれやれと言って様子で首を振ると、付属のシャワー室に入る。
「……のぞか」
「ねえから」
九鬼原は不満げに頬を膨らませながら頭をひっこめると、エドワードはため息をつきながらも昼の事を振り返る。
「昼のあれ……人形だっけか」
上層での人形は比較的珍しくない。しかし下層部となれば話は別だ。
下層部はできる限り昔の魔法界を再現しようとして、そういった人間の発明品などが紛れ込むのを嫌う傾向がある。唯一許されているのが人間自身と、魔力を補助するという機械だけだ。
「……」
どうやら地下には九鬼原以外で九つの魔法家を狙う連中がいるようだと、エドワードは結論付けた。
この時ばかりは自分が袂を別れたのが正解だったとエドワードは思った。
「だったら人形の生産元と、識別番号さえ分かれば――」
「それは無駄だよ」
シャワー室から水音に混じって九鬼原の声が聞こえる。
「聞こえてんのかよ」
「これ壁が結構薄いみたいで、きみの独り言が丸聞こえだよ」
「そうかい……人形の識別番号を調べることの何が無駄なんだ?」
エドワードが魔法省で働いていたときも、人形はこの手順で調べるのがセオリーである。
それを九鬼原は無駄だと一蹴したのだ。ならば他にどのような方法があるというのか。
「あれに識別番号なんて無いさ。だって製造者がオリジナルで造っているんだもん」
「……それはつまり――」
「この下層部に、部品持ち込んで造っている人がいるって事さ」
パジャマ姿の九鬼原はシャワー室から出てくると、自分のベッドに腰を下ろして話を続ける。
「僕があれと対峙した時――つまりあれを破壊する前にまず製造番号の有無を見てみたんだけど……無かったから適当に破壊した!」
「おいおい、お前の見間違えで破壊しちまってる可能性が――」
「まああるにせよ無いにせよ、もう過ぎちゃった事だから」
「そうだけどよ……」
「それに――」
九鬼原は何をしようとしているのか、壁に耳を当てている。
「新手が来ているみたいだからさ」
「……退屈しないな」
就寝時間は過ぎているが、新手が来ているとなってはじっとしている訳にはいかない。エドワード達はそっと廊下へ出ると、徘徊しているであろう寮監等にばれない様透明化の呪文を唱える。
「――透過」
「あっ、僕も僕も」
「早くしろ」
二人とも透明化に成功すると、ゆっくりと出来る限り音を立てない様にして廊下を歩いていく。
「それにしても、塔の方に出ているなら螺旋階段でばれると思うんだけど」
「……外壁を上っているかもな」
「だとしたらどこから入ってくるか分からないよ」
エドワードは九鬼原の方を向いて確認をする。
「……お前氷坂の部屋とか分かる訳無いよな」
エドワードは無理と分かっていながらも九鬼原に問いかけたが、九鬼原は意外な答えを返す。
「今は分からないけど、探しだすことなら出来るよ」
「あいつが狙われる可能性が現時点で高い。だからあいつの部屋を当てて先回りしておけばいい」
「なるほど! だったら早く探そうか」
九鬼原は地面に手を当て影を伸ばし始める。
「――影追」
複数の影が、氷坂の居場所を探り始めた。
「――はあ、何でてめぇ等と一緒なんだよ」
「そんなこと私に言われましても……」
「むがー! 下は嫌だ!」
「じゃんけんで負けたのですからしょうがないですよー」
同時刻――氷坂、サラ、ロザリィ、斑鳩の四人は同じ部屋で愚痴を募らせていた。四人部屋は二人部屋と比べて少し広いものの、それでもベッドは二段ベッド二つと簡素なものとなっている。
「ったく、あたしはもう寝るからな」
「わたしももう寝る! 疲れたのだ!」
「初日から大変でしたねー……では私もそろそろ寝ますー」
「皆さんおやすみなさい」
氷坂は二段べッドの上の方で、独り物思いにふけっていた。
「……この学校に来て、私は何をしているのでしょうか」
九つの魔法家を真っ向から否定され、かと思えば次はその魔法家の為に命を狙われている。氷坂は今まで自分が家でどれだけ庇護されてきたかを実感した。
「私は……九つの魔法家、ヴァレンタイン家の娘……」
そのために学校では様々な目で見られている。
「……私は――」
突然窓ガラスをたたく音が室内に鳴り響く。
「……なんだよガタガタとうるせえなあ」
「うぅ……うるさいぞ」
「すぅ……すぅ……」
一人を除いてその場の全員が窓の方に目をやる。
すると――
「キシキシ……キシキシ……」
「ひっ!」
「……気持ちわりぃなおい」
「何なのだ!? こいつは一体!」
蜘蛛の身体に不気味な笑顔。
窓の外に張り付いているのは、見る者に強烈な嫌悪感を与える巨大な蜘蛛型人形であった。
「と、とにかく寮監を――」
窓を突き破って、人形は中へと侵入を開始する。
「っ! ここは私が抑えますから、誰か寮監を――」
「おーおー、やってるやってる」
「フヒ、フヒヒ、女子の部屋にさりげなく侵入成功」
ドアから丁寧に入ってきたのは、寮監でもなく新手の人形でもなく例の二人であった。
「とりあえず、始末しとくか」




