最速と最凶
「――んな、アホな――」
「ま、こんなもんだろ」
勝負は一瞬で終わった。その場にいた誰もが目を疑うほどの速さで、恐らく非公式では最速ともいえるスピードでの決着。
「……しょ、勝負あり……Eチームの勝利、です……」
「す、すご過ぎっしょ……」
「馬鹿な……!」
二階にいた生徒会の面々ですら、動揺を隠すことができなかった。
「どういうこった……!?」
「分からん、分からんぞ!? いつの間に割れたのだ!?」
ロザリィが困惑する中、九鬼原と氷坂だけがその意味を理解することができていた。
「詠唱破棄で、しかも全呪文で最速と言われている光閃犀星を一度に五発も……!!」
つまり先崎は試合開始とほぼ同時に防護陣を詠唱破棄の呪文によって割られてしまったということ。エドワードは常人には気がつかないレベルの速さでこれを成し遂げたのである。
「……つまんない奴。舐めプもいいとこだよ」
「えっ!? あれで全力では――」
「まだ本気だせば零コンマ七秒縮めることができるだろうね」
九鬼原は何とも気分が悪い様で、いら立った表情で目の下のクマを掻きむしっている。
「あぁぁああぁぁぁっぁあぁああぁっ…………マジでムカつくよあいつ」
九鬼原は頭を掻きむしってはその場にうずくまってしまう。
「うっし……ま、お前には悪かったよ」
「あり得へんやろ……僕は、認めへんで……!」
「負けは負けだろ」
「それは分かっとる。ただこのまま三年間負けたまんまでおるつもりは無いゆうことや」
嫌味を言う訳でも無く先崎はそう言ってにっと笑うと、エドワードも笑みを返す。
「……それは楽しみだな」
「僕決めたわ。魔具師になるんもええけど、今んとこは君に勝つんが目標や!」
「それはいつ達成されるんだろうよ」
「三年以内に達成したる! その顔面に一発くらしたるさかい覚えときいや!」
試合も終わって互いに握手を終えると、二人はフィールドから立ち去って行った。
「次は誰だ?」
「今の後だとだいぶ戦闘のハードルが……」
「おい、てめぇマジでふざけんじゃねぇぞ」
戻って早々エドワードを待ち受けていたのは、先ほどの戦闘に対し不満げなサラである。
「おいおい、服引っ張るのは止めろよ」
「てめぇわざとあの時手を抜いたのかよ!」
「あの時使う必要なかっただろ」
「うるせぇ! アタシはてめぇみたいな強ぇくせにふざけた野郎が嫌いなんだよ!」
襟首から乱暴に手を離し、中堅であるサラはフィールドへと向かう。
「さあ気を取り直して中堅戦、両者前へどうぞ!」
フィールド上の相手方は、筋肉質の青年が前へと出てきている。
「僕が負けた分頑張ってや!」
「あれはしょうがねぇからなぁ。ま、俺が勝てばまだ皮一枚で繋がる感じか?」
「それは無理だろうよ」
サラは試合前でありながらも、相手選手に対して挑発を始める。
「アタシもさっきので色々と火ィついちまってんだよ……わりぃがてめぇに勝ち目はねぇ」
「そりゃやってみないと分からないだろ?」
「けっ、すぐにわかるさ」
サラと青年が後ろへと下がり、互いに防護陣を張る。
「さあ注目の第三戦! 試合開始となります!」
早速魔導具であるバタフライナイフを開き、サラは呪文を詠唱し始める。
「――あらがう炎、舞う炎神。その荒々しき舞を我が前に顕然せよ!」
「あれは!」
地面に魔法陣が浮かび上がり、そこから炎の剣がひとつ、またひとつと召喚される。
「切り刻んでやるよ――炎刃葬射!」
炎の剣は一斉に青年へと飛び掛かり、防護陣を切り裂かんと刃を向ける。
「くっ、――大気よ怒れ! 水よ荒ぶれ! ――雹霊弾!」
青年も黙っているわけでなく、迎撃のための氷塊を撃ち出し始める。
「ちっ!」
空中で互いの呪文が炸裂、視界は氷が急激に融けたことによる水蒸気で霧が張っている。
「くっ、見えない!」
青年は周りを見て敵の姿を確認しようとするが、人影も無く完全に見失っている。
「これでは――」
「遅ぇよ」
すぐ後ろから、直接ナイフで防護陣を切り刻まれる。青年は霧の中敗北を認めると、審判が試合終了の合図を送った。
「し、試合終了! この時点でEチームの勝ちが決定していますが副将、大将戦は続行されます!」
「一応僕も戦えるみたいだね。よかったぁ、そこら辺の者に八つ当たりをしないで済みそうだ」
「やめとけよ」
「まあまあ、君が面白いものを見せてくれたからさぁ、僕もイイものを見せてあげよう」
九鬼原は歪な笑みを浮かべた後、フィールドに立ちニヤニヤとしている。
「さっさと出ておいでよ。僕が遊んであげるからさぁ!」
「なによあいつ、変な顔して」
「相手のペースに乗せられたらアカンでぇー」
先崎のアドバイスがはたして届いているのか、Aチームの副将である少女はフィールドに登場する。
「あれあれー? もしかして僕の相手って女の子かな? 可愛い子だなぁ、友達になれないかなぁー? クヒヒッ」
「なによあんた、気持ち悪いわね」
「クヒヒッ、よく言われるよぉ」
九鬼原はニヤニヤとしながらも防護陣を展開、試合の準備を始める。
「……ねぇ、エドワード君さぁ」
「あ?」
「きみは最速の呪文を見せてくれたよね。だったら僕は――」
――禁呪スレスレの呪文でも唱えてみようかなぁ――
「――死霊装填」
九鬼原がポツリと、その呪文を唱え終える。九鬼原の周りには幾つもの深紫色の魔法陣が展開され始める。
「! あれはまずいっしょ!」
二階にいた夕闇は九鬼原の唱えた呪文の危険性を熟知していた。だからこそその瞬間にフィールドに入り、試合を止めようとした。
「な、何よこれ!?」
少女は自分が敵対した者が、何をしたのかを理解するのに時間がかかった。
何故なら――
「ほぉら、地獄の門が開いちゃったよぉ?」
数多の屍鬼が、そのうめき声をあげて魔法陣から這い出てきたからだ。




