魔導書と衝動
ファンタジー二作目です。それとこの作品は私の書いている肉体言語 -パワーコード-のスピンオフでもあります。しかし作品単独でも楽しめますのでごゆるりとお読みください。更新は不定期になりますが頑張っていきたいと思います。
「――こちら魔法省第四支部上空。高度三百メートルの所を旋回中」
魔法という幻想的な言葉が入った報告が、飛行する機械ガンシップの中でとり行われている。
先ほどから魔法省と呼ばれているガンシップ下の建物は、高さ二百メートルを超える巨大な近代的ビルであった。
「今から四十秒後、エドワード=ヴィクターを投入する。各隊撤退を開始せよ」
通信使がそう言って後ろの少年へと目をやる。少年の髪色は金髪に近いクリーム色、そして眠そうでありながらも右目は開いており、逆に左目は閉じられたままである。
「――というわけだエド、さっさと魔法省をジャックした屑共を始末してこい」
少年をエドと呼ぶ男が座ったままでそう言うと、エドワードは仕方ないとばかりにガンシップから身を乗り出す。
「……めんどくせぇ」
「さっさとやらんか馬鹿が!」
「へいへい」
エドワードはそのまま足を前にだし、特にロープを降ろして降下する訳でも無く生身一つで屋上へと飛び降りていく。
「よっと」
ガンシップと屋上とでは少なくとも十メートルは高さがあったが、エドワードは何ともない様子でポケットの携帯端末を取り出す。
「適当にやりゃあ良いんだろ?」
『殺さない程度に、あくまで目的は鎮圧だ』
「はぁ、分かっていますよ」
携帯端末を再びポケットへと戻すと、エドワードは屋上にある扉を堂々と開いていった。
「――ははは! これで俺達の要求も通るだろうよ!」
魔法省廊下。冷たい色をした壁のいたるところに、鮮やかな赤色がこびりついている。
「この支部長だけ生かしとけば人質としては充分だろうよ、はははははははは!」
廊下には男の笑い声が響き渡るだけで、それに対する応答は無い。
「ははははは! そしてこれだけ死体があれば、あの方も大喜びするだろう!」
若い男が人質である老人を連れて廊下を練り歩く。
「我ら闇の一派の崇高なる考えも、これで理解を――」
「うっせぇカルト教団だな」
少年の気怠そうな声が廊下に響き渡る。男はその声のする方へと振りかえる。
「これちょっと殺り過ぎじゃねぇか?」
左目を閉じたまま、右目だけでしっかりと男を見やる。エドワード=ヴィクターが、闇の一派の前に立ちはだかった。
「き、貴様! 一体何者だ!? ここまで来るのに我々の部下がいた筈だ!」
「あー、一応閃空弾使って気絶させるだけで済ませておいたつもりだが……これを見た後だと、なんかこう……殺したくなってきたわ」
エドワードはひょうひょうとした態度でありながらもドスの利いた脅し文句を男に浴びせる。
そしていつの間にか閉じられていたはずの左目がくっきりと開いている。
「これ使うと市来さんに怒られんだけどな……まあいいだろ」
左目には瞳孔の代わりに円形の立体魔法陣が展開され、その魔法陣で創られた瞳は対象を捉えて離さない。
「いっつも思うんだけどよ、何で善人である奴はこうして無残にも殺されて、人殺しの悪人であるお前らがのうのうと生きているワケ?」
エドワードの右手は既に光の手刀と化しており、目の前の相手の首を刎ねることなど造作も無くなっている。
「やっぱさ、人間の作ったハンムラビ法典って偉大だと思うんだ」
「な、ななな、何をする気だ!? お前――」
そこまで喋った所で、男の首が胴体から離れ落ちる。そしてエドワードの右手は既に横に振るわれた後となっている。
「――目には目を、歯には歯を、ってのが一番の抑止力だからな」
世のなかにあるなかに禁忌とされるものがいくつか存在する。禁呪、特A級魔法生物、禁止区域等々列挙するだけでも忌々しいものだらけである。
その中でも魔導書――特に六つの魔導書は注意が必要だ。
悪魔の魔導書、創生の魔導書、浄化の魔導書、破滅の魔導書、生命の魔導書、そして断罪の魔導書だ。
いずれも頭についている言葉の分野全てを収めているもので、その一冊を読むだけで関連する魔法すべてを使いこなすことが可能となるのだ。
だがそれに伴う代償は、誰もが支払わなければならない。
そしてその苦痛は、見る者にすら不幸をばら撒く代物と化すだろう(魔ほろば出版「禁じられしもの」より内容を一部抜粋)
「――というわけで、サクッと終わったぞ」
「お前馬鹿か! 主犯格ぶっ殺しやがってまた始末書が増えるだろ!」
「知るかよんなもん」
森の奥のそのまた奥、天空に展開された巨大な魔法陣によって守られている夢幻都市『ブラックアート』。人口約五百万人。人間との繋がりを示している近代的な街並みの上層部と、魔法族の古くからの伝統を受け継ぐ建物や風習が息づく下層部。この二つの階層に分かれるこの都市で、魔法が使えるという魔法族がそれぞれ生活を営んでいる。
古くは魔法族と人間とで対立していた時代もあったが、それも今となっては一部を除いて昔の話となっており、その関係は解消されつつある。
そしてこの物語の主人公であるエドワード=ヴィクターだが、この都市に置かれている魔法省執行本部の一室で、彼と通信使をしていた男とが言い合いをしている所から再び話は再開される。
「お前も始末書手伝えよ!」
「やだね」
「俺はな、お前の尻拭いをするために魔法省で働いてるんじゃねーんだぞ!」
「なんつーかさ、プチッてくるんだよね。簡単に人を殺す奴見てるとさ」
「それでお前まで殺しちまったら意味ねぇだろうが!」
「あーぁ、正義を貫いているだけだというのに死後は地獄行きか、ザマァないぜ」
「はぁ、いい加減その衝動ぐらい制御できるようになれよ」
「無理だな。魔導書のせいで左目イッちまったし、頭も衝動に少しやられちまってる」
エドワードの左目は、彼がまだ幼いころに師事していたとある人物によって失われる羽目となっている。
魔導書――本を読めばその分野の魔法全てを使いこなせるという代物。だがただより高いものは無い、というよりも金銭的なものではない代償を支払わなければならない。
突然の発狂に近いもの――衝動に駆られてしまうのだ。魔導書それぞれに特有の衝動があり、人によって個人差はあるものの誰もそれから逃れることはできない。
――彼の場合は左目。呪いともいえるものに浸食された左目は、その目に映るものが衝動によって治められるまで活動を止めることは無い。
「だからできる限り左目閉じてんだろ? それとも何だ? あんたも俺に裁かれたいのか?」
「そういう意味じゃねぇって!」
エドワードが読み解かされたのは断罪の魔導書。その浸食により受けた衝動は正義。エドワードが正しいと思ったことが正義だというもの。たとえ世間的にそれが間違っていたとしても、彼が正しければそれが正義。そしてそれがなされないというのであるならばその魔力をもってしてねじ伏せる。これが彼の持つ正義衝動だ。
「俺だって苦労してんだぜ? 衝動が起きてる間頭が痛えんだ」
「だとしてもだ! お前が制御できないのなら、封印術をもって――」
「その辺にしておけ」
「あ、市来さん来てたんですか」
ロングヘアーに冷たい瞳。今の所仕事一筋という女性の姿がそこにあった。
「また衝動に自ら身を任せるとは、正気か貴様は?」
「なんか面倒なんですよ、抗うと頭痛くなるし」
「まだ衝動について詳しくられていないのだ、そう簡単に体を許すな」
その昔とある卑屈な魔導師が作ったとされている魔導書であるが、二人を除いて完全に解読ができていない。というのも読み進めれば進めるほど衝動が身を支配し、最終的に人格を破壊しつくしてしまうからだ。
「貴様の目に刻まれている断罪の魔導書はまだ完全に解かれていないのだ。解き終えるのを前に発狂して死ぬなんぞ御免だからな」
「はぁ、そうですか」
「そうだ。そして貴様に一つ伝えることがある」
今年中学を卒業した後春休み中執行部にてバイトをしているエドワードに、市来はとある冊子を渡す。
「なんですかこれ」
「貴様の噂を聞いて、ぜひうちに来てほしいという学校がいるようだ」
「はぁ、なんか大丈夫なんですかね」
「安心しろ。貴様も名前くらい聞いたことがあるはずだ」
「ほうほう、どれどれ――」
表紙に月と太陽が対になっている校章が描かれ、そして「あの三賢人が学長を務めている!」といった御大層な謳い文句が書かれている。
「――私立月陽学院?」




