For you
電車から降りた俺を、肌寒い風が出迎えてくれた。
ここ、どこなんだろう。わからないや。別に迷ったわけではなく、どこへ行こうとも思わないで、適当な電車に乗って終点まで来てみただけだ。
行きたいところもない。かといって、家にいたくもない。だからこうやってたまに電車に乗ってみる。意外と電車に揺られるのは楽しいし、着いた先でも小さな発見がある。それが醍醐味だ。
……とはいえ、あんまりないんだよね。わかってたことだけど。
駅を出てみる。
右を見てみる。
左を見てみる。
……真っ暗であんまり見えない。
時計を確認してみると、もう夜の八時を回っていた。なるほど寒いし暗いわけだ。
とりあえず今日は家に帰らないつもりなので、いつも通り適当な公園か休憩所でも見つけてベンチで寝ればいい。それを探しに行くことにしよう。
目的を定めた俺は、とりあえず気の向くままに左の道を歩いていった。
なにかが懐中電灯の光に照らされたので、近寄ってみた。看板だ。どうやらこの先に山があるらしい。山のふもとなら小さい公園でもあるんじゃないか、と思って行ってみることにする。
ゆるやかな坂道が続く。ゆっくり上ってみる。ただただ時間が流れるだけで、けれど俺にとってはどうでもいいことで、自分がなにをしているのかわからなくなってくる。
ふぅ、と息を吐いてみる。何も変わらない。
「……ん?」
ふと、何かが聞こえたような気がした。
立ち止まって、耳を澄ませてみる。……女の子の声? なにかを歌ってる?
なんでこんな時間に女の子の声がするんだろう。とりあえず、行ってみることにする。
少し歩いたところで、小さな公園があった。声もこの辺りから聞こえる。
「……誰だ? こんな時間に……」
誰に言ったわけでもなく、ただの独り言だったのに。
「あたしだよー」
答えが返ってきた。
驚いて、声のした方を照らす。そこには、一人の女の子がいた。見た感じだと十二、三歳くらいだろうか。少なくとも、こんな時間にうろついていていいような年ではない。
「おにーさんだーれ?」
眩しそうに目を細めながら少女は尋ねてくる。
「俺は通りすがりの者だ。もう暗いんだ、はやく家に帰れ」
「ね、ね、おにーさん! 一緒におしゃべりしよ!」
俺の話を聞け。
少女はぐいぐいと俺をベンチの方へ押しやって座らせたあと、自分も隣に座ってえへへ、と笑った。
「おにーさんおにーさん、何しゃべろっかー?」
元気な子だなぁ。おにーさんとしてはおしゃべりするより君は家に帰るべきだと思うんだけど。
「おにーさん、どこから来たの?」
「東京から。少しだけおしゃべりしてあげるから、早めに帰れよ」
「東京!? すっごーい、おにーさん都会人だー!」
だから話を聞けよ。マイペースな子だ……。
「でもなんで東京から?」
「色々あってな。たまに電車に乗って遠くまで旅みたいなことしてるの」
「へー! いいなぁ、あたしもいろんなとこ行ってみたいなー!」
「都合がいい日に行ってきなよ。結構いろんな発見あるから楽しいぞ」
「うん!」
早く帰らせなきゃいけないんだけど、話してるときの少女の顔が、ぽつんと立ってる街灯に照らされるのが見えるたび、その瞳が輝いているのがわかって、こっちまで少し楽しくなってきてしまう。不思議な子だ。
三十分くらい経ってしまったろうか。まだ俺と少女は喋っている。
「でねー、そのお店のパンが美味しくてさ!」
少女はすごく楽しそうに話をする。
俺はふと、最後にこんな風に楽しく他人と会話をしたのはどれくらい前だったか、と思った。
「……おにーさん?」
少女が俺の顔を不安そうに覗き込む。
「ん、どうした?」
「あたしの話、面白くない?」
俺が少し黙ってしまったらかだろう、不安にさせてしまったようだ。
「面白いよ。こんなに楽しく話したのがいつぶりだったかな、って考えちゃってただけで」
「ふ~ん……なら、よかった」
少女は安心して笑う。その笑顔は、本当に花のような笑顔で、仄かな街灯の明かりに照らされているからか、儚さも併せ持っていた。
「……おにーさんは、どうしてここに?」
少女は自分の話から俺への質問にシフトチェンジする。
「さっき言ったみたいに、旅みたいなことしててね。たまたまここに来たの」
「ふ~ん。じゃぁ、あたしと出会ったのは運命だね!」
運命。……うん、そう言えるね。
俺は少女に自然と微笑みかけていた。少女も、俺に笑顔を返してくれた。
不思議な、午後九時過ぎの公園だった。
あるいはこのとき、俺は既にわかっていたのかもしれない。
輝いているはずの少女の笑みが、なぜ儚さを含んでいるのかを。
街灯のせいだけではない、その理由を。
あくまで可能性として、だったから、その可能性を考えている自分と、それを否定する自分がいたように思う。
後から考えて、そう思った。
「……おにーさん、お願いがあるんだけどさ」
少女が改まって言う。
「今日、日付が変わるまで……一緒に居てくれない?」
女の子が年上の男性に、夜中に一緒に居てくれってお願いするのはどうかと思うよ。
「……家に帰りたくないの?」
俺の問いに、少女は俯いて小さく頷く。
「……わかった。一人でいるよりは安全だろうしね」
俺の返事を聞いた瞬間、少女がばっと顔を上げる。その表情は嬉しさ一色の笑顔だった。
「ありがと、おにーさん!」
ぎゅっと抱きつかれる。こらこら。
「でも、ちゃんと家には帰れよ。送ってってあげるから」
少女は返事を返さず腕に力を込め、ぎゅーっと締め付けられる。ちょっ、タンマ、ギブギブギブ。そろそろ苦しいって。
「…………」
「……どうした?」
少女が俺に抱きついた格好のまま、固まってしまった。
「……お~い?」
呼びかけても、返事がない。どうしたんだろう。
ぎゅっ、と少女の腕に少しだけ力がこめられる。
「……あの~…?」
「……ごめんなさい。ちょっと考え事しちゃった」
少女は俺から離れると、無理に作ったような笑顔を見せる。
その笑顔が――明かりが仄かだったせいもあるのかもしれないけど――今にも壊れそうだったから。
「あんま無理するなよ」
なんとなく、その頭を優しく撫でた。
なんでだろう。兄弟なんていないけど、俺はこの子を本当の妹のように感じていたのかもしれない。兄として、妹を支えるつもりだったのかもしれない。
しばらく少女はされるがままに頭を撫でられていたが、やがて元の自然な笑顔を浮かべてくれた。
「あたしはミカって言うの。……ありがと、おにーちゃん」
ちょっと遅い自己紹介だなぁ。どういたしまして。
「俺の家はさ」
ミカは俺に、旅する理由を詳しく聞いてきた。
「小さいけど、会社を営んでるの。卸売り業者なんだけどね。親父は俺にそれを継がせたがってる」
「おにーちゃんは継ぎたくないんだ?」
「……やりたいことがあるからね」
よくある話ではあるけれど、俺には俺の夢がある。けれど親がそれを阻む。だからこうして旅をして、気分転換を兼ねた人生の進路探しをしている。
「やりたいことって?」
「シルバーアクセサリ作りたいの。最近は結構機械でやるんだけど、俺は手でね。知り合いの職人に弟子入りでもしたいんだけど、親が猛反対」
本当にありふれた話だと思う。けれど、結構悩むし大変なんだよな、こんな話でも。
「挙句、ストレスばっかりが俺を蝕んで、一時期入院することにまでなって。大学もやめたし……」
今ではあまり親と話すことはなくなったけど、前までは自分の夢を親に認めさせようと説得を続けていた。その結果がそうだった。
「……親って、なんなんだろうな」
俺はぽつりと呟く。
「子供の幸せだって言えば、その子供の夢を潰す行為だって正当化できるのが親なのかな」
「……あたしにはわかんないな」
ミカは苦笑いをする。
「……ごめん、こんな話、聞いててもつまらないよね」
年下にこんなこと話してどうしようってんだろうなぁ、俺は。
「……ちょいと失礼」
そう言って、ミカが俺にもたれかかってきた。
「……眠いの?」
「ううん。ちょっとこのままでいさせてほしいなー」
傍から見れば本当に変な光景なんだろうな、と思いながらも、もたれかかったままにさせておく。
「――――♪」
隣から歌声が聞こえた。俺がここに来たとき、歌ってた歌だろう。
あまり上手ではない。聞いたことのない歌だけど、歌詞もメロディもありふれた感じで、それなのに不思議と暖かい歌だった。
「上手ではないね」
「……おにーちゃん、ひどい」
歌い終わったミカに率直な感想を伝えたら軽く殴られた。
「でも、素敵な歌だった。……ありがとう」
またミカの頭を撫でてやる。照れたような「えへへ」という声が、小さく聞こえた。
傍から見れば、変な光景なんだろう。
けれど、俺達――少なくとも俺にとっては、幸せな時間だと思える時間だった。
しばらくの沈黙が流れた。また少し気温が下がっただろうか。お互いが触れ合う部分だけが、すごく暖かかった。
「……そうだ」
急に、思い出したようにミカが立ち上がる。
「どうした?」
「ちょっと待ってて」
ぱたぱたと走っていき、すぐに戻ってくる。
「これ、あげる」
手に持っていたそれを、俺に差し出しながら言った。
「……ぬいぐるみ?」
「うん。おにーちゃんにもらってほしい」
ぬいぐるみを受け取る。茶色い熊のぬいぐるみだった。所々汚れていて、糸がほつれている部分もある。
「初めて作ったやつだから、あんまり上手じゃないけど……」
照れ笑いをしながら妹は言う。確かに、縫い目がちょっと雑な感じはしたけれど、これが初めて作ったものなら結構器用だと思う。
「……ありがと」
「……うん!」
お互いに微笑む。
「……そうだ」
俺はふと思い出して、鞄を漁った。
「お礼に、これあげる」
中から出したそれを、ミカに差し出す。
「これ、おにーちゃんが?」
そう。俺が初めて作ったブレスレット。知り合いの職人に簡単な手ほどきを受けながら作った、粗雑で醜い、けれど思い出のある物。
「……つけてみて、いい?」
「もちろん」
ミカは嬉しそうにブレスレットをはめる。その細い腕には、少し大きすぎる気はするけど。
「……ありがとう!」
喜んでくれたようで、俺も嬉しい。
花のような笑顔が咲くと、俺も笑顔になってしまう。
ほんとうに、不思議な子だ。
もっと早く、ミカに出会えてればよかったのに。そう思ってしまうほど、不思議で素敵な女の子だ。
十二時を回ろうかという頃。
俺達は少し喋り疲れて、くっついて座っていた。
一言も口にせず、ただただお互いの温もりだけを感じていた。
「……おにーちゃん」
ミカが口を開いた。
「……膝の上、乗っていい?」
「……おいで」
俺はなんでだろう、なんとなくだけど、ミカのお願いをほとんど拒まなかった。
ゆっくりと、自分の上にミカが乗る。ミカの体温を感じることができる面積が大きくなり、俺はミカを優しく抱きしめた。
やっぱり俺は、この時すでにわかっていたんだと思う。
根拠はなかった。けれど、なんとなく、本当になんとなく、わかってた。
ミカの身体は驚くほど軽い。
ぎゅっ、と少しだけ力を入れてみる。ミカの手が俺の手に重ねられる。まるで恋人のようなことをしている。けれど、俺はそうしていたかった。
やっぱり、そのことをわかってたからなんだろう。
しばらくその状態のままでいた。
ミカが口を開くまでは。
「……おにーちゃん」
「……どうした?」
ミカの声が、涙声になっていた。
「……渡したいものが、あるの」
体勢はそのまま、言葉だけを交わす。
「……なに?」
「……これ」
言って、ミカは俺の手を取って何かを握らせた。
「……ありがと」
ミカが礼を言った。何に対しての礼だったのか、俺にはわかっていた。
「最後の時間を、楽しくしてくれて」
ミカはもう――――消える。
ミカの身体が、どんどん軽くなるのがわかる。
ミカの体温が、どんどん低くなっているのがわかる。
「……まさか最後に、誰かと喋れるとは思ってなかった」
俺も、思ってなかったよ――
――幽霊と話すことになるなんて。
「ありがとう、おにーちゃん」
ミカはもう、死んでいる。
なぜかここにいて、俺と話してる。
――でも、もう消える。
「……人が死ぬことって、どういうことなんだろうね」
ミカが問いかける。
俺は、涙が溢れていることをミカに知られたくなくて、涙声になっているだろうからそれを知られたくなくて、黙っている。
ぎゅっと腕に力を入れて、ミカと離れないようにしながら。
精一杯の、抵抗だった。
「……おにーちゃん、手、開いてみて」
ミカが優しい口調で言う。開いてみると、俺の手には花が握られていた。
「勿忘草。花言葉は――」
涙声で、ミカは言った。
「私を忘れないで」
涙が、ただただ零れ続けた。
「……さっき、あたしとおにーちゃんが会えたのは運命だって言ったよね」
「……あぁ」
俺は必死に声を絞り出す。涙声になってることを悟られないようにしながら。
「本当に、運命だと思うんだ。死んでからだったのが残念だけど、おにーちゃんに会えた」
「……あぁ」
声を出すのが精一杯で、腕に力を込めるのが精一杯で。
「あたしは、幸せだったんだと思う」
「……あぁ」
どうにもしてやれない自分を、呪った。
「どうにもしてやれない、なんてことないよ」
ミカが、俺の心を見透かしたように優しく言う。
「あたしを忘れないで。そうしたら、あたしはおにーちゃんの中で生き続けられるから」
ミカの手が俺の手をそっと握る。
それだけしかしてやれない、それが悔しくて。
もっと一緒にいたい、それが叶わないことが苦しくて。
「……わかった。忘れない、絶対に」
けれど、それしかできないことを理解してるから。
俺は、そのお願いを――ミカの最後のお願いを――受け入れた。
「……ありがと、おにーちゃん」
顔は見えてなくても、ミカが笑っていることがなんとなくわかった。
「……最後に、俺からも……お願いがある」
最後の最後、たった数時間しか一緒に居なかった、それも幽霊の少女と、俺は。
「…というか、約束かな」
こんな運命を押し付けた神様に対して、挑発と復讐の意味も込めて。
「……なに?」
「来世で、一緒になろう」
そんな約束を、交わそうと思った。
「…………そうだねぇ…」
ミカはすぐには答えない。握っていた手を引っ張って、ミカが俺の身体から離れる。
「……ミカ?」
その名を呼ぶと、悪戯っぽい笑みを浮かべたミカが「目を閉じて」と小声で言った。
言われるままに、目を閉じる。
次に俺が感じたものは、不思議な柔らかさと温かさだった。それも、唇に。
目を開けると、目の前にミカの顔がある。
たっぷり数秒たった後、ミカの唇が俺の唇から離れた。
「……な…」
呆気に取られてる俺に、ミカは。
「約束、だよ?」
言って、笑った。
目が覚めたとき、そこは公園だった。
突き刺さるような日差しが、俺を照らす。
「…………」
夢かと思った。
ミカのことも、夜のことも、約束も、全部。
夢かもしれないと、思った。
あたりを見渡す。
俺の鞄があった。
中を探ると、柔らかな手触りのものがある。
「……ミカ…」
出してみる。それは、ミカがくれた熊のぬいぐるみだった。
夢じゃなかった。じゃあきっと、ミカはもう――
ぬいぐるみを鞄に戻そうとしたところで、鞄の中に白いものがあるのが見えた。出してみると、それは。
「……私を忘れないで、か…」
可愛らしい字で「約束だよ」とだけ書かれた紙だった。
あぁ、約束だ。俺は一生、君のことを忘れない。
だから、約束だ。
来世では、一緒に幸せになろう。
後日、調べてみると、確かにミカという少女はその公園の近くにいたらしく、既に亡くなっていることがわかった。半年前、母親が心中を図ったそうだ。
大好きだった父親と別れる辛さ。
大好きだった母親に殺される辛さ。
ミカは、俺が知らない辛さを味わって死んでしまった。
「子供の幸せだって言えば、その子供の夢を潰す行為だって正当化できるのが親なのか」という俺の問いに、ミカは「わかんないな」と返した。
親の都合で大好きだった父親と別れ。
親の都合で人生まで終わらされた。
でも、ミカは親が大好きだったから、そう返したんだろう。
自分が馬鹿みたいだ。ミカほど理不尽な目に遭っているわけでもないのに、あんな話をしてしまって。
ミカに出会えて、また親とこれからのことについて話す決心ができた。
ミカと出会えたことが、俺を救ってくれたように感じる。
ミカも、俺と出会えたことが、せめてもの救いだったと感じていてほしい。
俺が出会った、最初で最後の幽霊少女へ。
約束を果たせる時が来るのを、心から楽しみにしています。
*****
この公園に来るのは、何年ぶりだろうか。
私はもう高校生になった。彼は、もう大人になっているんだろうか。
私は大きく息を吐く。
夏はもう終わった。あの時と同じ、もう寒くなってきた季節の夜。
――たまに、彼はもう、あたしとの約束を忘れてしまったんじゃないだろうか、そう思ってしまうことがある。
あたしの書いた手紙を、彼は見つけてくれただろうか。見つけてくれたよね、きっと。あんなわかりやすい場所に入れたんだし。
私は一人、ベンチに腰を下ろして夜空を見上げた。
澄んだ田舎の空だから、まぶしいとまではいかないけれど、きらきらと煌いている星がよく見える。
あの時も、こんな夜だったなぁ。なんて思いながら。
私は、上手くもない歌を歌って彼を待った。
今日もまた、彼に会うことはできなかった。
日付が変わる頃、私は家に帰ることにした。
虫の声すら聞こえない静かな田舎の山のふもとの公園を、何度も何度も振り返って見つめながら。
変わらない日常。
繰り返す日常。
退屈な日常。
でも、あたしはどうしても守りたい約束があったから。
私は、ここにいる間は、待ち続ける。
「――――♪」
いつまでたっても上達しそうにない歌唱力で、ひたすら歌い続ける。
腕に光るブレスレッドを見つめて、最後に見た彼の寝顔を思い出して。
ひたすら彼を、待ち続ける。
そんな私は、もう大学生になっていた。
そういえば、あたしが彼に会ったとき、彼は今の私と同じくらいの年だったなぁ。
そんなことを考えながら、待ち続ける。
やがて。
小さな光が、見えた。
私は歌うのをやめない。なぜならそれは、彼へのメッセージだから。
光が近づいてくる。
私は歌うのをやめた。
前も、こうだったから。
「……誰だ? こんな時間に……」
声が、聞こえた。
あの時と全く同じ、台詞。
彼から、私へのメッセージ。
だから、あたしは。
「あたしだよー」
あの時と全く同じ、台詞を返した。
でも、ここから先はもう、あの時と同じじゃない。
ようやく、会えたんだ。
約束を果たす日が、来たんだ。
彼は、手に持っていた懐中電灯で私を照らした。
「……待ってた」
眩しさを我慢しながら、私は言った。
「……ごめん」
彼は懐中電灯を消して、呟くように返した。
「……お待たせ」
「女の子を待たせないでよね」
ふざけたことを言ってみる。彼が「そんな柄だったっけ」と失礼なことを言うもんだから、軽く殴っておいた。
「……おにーちゃん、ひどい」
「……もう俺は『おにーちゃん』じゃないぞ」
感動の再会のはずなのに、約束が果たされる瞬間のはずなのに、どうしてかこんな空気だった。
それでも、いいと思った。
やっと会えたんだから。
「……そうだね。私も、もう『ミカ』じゃない」
これからの人生を、歩んでいけばいいんだから。
「じゃぁ、教えてくれ」
二人で、一緒に。
……ね? 『元』おにーちゃん。
「君の、名前は?」
答える前に、彼の胸に飛び込んでやった。
前世で交わした約束を果たしてくれた彼へ。
次の約束は、また来世でも一緒に幸せになることだから。覚えておいてよね?