第五十二章
あの『シュウ』という少年と、研究員が消えて行ったその扉を星羅は腑に落ちない気分で暫く見据えていた。
何も教えてくれない……あの時と同じだと爪を噛み、星羅は幼い時の自分を思い出していた。
ーーあれは、星羅がまだ八才だった頃。
父親が孤児施設の運営をしていることは幼いながらも分かっていた。
だから、研究所に沢山の子供がいることになんの疑問も持たなかっし、自分も遊び相手が欲しくて良く彼等の所へ遊びに行ったり、彼等もたまに星羅の邸に遊びに来ることもあった。
その内子供が一人、二人と居なくなることもあったがそれも良い人の所へ養子として貰われて行ったのだと思っていた。
そんなある日、自分と同い年の男の子がゼェゼェと荒い息を吐き不調を訴えたので、星羅は彼に付き添って医務室へ連れて行ってあげた。
彼を医務員に見せると、その子の症状を見ただけで医務員はあからさまに青ざめたのだ。
星羅の主治医も兼ねている彼なのでいつもの調子で親しげに訊いてみる。
「ねぇ、どう? イサムくんの具合?」
暫く茫然とした様子だった医務員は、我に返ったようにこちらを向くが彼の顔は引きつっていた。
「どうしたの? イサムくんの病気、悪い病気なの?」
そう訊くやいなや、医務員は血相を変え星羅の腕を引いて、医務室を出る。「痛っ! 痛いよ! ねぇ〜どうしたの?」
強引に引きづられる形で医務室から離れると、医務員の手がサッと放される。
強く持たれた腕が少し赤くなっていたのでさすりながら星羅は、医務員を見上げた。
いつも優しく接してくれる医務員の彼……今は星羅に背を向けている。
ーー何だか怖い。
さっと此方に振り返った彼は暫くじっと星羅を見下ろし、一度堅く目を閉じるとゆっくり視線を合わせるように屈む。
「……今日は、帰りなさい。」
掠れたような声で彼はそう言うと星羅の頭にポンと手を置いた。 何がなんだかわからない星羅は問う。
「えっ? どうして? だってまだ、来たばかりだよ?」
そう言う星羅に悲しそうな瞳を向け、すぐに彼は首を横に振る。
「お嬢様……お願いします。 ご自宅まで誰かに送らせますから……」
そう言われては帰らない訳にはいかず、星羅は渋々頷きその場を後にした。
次の日、星羅はまた子供達と遊ぼうと再び研究所へやってきた。
今日は年下の女の子とお人形遊びをしていると、傍でヒーローごっこをしていた男の子の一人がいきなり、苦しそうに咳き込み始めその内その場に座り込んでしまった。
それを見ていた、女の子は星羅にこんな事をぽつりと漏らした。
「……またよ。 昨日からずっとこんな感じ」
「えっ? どういうこと?」
そう訊き返すと、その女の子は周りをチラチラ気にしてから声を落として話してくれた。
「昨日も……ほらっイサムくんが…。」
「あっ…イサムくんか。 あの子私が医務室に連れて行ってあげたんだよ。あれからどうしたのかなってずっと気になってたんだけど……リンメちゃん知らない?」
リンメという少女は、知らないと首を横に振った。
「……そう」
「星羅ちゃん、それだけじゃないんだよ。 実はあれからまた夜にキャリーくんとタマテちゃんとユズキくんが苦しいって言ってね、医務室に行ったんだけど誰も帰ってこないの」
「えっ? それ本当?」
ついつい声を上げてしまった星羅に、リンメは慌てて自身の口の前に人差し指を当てて
「しぃ〜! 星羅ちゃん、声おっきぃよ!」
と咎める。
「あっ…ごめん」
「……私、施設員さんにどうしてか訊いてみたの」
そう言ってリンメは施設内の入り口に立つ施設員に目を遣った。
先が気になる星羅は、続きを促す。
「それで? 何て言ってたの?」
と訊くと施設員から目を外したリンメは、こちらに顔を向け真剣な眼差しで星羅を見て続ける。
「それが、いくら訊いても教えてくれないの……ただの風邪だって」
そう言うとリンメは、軽く息を吐いて人形の髪を撫でる。
そのリンメの手を見ながら星羅は何か、大人達が隠している事に不信感を抱きつつあった……。
帰宅の時間が迫り帰り支度をしていた星羅は、先程から慌ただしく声のする方に目を遣った。
どうやらまた、不調を訴えた子供が出たようだ。 星羅は、その医務室に連れて行かれる子供をじっと見ていた。
すると、後ろから誰かに呼ばれたので振り向いてみるとそこにはあの施設員が立っていた。
星羅は呼び掛けられた意味がわからなくて首を傾げていると、その施設員の彼女は星羅と同じ視線の位置に屈み、肩に掛かる白銀の髪を後ろへ流してくれる。
「なぁに?」
星羅が問うと、彼女は悲しそうに微笑み
「……うん。 お嬢様には大変残念なお知らせがあるので……お呼び止めしました」
そういうので星羅は、じっと彼女を見た。
「……お嬢様も、知ってらっしゃるでしょ? それで……そのっ暫く、あの子達とお遊びになるのは止めいただかねばなりません」
「えっ? どうして? だってリンメちゃんとか元気だったよ?」
そう問い返す星羅に、施設員の彼女は困った表情を見せて
「リンメは、まだ大丈夫かもしれませんが……念の為ということで」
そう言って微笑む彼女を見て星羅は何かがおかしいと感じずにはいられなかった。
「……わかった」
そう彼女に告げると、星羅は出口に向けて歩いた。
ーーそうあの時も皆、私に何も言わず何かを隠していた。
あの後、研究所にも入れなくなって納得のいかなかった私はコッソリ研究所に向かった。そして、自分の生い立ちを知った……。
お父様はまた、何か私に隠し事をしている……。
『うあ゛ぁぁぁ!』
誰かの痛みに叫ぶ声が廊下に響き星羅はハッと顔を上げた。
(……まさか。 この声は!?)
声がしただろう先を見る。 この方向は父親の自室……星羅は嫌な予感がして先を急いだ。
父親の自室の前に来た星羅はドアの前に立つがロックをされていて開かず、苛立ちを露わに扉横の操作パネルを乱暴に操作して中に踏み込んだ。
星羅の突然の登場に、修造も村瀬も驚いている様子を見せる。
「お父様! 今のっ……」
と言い掛けて目をみはる。
村瀬の立つ先に、肩を押さえ呻く人物を目の当たりにし星羅の頭の中は真っ白になってしまった。
ヨロヨロと彼に近づき、傍に座り込むと震える手で彼の体を揺する。
「ゆう……ろ。 悠呂…… しっかりして」
それだけ言うと、後は涙で声が詰まる。
彼は小さく呻くと、うっすら目を開けた。
「うぅっ……せい…ら」
どうしてと言う言葉は掠れて声にはならなかった。
星羅は、涙を拭き彼の頬に手を添えると小さく頷いた。
そして、ゆっくり村瀬に目を遣る。
「村瀬……あなたが彼を撃ったの?」
村瀬は銃口をこちらに向けたまま、表情も動かさず何も応えない。
「何故! 何故撃ったの!」
星羅は語気荒く、村瀬に問う。
それでも、眉一つ動かさず彼は銃口をこちらに向け立っている。
そこへ嗄れた声が割って入った。
「星羅、そいつから離れなさい」
星羅は声のした方へ視線を向ける。
応接セットの一角に車椅子のまま収まる父親は、冷めた表情でこちらを見ている。
「お父様が命令したの?」
修造は軽く息をつくと、仕方のない子だと言わんばかりに星羅の名を呼ぶ。
「いいか……そいつは」
「応えて!お父様!」
星羅は断固離れる事を拒否するように、悠呂に覆い被さりながら声を荒げる。
仕方ないと言った感じで修造は口を開く。
「あぁ。 私が撃つよう命令した……そやつは…」
と言いかけたのを遮って星羅は叫ぶ。
「何故撃ったの! 撃つ必要なんて本当はなかったんじゃないの?」
星羅の怒りを露わにした表情に修造は何も言わずじっとこちらを見ていた。
長らくお待たせしまして、本当に申し訳ないです。
何とか仕上がりましたが、いかがでしょうか? ちょっと簡説にしすぎたかな?という部分がありますが……汗
もっと掘り下げた内容にしたかったのですがなんせ、纏めるのが下手なもので読みやすいようにとだいぶ省きました笑
以前、ご指摘いただいた説明がしつこ過ぎるというのを組み入れてみたのですが……意味が違ったかな?(´∀`*)
次話もお待たせしちゃうかもしれませんが、どうぞ宜しくお願いします♪