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わからず屋と君は言った
どうして、そんな事を言われたのかはわからないから
首を傾げていると
どうして、あれを捨ててしまったの
と、怒ったようにそう続ける君
だって、あれは必要ないだろ?
今の思い人は自分なのに、違う奴のくれたものを持っているなんて嫌だ
そう言ってそっぽを向けば君は呆れたように、だけど愛しげに言った
あれは、いざって時の脅しにぴったりだと思ったから残しておいたのよ
君はどうやら自分の事よりも駆け引きが大好きらしい
自分はそんな君にばれないようにため息をはいた
‐アヤトリ‐
私が大蛇と蛟の対応を考え込んでいると敵意を圧し殺したような声が聞こえてきた。
「ここから先に立ち入ることを許さん。おとなしく帰れ」
感情を露にして怒っているわけではないのに、その声に気まずさは勿論、恐れと身の危険を感じた。
この場所にいると息苦しく感じて、この場にいたくないとまで思う。
「貴様ら、他種族が何の用で来られた」
暗に早く帰れと言われている気がするが今、ここで退くわけにはいかない。
覚悟をきめて、何も言わずに黙りこんでいる大蛇と蛟の代わりに口を開いた。
「黒狐の居場所を教えてもらうために来たんだよ。そうじゃなければ、こんな場所までいちいち来るはずないだろ」
馬鹿にしたつもりはない。私自身としては本当に馬鹿にしたつもりはなかった。
言った言葉が相手にどう捉えられたかはわからないけど。
声の主は黙りこんだあと、小さく呟いた。
「貴様、人か?」
どうやら、私の話より私が人か、人じゃないかが重要らしい。
声の主は微塵も私が言った言葉に触れようとしなかった。
その事に不満を言えば良いのか、安堵すれば良いのか、わからなかった。
多分、安堵すれば良いと思うんだけど、状況が状況だしね。
「何故、人が他種族の奴等と……」
声の主は困惑した声で呟いた。
いや、何故と言われても。こんなことを言っては何だけど私が誰と一緒にいても関係ないよね。
そんな風に思っていると、蛟は何かを企んでいるような笑顔で
「さて、こちらには人間と言う人質がいます。黒狐殿の居場所を教えてもらいましょうか」
ここぞと言わんばかりに私の事を脅す材料として使ってきた。
声の主は黙り混んでから苦虫を噛み潰したような声で短く答えた。
「わかった。知っているものの所に連れていく」
その声は不機嫌さが本当によくわかった。
蛟はそんな声の主に対して、いまだに笑顔だ。
大蛇は特に興味なさそうにぼけー、とどこを見ているのか、わからないような状態で一言だけ
「よかったね」
他人事のように言った。
すでに、ここに来た意味を忘れているのだろうと思ったから、あえて何も言わないでおく。
大蛇を眺めながら誰かが案内に来ると思い込んでいた自分は
リンッ、リンッ、と近くから鈴の音が聞こえてきた時には誰かがやって来たのだと思っていた。
声の主は見張りのようなものだと思っていたところもある。
だから、鈴の音がしばらく聞こえ続けたかと思うと、今まで見ていた景色が急に変わり始めた事に驚いた。
木々があったところには何もなく、
でこぼこだった道は石畳の道に変わり、
その道を囲うかのように赤い鳥居がたくさん立っていた。
これが本来の姿なのだろうか。
私はそんな風に回りが変わった事に驚きを隠す事ができず、回りをキョロキョロと見渡していると
「ようこそ。かわいらしい人のお客人」
きつね色と呼ばれるだろう耳と尻尾を生やした私よりも十も違うような男の人が現れた。
蛟と大蛇を無視して言われたその言葉に苦笑いを返しながら
その声がさっきまで聞いていた声と全く同じだな、と一人思う。
きっと蛟も大蛇も気づいているだろうから、いちいち口にはださない。
じっと彼を本当に狐の妖怪なんだな、と思いながら見ていると
「どうぞ、こちらに」
すっと体をずらし門の端によってお辞儀の姿勢をとり動かなくなった。
開け放たれた門を潜るように、と言葉にされずともわかる。
「いこう」
大蛇がそう言い、手を引っ張った。
蛟も無言で大蛇と同じように手を引っ張る。
私は意を受けて、ゆっくりとその門を潜った。