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たくさんの石ころの中から一つを選んでしまえば


同じものが欲しくなった


形も大きさも色も


だけど、その一つだけが自分にとって特別にする唯一のものだったら


自分のものだと傷をつけて保管しておいた方がいいと思った


そして、その石をとられないように自分は守り続ければいいとそう思ったんだ



‐アヤトリ‐





この状況をどうするか考え始める事にした。


たけど、今の状況はどうしようもないと思う。


ピンチだし、窮地だし、死ぬ前かもしれない。


ああ、本当にどうしようもない。


私は普通の人間なんだから対処法なんて考えてもわかるわけないと自棄になるしかなかった。


目の前にいる男がにやにやと笑いながら手を近づけてくるのに逃げる事もできそうにないのが原因だが。


私、死ぬのかな。


ふと、そんなことを思ってしまった。


もう少しで私に触れそうな大きな手。


これから、その手で私が何をされるか考えたくもなくて、私は目を瞑った。


殴られるのだろうか。


こんなところで辱しめを受ける事はないよね。

そんな風に思いながら力んでいたが、待っても待っても何も起きなかった。


恐る恐る目を開いてみると男の伸ばした手を片手で止めつつ、男から庇うように琥珀さんが私の前にたっていた。


さっきまで、倒れていたはずなのにいつの間に起きたのだろうか。


動いて平気なのか等、聞きたいことはいろいろあったが言える雰囲気ではない。


男も何が起こっているのかわかってないようでほうけた顔をしていた。


多分、私もそんな顔をしていたと思う。


それほど、琥珀さんが起き上がった事には吃驚したのだ。


少しの間、辺りが静かになったせいか



「汚い手で、娘っこに触るでねぇ」



憎悪に染まった琥珀さんの呟きがよく響いた。



心の中で琥珀さんが、こんなにも怒っているような様子は始めてみたな、とのんきに考えながら琥珀さんと男を黙ってみる。


琥珀さんも男も黙ってしまっている。


琥珀さんは相手の出方を待っているのだろうけど、男はどうして黙ってしまっているのだろうか。


どうやら、男は琥珀さんが言った言葉の意味がわかるのに少し、時間をかけたようで今さらのように怒鳴り始めた。



「なっ!この野郎、調子にのりやがって!!」



顔を真っ赤にしながら大声で怒鳴り散らす様子は琥珀さんの言葉がよっぽど気にくわなかったみたいだ。


だけど、すぐに反論しなかったせいか惨めに思ってしまったのは仕方ない。



この男は少しバカなんだろうかと思ったのは仕方ないよね。


そんな風に思いながら男を見ていると琥珀さんが男の手を振り払い、見下すように言う。



「お前ら童だから怪我させねぇだけだ。けどな、狸の汚ならしい手で娘っこに触るでねぇ。娘っこが穢れるだろうが」



琥珀さん、口調変わってますよ。そっちが素ですか?、と現実逃避仕掛かった私の思考を遮るように男が怒鳴る。



「さっきから黙って聞いてれば言いたいほうだい、言いやがって! お前だけは傷つけるなって言われてたけど、もう我慢できねぇ! ぶっ殺してやる!」



どうしてか、男がそう怒鳴っても怖くはなかった。


琥珀さんがそばにいてくれると安心しているからだろうか。


それとも……。


そんな風に考えていると、クスクスと琥珀さんが笑いだした。



「殺す……ねえ?」



バカにしたような、その笑みに何故か男に感じなかった恐怖を感じる。


男も私と同じだったのか、顔を青くしながら後退りをしていた。


そんな風にどちらが有利かはっきりしてきた時に、目の前で赤が舞った。


そして、転がる男の首。


琥珀さんは黙ってその様子を見ていたから、違うって言える。


男が声を出す前に首を後ろから切られたのは大蛇の仕業だった。


欠伸をしながら、こちらの様子をうかがっている大蛇に私は何も言えずにいた。


死んだ。

男が死んだ。

綺麗な襖や床に赤をまき散らしながら死んだ。

茶色の床に赤いみずたまりを作る男の首と切り離された体。

襖に描かれていた白い花が飛び散った血のせいで赤に染まっている。


叫んでしまいたかった。


だけど、声がでない。


ぱくぱくと金魚のように口を開けたり、閉めたりしても一言も言葉なんてでなかった。



「……大蛇」



そんな私の代わりに大蛇の名を呼んだのは蛟だった。


蛟の方を向くと、小柄な男を縄で縛って足蹴にしながら困ったような顔をしていた。


大蛇の前にいたもう一人の小柄な男は琥珀さんを殴った男と同じように首と体が繋がっていない。


琥珀さんもそれに気づいたのか同じように困ったような顔をしている。


蛟がまだ、何かを言う前に琥珀さんが優しく諭すように言った。



「蛇の領土じゃないんだから、そんな風に殺しちゃダメじゃないか。たまたま、相手が狸だったからよかったけど」



口調が戻ってる琥珀さんの言葉に大蛇は首を傾げた。


私も同じように不思議に思った。


どうして狸だったからよかったけど、なんて言ったんだろう。



内心不思議で仕方ない私と大蛇に琥珀さんは優しく教えてくれた。



「狸寝入りって知ってる? 今の状態はそれだよ。逃げきるために死んだ風に見せてるんだ。普通は頭の部分に自分の顔を持ってくることはないんだよ」



右手を首のところで真横に動かしながら琥珀さんが


「こう、首を切られたら死んじゃうからね」


と笑う。


死ぬなんて怖くないと言うような感じで言った琥珀さん。


大蛇は理解できてないのか首を傾げている。


これ以上、簡単に言うことができないのか琥珀さんはどう説明するべきかと苦笑いをしながら大蛇を見ていた。


蛟は最初からわかっていたのか、こちらの話になにも言わずに蛟自身が捕らえた男にいろいろと嫌がらせのようなことをしていた。


おでこを叩いてみたり、わざと足を踏んでみたり、蛇を身体中においてみたり、と幼い子がやるような事ばかりだったが


……蛇はやりすぎだと思うけど。



「……う、うわぁぁぁぁん! こわいよぉ!!」



ついに、男は我慢の限界だと言うように泣き出してしまった。


正確には男に化けた子狸らしいが。


男の姿が青年よりの姿だったから、幼い子のような泣きかたは違和感を覚える。


うん、シュールだ。



そんな風に私が思っている隣でぼそりと何かを呟く琥珀さん。


あまりに小さすぎて聞こえなかったけど、何かを呟いた後のあのいろんな感情が混ざったかのような微妙な表情をしているのはわかった。


琥珀さんは何に気づいたのだろう。


多分、彼にしかわからないことなのだろうから私は見なかったことにした。


そんな風に皆が皆、違うことを考えていると苛立ちを含んだような声音が聞こえた。



「やっぱり来ましたか」



その声の方に目を向けると無表情の白梅さんがいるではないか。


いつの間に、ここにいたのだろう。


さっき、すぐだって琥珀さんが言ってたから外がうるさくて出てきたのだと予想してみる。


真意は知らないけど。



そんな風に思いながら白梅さんを見ていると、白梅さんは回りを見てからため息を吐き、恨みを込めたような声音で小さく呟いた。



「……あなたが手伝うとは思っていませんでしたよ」



それと同時に、ふわりと薫った何かの花の匂いに気づいた。


きつすぎない花の匂いは一体どこから薫っているのだろうと、のんきに考えてしまったときには利き腕から溢れ出す赤。


何が起こったのかわからなくてパニックになる思考。


あれ? なんだ、これ。


自分を赤く染め上げているものが何かを理解できないでいると誰かが私の名を強く呼んだ気がした。


誰が呼んだか、わからなかったけどその声のおかげか、その赤がようやく自分の血だと気づいた。


その時にはもう意識が半分落ちかけていたし、体を動かす事がひどく面倒くさい事のように思えていた。


つまり、本当のピンチだった。


あの狸たちよりも白梅さんと会った時の事を真面目に考えていればよかったと今更ながらに思った。

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