3.俺がいい人をやめたのは今思えば失敗だったな。
「なあ小野崎。今夜飲みに行かないか?」
考えた末答えは出て、俺は小野崎を誘った。
「珍しいな誘ってくるなんて。俺はいつでも暇なんだ。それで、どこに行く?」
「店長の家で宅飲みなんかどうだ?」
「店長ってあの店の店長の家でか?」
「そうだ」
少し考えた小野崎だったが、
「面白そうだから行くわ。その目何かなつかしい感じがする」と承知してくれた。
俺はこの日アルバイトがあったので店長に
「俺とこの前辞めた小野崎ですが実は店長のこと尊敬してるんです。色々と話を聞かせてもらいたいです」
尊敬の「そ」の字もなかったが俺は言った。
「そうか。俺のこと尊敬していたか。小野崎も素質はあったのに残念だ。よし。酒でも飲みながら語ってやろうか。どこかいい店知ってるか?」
「どこでもいいですが店長の家に行ってみたいです」
「俺の家か。いいぞ。汚いが気にしないでくれれば」
「大丈夫です。男の1人暮らしと聞いておりますので」
そう。俺は前情報を得ていた。店長はまだというかもちろん独身でボロアパートに住んでいると。そして彼の家に行った人は未だいたことがないと。もちろん行きたい人なんかいないのだろうが。
こうして閉店後、小野崎が店に来て男3人でセイコーマートに酒とつまみを購入。店長の家に向かった。徒歩で行くくらいだから家は近かった。
予想以上のボロアパートには驚いたが、そこは今回の考えに支障はない。むしろボロであればあるほどありがたいというものだ。
小野崎とは打ち合わせはしていない。高校からの旧友ということもあって打ち合わせはむしろ逆効果になるかもしれないし。
部屋に入ると意外と小奇麗にしていた。俺は部屋の中に何があるのか見回す。
そしてテレビの下に置いてあったプレイステーション。
そんな俺に気づかず店長は買ってきた酒とつまみを出して「よし。今日は飲むか」と意気込んでいた。小野崎は元々酒好きなこともあって晩酌を自らしていた。ただ俺は当時酒はそんなに飲めなかったので付き合い程度だったが。
少し飲み始めてから俺は今始めて気づいたかのように店長に聞く。
「店長。ゲームやるんですか?」
「おう。1人暮らしだからやることがなくてな。そうだ。鉄拳やろうぜ鉄拳」
俺は鉄拳というゲームが格闘ゲームというくらいしか知らなかった。アーケードにあったっけかというくらいだ。一方小野崎は詳しいらしい。「手加減はしませんよ」と張り切っていた。
対戦が始まると「うおぉぉぉぉぉ!!」「よっしゃあぁぁぁぁ!!」と、野郎二人が盛り上がる。俺はゲーム画面はそっちのけで他に何かないのかチラチラ他のソフトを見ていた。
あまりの盛り上がりにチャイムがなる。深夜2時を過ぎているというのに。
「すみません。少し静かにしてもらえますか?」
どうやら隣の住民のようだ。ボロアパートで壁が薄いのだろう。モロ聞こえだったらしい。
「も、申し訳ございません」
斜め45度で店長が謝る。
そして隣の住民がいなくなったところで
「よし。静かにしてやろうぜ」
店長は言うが、やはり2人はうるさかった。
何度か住民がきて謝っては
「これ以上はヤバいからゲームはやめようぜ」と店長が言い出し、ゲームは終了した。同時に酒も底を尽きていた。
「店長。酒買ってきますか」小野崎は言う。まだ飲めるようだ。というよりも小野崎は飲めるから今回誘ったわけなのだが。俺1人だとこうはいかない。
「よし。買ってくるか。おまえはどうする?」
店長は俺に聞いてきたが「俺は飲めないんで留守番してます」と答えると
「よし。行ってくるか。小野崎ついてこい」と2人は部屋を出て行った。
その隙を狙って俺は工作活動を始める。
2人が買出しから戻ってきて、しばらく飲んでいたのだが頃合を見計らって俺は店長に聞く。
「店長。他にゲームないか見てたんですが、ときめもやるんですね」
少し照れくさそうに店長は
「見られちまったか。俺、実はそのゲームにハマッててな。もう少しでクリアなんだよ」
「クリアというと・・・主人公でしたっけ? ピンクの髪の女の子に告白されて終わりでしたっけ?」
俺はこの辺は記憶が曖昧である。なにしろ過去にすすめられてやってみたが1時間で挫折したゲームだからだ。
「そうだ。俺ここまでやるのにすごく苦労したんだ。攻略情報誌まで買ってな」
「そうですか。なんなら俺たち2人で祝福しますか? クリアするところを」
「いいのか? やって。実は今日クリアだと思ってやりたかったんだよな」
「どうぞどうぞ」
店長は再びテレビ画面の前に座り、ときめものソフト(CD)を入れてゲームを起動させる。
・・・起動させようとするがゲームを読み込まない。
何度か舌打ちをして、プレイステーションを横にしたり縦にしたりとしてようやく読み込めた。
・・・がダメ。今度はメモリーカードが読み込まない。
抜いて挿してもダメ。データは読み込まない。フーフー息を吹きかけてもダメ。
「たまにありまよすね。メモリーカードのデータ全部消えること」
俺は白々しく言った。
「そうなのか。折角ここまでやったのに!!」
「店長。また一から頑張ってください。店長なら出来ますよ」
こう言って「あ、そろそろ時間だから帰るか」と小野崎に言っては部屋を出た。
店長はただテレビ画面の前で呆然としていた。
帰り道。小野崎に聞かれた。
「どこまでやったんだ?」
「とりあえずCDに傷をつけて、メモリーカードのデータ全部消しといた」
「ひでぇ・・・ま、いっかー!!」
店長はそのあと病気と言って店に来なくなっては、そのまま来ることなく他の店長に変わった。これで平穏な日々が訪れることだろう。
店長がイチャつくのが見たくないために作られた「バイト内恋愛禁止」のルールだったが、これで改善されることは間違いないし、これで俺も問題なく彼女が出来ることだろう。
・・・というのが計算だったのだが、
「ゴメンネ。折角告白してくれたり頑張ってくれたりとしたんだけど、実は私佐々木さんのことが好きなの。だから付き合えないの。本当にごめんなさい」
と、歩美ちゃんにフラれた。
俺はなんのために頑張ってきたのだろう。いい人を捨てたというのに。
彼女に復讐とかは考えなかった。
その男に復讐することも考えなかった。
何故ならここまで計算していた女がこの店にいたのだから。