異世界で暇してたら ――令嬢は俺をパートナーにした――
異世界の学園、手入れの行き届いた庭園は、青空とそよ風を伴い、今日も居心地が良い。
「ふあぁ……退屈は、異世界のオアシスだ」
昼下がりのベンチで、俺――クロガネは盛大にあくびをした。
王立騎士学園中等部。普段は真面目に授業を受けているが、午後の予定だけはどうにも気が乗らない。元の世界――日本には無かった授業だ。
「筋肉ゴリラのクロガネ君は、ダンス大会に興味ないのですか?」
頭上から、氷みたいに涼しい声が降ってきた。
そこには……輝くような金髪縦ロール、貴族の教科書にそのまま載りそうな完璧な姿勢、見た者をとりこにする完璧な微笑――上級貴族のご令嬢、フランソワーズが立っていた。
「ああ……午後はダンス大会だったな」
「サボったらダメですよ」
(いや、見てるだけって退屈なんだよな……)
ダンスは踊ってナンボ。だが俺にはパートナーがいない。
それにしても、忙しい彼女が、用もないのに、わざわざ中庭に来るわけがない。そっと表情をうかがうと……曇っていた。
「ん? どうしたんだ?」
「……私のパートナーがケガをして、治療所に運ばれました」
「え?」
彼女のダンスパートナーは、午後の大会で、優勝するのは間違いないと言われている。
「誰かに襲われたのです」
空気が一瞬で凍り付き、フランソワーズの指先が、わずかに震えている。
彼女の表情が硬い。
「俺への依頼は、犯人逮捕か? それとも治癒魔法か?」
「いいえ、それは既に動かしています」
さすが上級貴族。騎士団も治癒術士も自由に動かせるらしい。
「じゃあ、俺に何を?」
フランソワーズは一歩近づき、真剣な瞳で言った。
「クロガネ君、私のダンスパートナーになりなさい」
「は?」
変な声が出た。いやいや、無理だろ。
「俺は平民だぞ? 周りが許さないだろ」
「クロガネ君。ダンス大会の裏で賭け事があること、知っていますか?」
「一般人には縁のない話……って、あれ? 賭けって違法じゃないのか?」
「無届けの賭け事は違法です」
フランソワーズの声が低くなる。
「優勝する男性選手を賭けの対象にしていて……私のパートナーが一番人気だったようです」
「つまり、犯人は賭けで儲けるために襲ったってことか」
「しかし、物的証拠がありません」
「俺がパートナーになっても証拠にはならないぞ?」
「賭け事そのものを潰します」
「え?」
「クロガネ君に賭ける人など、いないでしょう?」
「……つまり俺が優勝すれば、賭けが成立しないってことか」
フランソワーズは静かにうなずいた。
(……断れるわけないだろ)
◆
結果から言うと――大会は無事に終わった。
俺の激しめのステップに、完璧に合わせてくるフランソワーズ。その動きは、もはや人間離れしていた。上級貴族の身体能力ってどうなってんだ?
「優勝、フランソワーズ様!」
会場が歓喜に沸く。
……いや、俺の名前は? 平民はつらい。
◆
中庭で、俺は、巨大な優勝トロフィーを抱え、ぼんやり立ち尽くしていた。
「重っ……これ、銅か? 俺の六畳一間に置けるか?」
そこへ、フランソワーズが駆け寄ってきた。
彼女が走るなんて、今日はいろいろ珍しい。
「クロガネ君、犯人を捕まえました」
「よかったな」
「ですが……犯人は、爆弾の魔道具を仕掛けていました」
「それは大変だな、場所は白状したのか?」
「その優勝トロフィーです」
「は?」
反射的に、俺はトロフィーを空へ放り投げた。
「空間ゴムゴム魔法!」
空間を伸ばし、縮め、トロフィーを一気に上空へと跳ばす。
「ファイヤー・アロー!」
フランソワーズの魔法がトロフィーを撃ち抜いた。
『ドンッ!』
青緑色の大輪の花火が、夕空に咲き乱れた……
「綺麗ですね」
フランソワーズが微笑む。
(いやいや! 俺の腕の中で爆発してたら、タダではすまなかったぞ!)
そんな俺の動揺をよそに、彼女はそっと肩を寄せてきた。
「クロガネ君の世界では……花火は、こうやって見るのがマナーなのですよね?」
ああ……今、確かに何かが俺の胸の中で爆発した。
―― またね ――




