青年は国を裏切る
「奇襲のため暗殺者発見から間を置いたはずなのに……私達が攻め込むことを知っていたのか……?」
王が伝令を聞いて思考に入ろうとするが、それを女王が袖を引っ張り邪魔をする。
「……っ! インラ王国は、上空の竜を見れば迂闊に攻め込むことは、無いはずだ! そのまま白い竜の対処を続けろ!」
王は渋りながら兵士に伝える。
思ったよりインラ王国の進め方が早いな。
折角インラ王国が潰したいと言っていたこの国を潰す機会を与えたのに、言い付けを守らなかったのか。元から人間は信用していないから想定の範囲内だが、御伽話、作り話とも言われた白い竜が出現したのは予想外だ。
竜は数えられないくらいの種類と数を殺してきたが、白い竜とは一度も対峙したことが無い。
今は白い竜を保留しておきたいから帰ってもらうことにしよう。
子供を迎えに、というか奪い返しにきたのだ。
女王を含めた四人は部屋へ入り、すぐさまベッドの下を確認した女王が困惑をしているのを見て白い竜の子供が逃げたのを理解した。
「この際仕方ありません。女王様は上空にいる白い竜の子供を育てていたのです」
「ほ、本当のことですか、女王様」
ベッドのそばで俯いている女王の顔を、片膝をついて覗き込みながらレイスは言った。
「……ごめんなさい」
女王は謝罪と肯定をした。
「つまり、子供を取り返しに来たというのか……」
王がこの場にいる全員が薄々気づいていることを口に出し、実感を持たせる。
「すぐさま白い竜の子供を捜し、返してあげるのだ! レイスは他の兵にこのことを告げろ!」
「はっ!」
レイスは速さを重視して割れた窓から出て、受身を取り下へと急いだ。
「貴様は私と女王を護れ」
「はっ」
三人で行動をして白い竜を探すと、あっさり見つかった。
赤く染まった白い竜の子供が。両の翼が切り離され、顎から頭に向かってナイフが刺さっている。
「え……、嘘でしょ…………」
子供の白い竜を抱きながら泣き崩れる女王を見ながら、俺は面倒なことになったと頭を掻きながら思った。
インラ王国の処刑囚に暗殺者の格好をさせ、王の部屋に隠し襲うフリをした後に俺が身分をバレない様にするため顔ごと吹っ飛ばす。そしてもともと商売で険悪だったインラ王国に攻め込む日時を教えて奇襲させる作戦だったのに。
上手くいかないものだな。
「ど、どうするのだ! このままでは白い竜は怒りに身を任せこの国を破壊するかもしれないぞ!」
「そのようですね。竜の親子って見えない繋がりがあるらしいですよ。きっともう直感的に認識したと思います」
「もう、私は、終わったのか……? もう打つ手段は無いのか!」
女王が目の前にいることを忘れて足にすがりつく王を、蹴り飛ばした先にいた女王は肩を震わせて、壁に頭を打った王を一瞥してこちらに困惑の瞳を向けた。
「かはっ! ……な、なにをしている」
王は対照的に怒りを瞳に宿していた。
「自分の身に危害があるときだけプライドを捨てて懇願する王に吐き気がした。竜と共存するなんて言いだす女王はもっと吐き気がして、その場で首を切り飛ばしたい思いでしたよ」
雄叫びを上げながら王は腰に携えている飾りを抜き出して、立ち上がりざま切りかかってきた。
「人間の汚い大声は聞き飽きました」
靴裏で王の顔面を蹴り壁に当てると、丸い風船を割るように力を入れた。
赤い液体、醜いパーツが飛び散る。
「…………な、なんで、こんなことをするのですか……?」
すぐに叫び声を上げないことに感心しつつ、体勢を戻しながら頬についた血を袖で拭う。
「インラ王国と手を組んでいたのです」
「な、なぜ、レヴィア様ほどの実力を持ちながら、スパイなんて下請けをしているの……?」
隣で王が死んだのに、ここまで話せるのは少し妙だな。
「質問に答えるから、俺の暇つぶしに付き合え。強制だけど。……んーと、君達、いや人間が苦しむところを見たいんだ、それが俺にとっても至福だからな」
「く、狂っている」
「そんじゃ、暇つぶしね。お前さ、この王のこと愛して無いだろ」
「え、えぇ。でも、どうして……?」
「やけにあっさりしてるね。……ま、ただの暇つぶし。……さようなら」
王が握り締めている飾りを、女王の首元に深々と突き刺す。
頭が潰れた王の左手の薬指には結婚指輪があり、うな垂れている女王の左手に指輪は無い。
「王、貴方が作った身分制度で作られた恋はどうでしたか?」
当然、返答は無かった。
ここに住む国民は辛く、苦しく、惨めな運命が待ってるから良いとして、白い竜の子供が死んだから上空の竜は撃退をしなければいけないことになる。
一応この国は商業で成功してるのだから宝物庫にそれなりの魔装具があるはずだ。
魔装具を簡単に説明すれば、体内に流れる魔力を放出させるための道具である。
△▼△
宝物庫から一番高価で有用な槍の魔装具を五本手に入れて、広場へ向けて走っていた。
これは伝説上の最強の槍、魔槍グングニルを現代に実現したと言われる魔装具だ。槍の形状の魔装具は特殊で完全に人とは別れて魔力を溜めて使用する。
例えば弓矢の場合、弓を手にすると体中を巡る魔力が弓にもいきわたり、弓も含めて体全体の魔力が均一化される。その弓から放たれる矢は使用者の魔力量によって威力が変わる。
しかし槍は魔力を込められるが返っては来ないため、一方的に溜めることが出来る、しかし使用者は魔力が減っていく一方なので魔装具としては短期戦の場合多く用いられた。
前方から口を開けて涎を垂らしながら赤い竜が向かってくるが、槍で竜の体を縦に割る。
視界の隅に地面に向けて魔力を吐き出そうとする黒い竜が入り、方向転換をして槍を投げると黒い風を起こし周囲の家や地面を巻き込みながら黒い竜の脇腹を貫通した。見るまでもなく即死だった。
「この魔力量だとこの程度か」
自分の投げた槍の傷跡をみて威力を確認する。
四本の槍を持ち直して周りに障害物が無い広間へ急いだ。
これじゃあ、あの白い竜は倒せないかもしれないな。