表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/5

1.俺たち、不純すぎる動機でアルバイトを始めたよな。

俺は今日35歳を迎えた。

妻と10歳になる子に祝福され、Facebookを開くと学生時代の友人からも祝福のメッセージをいただく。

そして、この時俺はふと思った。

そういえばあの会社にいた人どうしてるのだろうか?

今思えばすごい人たちがいた会社だったな。



俺が20歳、つまり大学二年生の時特にこれといったアルバイトはしていなかったが同じゼミの小野崎に「出会いがあるアルバイトしようぜ」と誘われた。

出会いか・・・。よく考えたら大学の友人くらいしか出会いってものはない。仕事をしたらそっち方面での出会いも生まれるかもしれない。俺は二つ返事で受けることにした。

初めて書く履歴書で志望動機に悩んだが、書いては小野崎が言っていたアルバイト情報誌にのっている店に電話をかけると店長らしき人に「これから来て欲しい」とこと。よっぽど人材不足に困っているのか?

とにかくジーンズにこぎれいな服を着て初めての面接に挑んだ。

アルバイト希望先はファーストフード。俺はこういう店に来るのも初めてだった。

カウンターにいる女の子に「先ほど面接をお願いした者ですが」と声をかけると、店長が来た。スキンヘッドのオッサンでやたらと笑顔だった。ある意味で怖い。

客席に案内され、色々と質問をされては「採否の結果は後日連絡する」と最後に言われて俺は行きつけのゲームセンターに寄る帰りに一応登録しておいた店から電話が来て「明日から来てくれ」と言われた。後日ではなかったのか?

こうして、俺と小野崎はこの怪しいファーストフード店でアルバイトをすることになった。

今思えば、「出会い」という魔法の言葉にホイホイ騙された俺が悪かったのか良かったのかと思う。


小野崎も同じ時間帯に呼ばれていたらしく二人で出勤。スキンヘッドの店長は「おまえら、友達だったのか」とか言われて、そもそももう「お前よばわりかよ」と思ったりもしたが、別室で渡された制服に着替える。

着替え終わって「俺、すごく嫌な予感がするんだが」と小野崎に話しかけると「俺もそんな気がしてきた」と答えられた。二人の直感は当たった。

着替えが終わると、仕事中の女の子が来てかわいい子だった。名前は田中さんと言うらしい、簡単に自己紹介をすると「最初はこのビデオを見てくださいね」と用意してくれては部屋を出て行った。一応俺たちはペンとメモ帳を用意する。

おそらく作業マニュアルみたいな内容かと思っていたが、どう見てもこれ

「なあ、俺たちはファーストフードに来たんだよな」

「そうだな。ファーストフードだな。健全な仕事だよな」

「どう見てもこれ、アドルトビデオだよな」

「そうだな。これから多分この女脱ぎだすな」

すると、店長が入ってきて

「オメェラ! なんでこんなもん見てるんだ!!」と、ブチギレる。

そんなこと言われても困る。俺たちはこれを見てくれと言われて見ていたのだ。

店長はビデオテープを抜き取ると「チッ、誰かが上書きしやがったな」とキレていた。そして俺たちに「今のは見なかったことにしろ」と脅された。

とりあえず、俺たちはここが健全な店で良かったと安心した。


この部屋を出て俺たちは本格的に仕事が始まるのだが、店長が

「最初は挨拶が基本だ! そこで見ていろ!」

確かに挨拶は大事だ。俺たちは隅のほうで立って見ることにした。

オッサンが何かを注文しては帰っていく。

店長は「チッ、ハンバーガー1個だけか」

「挨拶しないんですか?」

「ああ、忘れてた」

基本が出来ていない店だということがよくわかった。


俺たちは立ってみている。

レジの田中さんという女の子が注文を受けては、後ろにいる男の子に伝えて男の子が作り、田中さんが出来たものを袋に入れてお客様に手渡しする。

ようするに俺たちは作ればいいということがわかってきた。

なんだ。簡単そうではないか。

俺はそう思っていたのだが、突然注文を受けた男の子がモタモタしはじめた。

大量注文でもきたのだろうか? それとも作るのが大変なものがあるとでも言うのだろうか?

店長がしびれをきらして

「おう。辻。テリヤキまだできねぇのか!!」ブチギレた。

「すみません。なかなかうまく包装ができません!」男の子は謝るが必死そうだ。

「包装は俺がするから出しやがれこの野郎!!」

「お願いします!!」

店長は辻君という男の子から受け取ったテリヤキバーガーを見てはそれを手に持って

「辻!! こんなテリヤキが食えるかぁぁぁぁ!!」と、辻君の顔面にテリヤキバーガーを投げつけた。

固まる店内。

固まる田中さん。

固まるお客様。

そして、店長は「辻。それ片付けてからきちんたしたものを作りやがれ。このクソ野郎」

と、いなくなってしまった。



結局俺たちが今日学んだことは「店長はハンバーガーを投げつける」だった。




翌日の昼休み。

「俺、あのバイト行きたくねぇ」と、小野崎が言い出した。

「俺だってあんなの見せ付けられたら行きたくなくなったよ。でも出会いが待ってるんだろ? 昨日の田中さんだってかわいかたじゃないか」

「出会いより命が大事だ」

「とりあえず頑張れ。俺は今日休みで明日だ。小野崎。今日行って感想を聞かせてくれ」

「お…おう・・・」


また次の日の昼休み。俺は情報収集のために小野崎に昨日のことを聞くと

「店長休みでさ。俺に藤井っていう大学4年生の人がついてくれたんだが・・・」

「だが・・・?」

「仕事の内容でなく、藤井の朝起きてから今日ここに来たまでの経緯の話を聞いてたら終わってしまった」

「・・・すまん。意味がわからん」

「つまり俺は藤井の今日の話を聞いて終わったんだ。仕事のことは何一つ教えてもらってない」

「研修期間3日くらいだったよな? 大丈夫なのか?」

「とても不安だ・・・俺、大丈夫なんだろうか?」

「大丈夫なんじゃないか?」

俺は不安になって行くと、今日も店長はいなかった。代わりに小野崎が言っていた藤井という先輩が俺についた。

「なあ、俺すごい夢見てさ・・・」

小野崎が言っていた事はこのことか。長い。話が長い。こいつのどうでもいい夢の話で30分が経過したぞ。というか本当にどうでもいい。

「藤井さん。俺に仕事を教えて欲しいのですが」

俺は意を決して聞いた。だが

「いや、まず俺の話を聞いてくれ。そして俺は歯を磨こうとしたら・・・」

うん。仕事どころの話ではないというのはこのことだ。


俺が今日ここで学んだことは「藤井の話は長い」だった。



だが、収穫があったのも事実。


翌日、小野崎に「藤井の話長かっただろ?」と聞かれると、

「藤井の話は確かに長い。そしてとめられない。だが、よく考えたら俺たちって仕事や金よりも出会いが目的だったよな? 昨日めっちゃかわいい子いたぜ」

「まじか。俺しばらく田中さんしか会わないからなぁ」



俺たちはこの時、仕事へのモチベーションは限りなく低かったが、店に行くモチベーションは異常に高かったと思う。



話はまだ続く。藤井のごとく長いかもしれんな。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ