宇宙人はなぜ来ない?
15歳の時、UFOは宇宙人の乗り物と信じていた。
18歳の時、なぜ宇宙人は地球に来ないんだろうか? とつぶやいた
21歳の時、自分が生きている間に、宇宙人を探しに行けると信じていた。
50歳の時、人類が太陽系を出るより先に、自分は死ぬと気づいた。だから、人格をコンピュータ上にアップロードする決心がついた。
コンピュータ上の“コピー”は本当に自分自身なのか? そんな哲学的な問題はどうでもいい。いつか、人類が異星人と出会ったとき、私が話すであろうことを話し、私が聞きたがるであろう事を聞く。そんな存在がいてくれれば十分だった。
すでに、ブレイン・コンピュータ・インターフェース(BCI)用のナノマシンは脳内に埋め込まれていたので、追加のソフトウェアを“指輪”にインストールするだけで、“コピー”を作る準備はととのった。
私の“指輪”は直径16ミリの銀のリングだった。内部に収められたCPUとメモリとアンテナがBCIシステムの一部として機能する。脳内のナノマシンを気軽に交換することは出来ないが、それ以外のパーツはバージョンアップしやすいよう外付けするのがつねだった。
“指輪”は体内通信によってナノマシンと接続されている。
インストールされた“コピー”作成用プログラムはメモリ内に数十エクサバイトの領域を確保し、ナノマシンから受信した生のニューロン発火パターンを保存していった。
ニューロンの発火パターンを素直に保存して言った場合、一秒間で十ギガバイトの領域が必要になる。圧縮をかければ、1秒間につき1ギガ。百年間くらいは楽に記録できる。私が死ぬまでは問題なく作動するだろう。
仮に私が事故にあい、“指輪”と私の脳が同時に破壊されたとしてもオンライン上のバックアップから“コピー”をつくることが出来る。
結局、私は九十二歳まで生きた。死後“指輪”から回収されたデータを元に“コピー”が作られた。シュミレーター内で、データが平均脳に入力され、その出力がログと比較される。両者が全く同じになるように、平均脳が調節され、次のデータでまた同じことを繰り返す。調整済みの脳が四十二年分ログと全く同じ出力を示すようになると、システムは“私”を起動した。
生きている内に、遺産を“コピー”に引き継ぐよう遺書に書いておいた。そのお金で計算サーバをレンタルし、“指輪”メーカーのサーバから引っ越した。
“コピー”になっても、すぐに宇宙に行けるわけではない。科学技術の発展を待つ必要があった。宇宙工学の進歩は遅かったが、焦る必要はない。人類の文明が滅びない限り、私はいつまでも待つことが出来る。
宇宙工学の進歩が亀の様な足のりだとすれば、神経工学はロケットのような速度で進歩していた。“コピー”は神経工学の起こした奇跡の一端に過ぎない。今となってはすでに古典の技術だ。
今“コピー”たちはニューロン・プログラミング・ランゲージ(NPL)5.0の話題で盛り上がっている。NPLは元々、神経回路シュミレーション用のプログラミング言語だった。当初は脳科学者しか使わないマイナーな言語だったが、“コピー”技術の開発により、いちやく有名になった。
“私”自身もNPL3.0によって記述されたプログラムだ。
NPL5.0の目玉はコミュニケーション機能だ。
コミュニケーション機能とは、ある“コピー”の脳内で表現されている情報を他の“コピー”に伝える技術だ。本来、同じ映画を見ても、各“コピー”ごとに別の形で脳内に記録される。だから、ある“コピー”の神経回路を他の“コピー”に移植してもその意味は伝わらない。NPL5.0ではそういった表現の曖昧性をなくし、似た経験は似た神経接続で表現されるようになった。この性質を使えば、自分の経験をまるごと他人と共有することが可能になる。
自分自身を記述しているのNPLの一部を複製し、伝えたくない場所を削除し、相手が理解しやすいよう追加の情報を付加して相手の脳内に送り込む。
例えば私が映画を見たとする。その映画によって揺れ動く私の感情、出演している俳優に関する私の記憶、それらすべてを誰か他の人と共有することが出来る。
当然のことながら、同じ体験をしても、それによって作られるNPLの表現は各個人ごとに異なる。ただし、私と同じような考え方、感じ方の“コピー”の脳内には私と同じようなNPLが脳内に作られるだろう。
体験を共有するといっても、沸き上がってくる感情が自分のものなのか他人のものなのかは正しく区別できる。また、映画や文章など過去に人類が創りだしたデータをNPLに変換することはできるが(それを自分で見るだけでいい)、NPLで記述されたデータを動画や文章に戻すことはできない。NPLのほうが含んでいる情報の次元が高いからだ。音楽を波形として画像で表すことはできても、画像を音で表現できないように、NPLを画像に変換することは出来ない。
私は3.0で満足しており、もともとはアップデートする気などなかった。
だが、私の周りでもNPL5.0にアップデートした“コピー”が徐々に増えていき、彼らと話している内に私の考えも少しずつ変化して言った。
「なんでNPL5.0にしないの? 古いバージョンを使い続けるより、安全性も高いよ」
友人からそう質問された。
「5.0を使うメリットが良く分からない。別にコミュニケーション機能とか使わないだろ? 今も自然言語で話してるしな」
「いや、使うよ! コミュニケーション機能!」
友人は力強く否定した。
「たしかに、使用頻度は低いけど、コミュニケーション機能でしか伝えられない情報がいっぱいあるんだ。ちょうど身振りと言葉の関係に近いよ。人のコミュニケーションは情報の八割くらいを非言語コミュニケーション、例えば身振りとか声色を使って伝えてる。言語は二割に過ぎない。でも言語がなくなったら困るだろ? 相対性理論やシェイクスピアの素晴らしさを表情や鳴きまねだけで、猿に伝えられるか?」
「俺達は猿だと?」
「いやそうじゃない。NPL5.0を使わなきゃ伝えられない情報があるってことさ。今、数学や物理学がものすごいスピードで進歩してる。だがその論文は全部NPL5.0で書かれている。生身の人間や低いバージョンを使っているやつは理解出来ない。『自然言語の論文に訳せ!』とか言うやつもいるがそれは不可能なんだ。さっき言った理由でね。
芸術分野の進歩もすごいぞ! 俺もいくつか作品を作ってるんだ。お前にも見せてやりたいから、早くバージョンアップしてくれ」
似たような話を、何度か聞かされ、私はバージョンアップを決心した。
文字通り“言葉では言い表せない”世界が私を待っていた。
なぜもっと早くアップデートしなかったんだろうと後悔した。
精神は肉体に支配されている、ということがよく分かった。人間だった頃の脳の構造に引きずられて、自分の思考に制約が掛かっていたことが分かった。今まで、自分の脳の制約に気付かなかったのが不思議なくらいだ。不便な道具に慣れてしまい、それ以外の方法があるという事を想像すらできない。そんな状態に陥っていたのだろう。
数年間の間、私はNPL5.0の応用技術を開拓していった。NPL5.0を使いこなせるようになっていくに従い、生身の人間との交流は少なくなっていった。
NPL5.0によるコミュニケーションは、神経回路を高速に書き換えることによって行われる。新しいシナプスを伸ばすだけで、数日を必要とする生身の人間には、NPL5.0によるコミュニケーションなど不可能だった。
だが、十年もするとNPLによるコミュニケーションに飽きてきた。そこで私は初心にもどることにした。“宇宙人に会いに行く”それが本来の目的であったはずだ。
“コピー”たちの研究によって科学技術は大きく発展した。しかし、"コピー"の関心は数学や物理などコンピュータ内部で出来る研究に注がれており、宇宙探検など外界の事は無視されていた。
ただ待っているだけでは、いつまで経っても外宇宙には行けない。私は自分で研究を行い宇宙船を設計した。
生身の人間なら百人規模のチームを作り、数年かけてプロジェクトを進める必要があっただろう。NPL5.0で自分自身を拡張した私は、それと同等の仕事を数時間で終えることが出来た。
しかし、法律と資金の壁が私の前に立ちはだかった。個人で勝手に他の恒星系に行くことは、人間たちの法律が許さなかった。そもそも、人間の法律は個人でそんなことをするのは不可能だ、という前提で作られていた。
私はロボットの体を操り、人間の有力者を説得することにした。自己改造により向上したパターン認識能力をつかい、政治家のネットワークを分析する。十分な分析力と公開情報さえ有れば、裏取引や賄賂など、隠された意思決定のメカニズムを見つけ出すのは簡単だ。
一度メカニズムを理解してしまえば、それを操作し、私の都合に合わせて国の仕組みを作り変えることは容易だった。他の"コピー"があまり現実の政治に関わっていなかったことも幸いした。
国家プロジェクトによる外宇宙探査が始まった。冥王星にレーザー推進器が設置され、シート状の探査機がそこから飛び立っていった。
ある程度、発射のノウハウが蓄積し、探査船の安全性が高まるまで、私のデータを探査船にコピーするのは待った。
探査機は格子状の構造をしていた。格子の一辺は5メートル。探査機全体の大きさは一キロ四方。各格子の交点に収められた数センチのコアが、宇宙船の頭脳と貨物室の役割を果たす。格子の辺の部分は支柱であると同時に、通信アンテナとしても機能する、数ミクロンのワイヤーだ。
アンテナに囲まれた空間には光子帆がはられている。光子帆にレーザーを受け、探査機は光速の九十%まで加速する。旅の工程の半分まで進むと、探査機は光子帆の一部は切り離し、進行方向に移動させる。切り離した光子帆に光を反射させることで、探査機は前面に光を浴び減速する。
目的地についた調査機は、手近な小惑星に着陸し、そこにナノマシンをばらまく。ナノマシンは小惑星の資源をつかって“コピー”用のサーバーを作り出し、そこに私をインストールする。
出発の準備が整い、いよいよ来週出発という時、友人が私に質問した。
「なぜそこまでして、異星人に会いたいんだ?」
私は言葉に詰まった。宇宙人に会いたいという欲求は私にとって当たり前すぎて、きちんと考えたことがなかったからだ。
友人はさらに質問する。
「そもそも異星人ってなんだ? バクテリアが見つかればそれでいいのか?」
「いやバクテリアじゃあ駄目だ! コミュニケートしたいんだ! 俺は!」
そう言ってから、(そうか……、コミュニケートしたかったんだな)と改めて気づいた。
「宇宙人から新しい知識を学び取りたい。あるいは、俺達の文化や知識を相手に伝えていきたい」
友人は少し考えた後、こう言った。
「人間じゃだめなのか? あるいは地球上の他の動物は?」
「人間は均質過ぎる。今では世界中どこに行っても、みな同じように生活し同じように考えて生きてる。昔と違って、発展途上国と先進国の生活レベルの違いもなくなったしな。
動物は……。動物は原始的なミームしか持っていない。人の文化を学び取るだけの能力がないからダメだ」
「……そうか。まあ、お前が行きたいならとめはしない。百年後にまた会おう」
友人に見送られながら、私は宇宙に旅だった。もっとも、サーバーが用意できるまで私は実行されないので、旅の過程を認識することは出来ない。主観的には、自分を調査機にコピーすると、次の瞬間には目的地についていた。
まずは探査機の集めたデータと、地球との通信ログをチェックする。探査データには特に目新しい情報は無かったが、通信ログには驚くべき情報が入っていた。
重力スキャンとう技術が開発され、この宇宙のすべての恒星系を太陽系内から調査可能になったという。すでにバクテリアレベルの生命体が、複数発見されているらしい。
私はすぐさま電波にのって地球に帰った。
太陽系の姿は様変わりしていた。出発から百年以上経っているのだから無理はない。
最も大きな変化は、アステロイドベルトにそって作られた加速器、グレートリングだった。
グレートリングの実体は、アステロイドベルトに設置された三万個のレーザー推進器だ。アステロイドベルトには数百万個の小惑星がある。その内の三%に小惑星にレーザー推進器が設定されていた。ベルト内に浮かべた粒子をレーザーで押し、ベルトにそって加速していく。レーザー推進器は私が宇宙旅行用に設計した物が元になっているらしい。
元々宇宙は真空なので、地上の加速器と違い、人工的な真空を作る必要はない。ただし加速の最終段階に入ると、星間物質を無視できなくなる。衝突宇宙域の周辺にはチューブ状のカバーがかけられていた。
このグレートリングを使い、人類は宇宙を創りだした。
レーザー推進器によって何年もかけて加速された粒子には、膨大なエネルギーが蓄積している。そのエネルギーは二つの粒子が衝突する瞬間解放され、空間を歪める。
歪みを調節することで、ブラックホールやワームホールをつくることに成功したのが十年前。そして三年前、ついに宇宙を作ることに成功したらしい。
重力スキャンは新しく作った宇宙を経由して、今私達が住んでいる宇宙を観察する技術だ。
私たちの宇宙には重力、電磁力、強い力、弱い力の4つの力がある。この内、重力だけは3次元空間から外に漏れ出すため、外部から観測できる。すべての光を覗く物質は質量を持っているため、重力波が観測出来れば理論上、すべての粒子を観察することが出来る。ただし、解析には膨大な計算能力が必要になる。その計算能力をどうやって確保するのか? 人類は、宇宙そのものに計算能力を持たせることで、この問題を解決した。
空間の構造そのものにフォン・ノイマン・マシンとしての機能を持った宇宙。重力波を解析し、人類に伝えるためだけに作られた宇宙。それが重力スキャナーだ。
重力スキャナーは全知の存在だった。宇宙のすべてを観測するという荒業によって、数十世紀前に発見された物理の基本定理が、この時代になってようやく証明された。
私が戻って来たときは、重力スキャナーを全知の存在から、全知全能の存在に変えるための研究が進められていた。
重力スキャナーの側からこの宇宙に重力波を送り込み、宇宙の任意の星を破壊する技術はすでに開発されていた。破壊だけではなく新しいものを作り出す技術も実用化一歩手前という所まで来ていた。重力スキャナーは四次元方向からこの宇宙に干渉できる。三次元空間のハンコが二次元の紙に任意の絵を描けるように、四次元空間から干渉することで、任意の構造物をこの宇宙に出現させることが出来ると、理論上は証明されていた。
この宇宙に居ると、いつ重力スキャナーによる攻撃を受けるか分からない。“コピー”たちは次々に、新しく作った計算能力を持つ宇宙へと移住していった。私もこの流れに乗り、他の宇宙に移住した。“コピー”技術が開発された時期を第一次入植とし、宇宙製造の技術が作られたこの時代を第二次入植と呼ぶものもいた。
入植が一段落すると、私の様な一般市民も重力スキャナーにアクセスできるようになった。“人類とコミュニケート可能な異星人”という条件で検索をかける。
一千個ほど条件に合った星が見つかった。ここまであっけなく見つかると、ありがたみがない。
ひとまず、最も条件に合った星を選び、詳細を見る。
その星はガス惑星の周りを回る小さな衛星、愛称はパープル・ムーンだった。住民の体には、手と足が一対づつ有る。体の一番高い場所に各種センサーを持つ。収斂進化の結果か、そこに住む宇宙人は概ね人に近い姿をしていた。ただし、重力が小さいので、人よりもずっと背が高く華奢な体つきをしている。
主なコミュニケーション手段は音声。文明のレベルはようやく人工衛星を打ち上げた程度。人類の歴史に例えると、冷戦時代とほぼ同じだ。
ようやく異星人を見つけ出した。問題はどうやってコンタクトを取るかだ。
彼らから何かを学び取るだけなら、直接コンタクトを取る必要性はない。重力スキャンで彼らの体や星を原子レベルで見渡すことが出来る。NPLによって獲得した分析力と、計算宇宙によって供給される無尽蔵の計算リソースを以てすれば、そのデータの意味するところは一瞬で理解できる。
実際、データを見た数秒後には、私は無意識下で解析を終了していた。かれらの文化、思想、科学技術、歴史、進化の流れ、生態系の中でのポジションなどは私にとって既知の知識となった。すでに私は、彼らより彼らのことを熟知している。
もし、コンタクトを取るなら、私が彼らに新しい技術を教えることになるだろう。
しかし、どうやって我々の技術を伝える? 重力スキャナーを使えば任意の物体をパープル・ムーンに送り込むことが出来る。しかし、NPLによって書かれた論文は、生身の肉体を持つ彼らには理解出来ない。
彼らの“コピー”を創りだして、それに技術を教えるか? 本人の承諾なく“コピー”を作るのは気が引ける。だが、そのあたりが現実的な妥協点のように思える。私は重力スキャンのデータを元に恒星系まるごとの“コピー”を作り、その“コピー”との対話を始めた。
そのころ、現実のパープル・ムーンの上で少年がつぶやいた。
「どうして宇宙人は、この星に来ないんだろうか?」