09
愛されることと
愛すことは違う
愛そうと思うことと
愛されようと思うことは同じ
‐アヤトリ‐
「……蛇我羅」
男の名を呼んだ琥珀さんの声を聞きながら
私は男の名を知らなかったっけ。
と、思ってしまった。
すでに、この蛇我羅と呼ばれた男を受け入れている自分がいる。
私は惚れやすいし、流されやすい。
まあ、素直になれなくて別れるのも早いけど。
だから、蛇我羅と呼ばれた男を受け入れないことなんてできないと思う。
人は皆、愛されたいと願うものだから。
「いつまでも、ここにいても意味ありませんね。逃がした責任があるものを殺さないといけませんし、さちを迎えに行かないといけません」
私が物思いにふけていると白梅さんがそう言って、森の奥に走っていった。
やっぱり、
姿は見えなかったけど
草木がかすれる音とかで遠ざかっていくのはわかった。
「琥珀はどうすんの?」
白梅さんがいなくなったことに興味がないのか
蛇我羅さんはすぐに琥珀さんに問いかける。
琥珀さんは少し間をあけてから
「どうせ、止めたって聞かないんでしょ?」
と、答えになっていない答えを返してきた。
蛇我羅さんはその答えに笑顔で頷くと
「娘っこ、逃げたくなったらいつでも言いなよ。助けてあげるから」
琥珀さんはそう言い残して白梅さんとは違う方向にいなくなった。
「ようやくいなくなったかー」
蛇我羅さんは回りを見渡してから呟く。
その声はどこか嬉しさを含んでいた。
「……じゃ、蛇我羅さん?」
さっき聞いた名前で彼を呼ぶと
「風刺」
そう言葉を返された。
それが彼の名前だと気づくのに少し時間がかかった。
「なっ、何で私があんたの名前を呼ばなきゃいけないのよ!」
別に呼んでもよかったのだけど、恥ずかしさが勝り、ついそう言ってしまった。
言ってからすぐに後悔する。
蛇我羅さんの目が怪しく光ったからだ。
ニヤリと何かを企んだように笑う蛇我羅。
もう心の中でもさんをつける気もない。
何で、私は素直になれないんだとこの時もやっぱり、そう思った。