2.あの時、人生で一番身勝手な空論を考えたよな。
「なあ、頼みがある」
アルバイトを始めて1週間。小野崎が俺に頼みごとをしてきた。
「あのクソ店長いつも怒鳴りやがって、昔どういうことしてたのか先輩に聞いたら元暴走族の特攻隊長みたいじゃんか。道理で怖いわけだ」
俺はさすがに驚いた。
「なんで元暴走族の特攻隊長がファーストフードの店長なんだ?」
「それは知らん。だがあの暴力性、半端じゃないぞ。俺も昨日蹴られそうになった。精神汚染だよ。もうエヴァに乗れんかもしれん」
「安心しろ。小野崎はエヴァに乗ることはないから。で、なんで蹴られそうになったんだ?」
「掃除をしろと言われてチンタラやってたら後ろから蹴りがとんできそうになった」
「そうか。それはある意味で小野崎が悪いんじゃないか?」
「だから、今度店長がおまえに掃除を頼んできたらさ。『嫌だよ』って言ってやってくれ。頼む。おまえなら言える」
「言えるわけないだろう。それよりもだ。いい話はないのか? 俺、あれから歩美ちゃんに会ってないんだよなぁ」
「ああ、前言ってたかわいい子だっけ? 俺見てないなあ。俺ずっと田中さんのターンだからな。あと藤井」
「田中さんと藤井さんと小野崎でワンセットって考えられてるんだろうな。俺は毎回バラバラだ」
「クソッ。俺だけなんで出会いがやってこないんだ」
「辛抱しろ小野崎。きっといい出会いがある・・・と思うぞ・・・」
だが一ヶ月連続同じメンバーで仕事をすると「出会いなんかんどうでもよくなってきた」とか言って小野崎は辞めてしまった。
こうして取り残された俺だったが、実は慣れてきたこともあるが辞める理由がなくなってしまっていたのもあった。
くせのある人は多いというか全員がくせのある人なのだが慣れたらそうでもない。
店長の言うことものらりくらりとかわせばいいし、見ている前だけキッチリやっとけばそうそう怒鳴られない。藤井の話は「あ、今忙しいんで」と言えば住む話であり、他の先輩も理解すればいい人である。
そして、そのすきをついてか俺はたまに会う歩美ちゃんに接近していた。1つ年下の短大の女の子で笑顔がとてもかわいいショートヘアの子。今度給料が出たら一緒に食事に行こうとも話をしていた。当時携帯なんか流行ってもいなく、PHSでもって10文字しかうてない、しかも10円かかるPメールをヒマがあればうっていた。
初給料が出た。あまりにも少ないことにビックリもしたが食事代くらいは捻出できる。俺は地域情報誌をもっていい店を探しては、緊張したデートをすごせた。
これまで彼女が出来たことがないわけではなかったが、こんなに緊張したのは初めてだった。それくらい彼女は俺の理想像だった。彼氏もいないと言っていたし俺頑張れそうと思っていた。
ところが、意外なルールが俺を待ち構えていた。
バイト内恋愛が禁止というルールである。デートのことを知った4年生のリーダー上原さんからこのことを知らされた。破ったものは辞めてもらうとのこと。
まあ、俺も出会いが目的だったし辞めてもいいかと思ったが、出会いが目的で入ったと思われたらガッカリされるのではないだろうか。それはいけない気がする。どうすればいいか悩んだ。一応小野崎にも聞こうと思ったがものすごく馬鹿にされそうな気がしたのでやめた。
3度目かのデートだったか。俺は話を切り出した。
「バイト内恋愛禁止って俺、知らなかった」
歩美ちゃんはこの時はじめて下を向いて答えた。
「うん。変なルールだよね。私も来年就職活動あるし今のうちに免許とか取らないといけないしさお金ためないといけないから、今から別のところ探すのも大変なんだよね」
これはつまり俺と付き合いたいけどバイトの方を優先させたいということなのだろうか? 俺はそう考えてしまった。
「俺、バイト辞めようかなと思ってるんだ。小野崎もやめちゃったしさ」
「え? なんで? もったいない。折角慣れてきたのにみんな良くやってくれてるって言ってくれてるのに。辞めたら会えなくなるじゃない」
「俺、歩美ちゃんが好きだから。辞めたら付き合えるでしょ」
産まれて始めての告白だった。もっと緊張して言うものだと思っていたがあっさりと言ってしまった。
「ごめん。付き合うとかそういうのは・・・返事は明日とかでいいかな。少し考えたい」
即答じゃないの? 俺は驚いてしまった。てっきりこのムードだとあっさり答えがでるものだと思っていたのに。
「…なんかフェアじゃない。私としてはさ、相手と仕事どっちをとるか選ばないといけなくなったとき両方とってもらいたいの。だから、フェアじゃない。私だけが残るなんて出来ないし・・・」
俺は言った。
「そうしたら、ルール変えるしかないのかな。できるとは思えないけど」
「それは出来ないよ。店長がいる限り無理だよ」
帰ってから俺はどうやったらルールを変えることができるか考えた。
考えろ俺。どうやったら出来る?
高校時代を思い出せ。俺は掌で人を躍らせることが得意だったじゃないか。
悪魔のような性格の持ち主って言われてきたじゃないか。
大学ではいい人でいようとつとめてきたけど、やはり駄目なんだ。
これを出来るのは俺しかいない。
・・・と、勝手につぶやいていた。