第三十二章
「自分はクローンかもしれない。」
と目の前の彼女は涙を零した。悠呂は、一瞬何の話なのか意味を捉え兼ねていた。
それに、ついて出た自分の言葉が…。
「大丈夫?」
ほとんど無意識に出た言葉だった……。そして、彼女は今自分の胸で泣いている。
突然の出来事過ぎて悠呂の頭は収集がつかず混乱していた。
自分の胸で泣きじゃくる彼女の長い髪に茫然としながら触れそこではっと我に返り慌てて、彼女を自分からそ〜と離した。
「あっ…あのっ…そのっ…まだっ時間も早いし、もう少し寝てた方がいいよっ。」
と言うと彼女は小さく頷いた。
そんな彼女に手を貸して立たせると、ゆっくりした足取りで客人用の寝室へ連れて行ってあげる。
彼女の手は冷えきって氷の様に冷たかった。その冷たさが彼女の悲しみも語っているようで悠呂は何だか胸が痛かった。
彼女を寝かしつけ、ひとつ溜め息をつくとリビングに行きソファーにドサリと腰を下ろした。
『私は、ここにいてはいけない存在かもしれない。』
彼女の悲しそうな、何かをこらえているかのような震える声が耳に蘇る。
悠呂は、狂乱したように髪をグシャグシャ掻き毟るとそのまま頭を抱えてうなだれた。そこへ、間抜けなあくびの声がして悠呂は顔を上げた。
振り向くと、腹をボリボリ掻きながら寝ぐせのバッチリついた父親が立っていた。頭をワシワシと掻くと悠呂の傍のいつものソファーに腰を下ろした。
「おっ…おはよー…父さん。」
と挨拶をすると、目をショボショボさせてやっと息子の存在に気づきニカッと笑うと、
「おぉ〜おはよー悠ちゃんは早起きだなぁ〜あははっ。」
と返すとすかさず、
「ミラハちゃぁ〜ん〜お茶ぁ〜!」
とキッチンに声を掛けた。
「お前も飲むだろ?」
と聞いてきたので頷いた。
ミラハが二人分のお茶を用意してくれる。その様子を悠呂はじっと見ていた。ひとつのカップが父親に手渡され、自分にも手渡された。その温かいカップを手で覆うとぬくもりが染みてくる。カップの中の黄金色の紅茶が自分の姿を映している。それをひとくち口に含むと、紅茶の芳香が鼻を通る。
その香りが、気分を落ち着かせてくれる。悠呂は紅茶の色をじっと見ながら父親に質問してみた。
「父さん…この世に人のクローンって存在すると思う?」
父親は静かに紅茶を飲みながら
「どうしてそんな質問を?」
と逆に聞いてきた。
「いやっ…別に…。」
とカップを揺すり、チャプチャプとカップの中で揺れる紅茶を眺めていた。
そんな悠呂に父親はちらりと視線を向け先程と違った声色で
「人間のクローンを作ることは、禁止されている。これは、この何千年前かの経験があっての事だ…そんな事はあってはならない。」
そう言い切る父親に無言で返し、立ち上がると自室に下がり服に着替え外出の準備をすると再びリビングに戻った。
その様子を父親は、不信に思い声を掛けた。
「おいっ…どこに行くんだ?」
と聞かれ、悠呂は背を向けたまま
「今日、はじめくんと約束があるんだ。」
「約束?」
「そう、今日はじめくんのコラルロッドが修理から却ってくるから…。」
と準備を進める。
父親は、顔をしかめたが
「そうか…。」
と行ってニュースを見始めた。
ニュースを告げるキャスターの声を背で聞きながら、悠呂はコラルロッドの鍵を握り決意すると地下へと勢いよく向かった。地下に着くと、コラルロッドに鍵を差し入れ、エネルギータンクは充分か画面に出し、次にライトを点けたり消したりして点検、次にコラルロッドに跨り浮上ボタンに切り替え、足元のペダルを出すと少し踏んで浮き上がるか確認する。一通り点検を終えると、悠呂は顔を引き締め、アクセスを回し地下駐輪場から飛び出して行った。
(T_T)長らくお待たせ致しました。なんとなくスランプ気味での文章ですので、面白味に欠けると思われますが、どうか完結まで末永くお付き合い願いたいと思います…愁真あさぎより