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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

かりそめの花嫁

作者: ささがき
掲載日:2026/02/06

 高く険しい山の上。その頂に、多くの尖塔を備えた壮麗なお城が建っています。

 お城には美しい貴公子と、その婚約者のお姫様が住んでいました。

 姫には護衛の騎士が一人がついています。

 それ以外は身一つで、幼い頃に婚約が決まって以来城に迎えられて暮らしていました。

 それでもなにも不自由はありません。

 必要なものは、ドレスも宝石も、豪華な部屋に美味しい食事、身の回りのことをする召使いまですべて貴公子が与えてくれたからです。


 貴公子は姫に甘く、様々な贈り物をしてくれます。

 真っ赤な花束はもちろん、妖精の奏でる音楽や、月夜に幻想的な光を浮かべる絵画など。

 およそこの世にある美しく不思議なものとして名が挙がるものはすべてと言っていいほどなんでも与えてくれるのです。

 ――これが幸せというものなのでしょう。

 折に触れて優しく愛を囁き抱きしめられて、姫はそう思いました。

 ですが、どことなく心から楽しそうには見えません。

 とてもよくしてもらっているのに、どれも姫の好みには完全には合わないのです。


「なんとなく心が弾まないのよね」

「贅沢というものですよ、姫様。その手にしている本だって、高名な氷の魔術師が作り上げた一点物でしょう」

 退屈そうに美しい装丁に幻の情景が浮かぶ本を放り投げてソファに身を投げ出す姫を、護衛の騎士がたしなめます。

 この城で危険などあるはずもなく、騎士はもっぱら姫の身の回りで荷物を持ったり扉を開けたり、話し相手をしたりと執事か世話係のようなことをしていることがほとんどです。

 既に壮年の域に達している騎士でしたが、腕は確かで、姫の記憶にある限り一番古い知己でもあります。自分の他に唯一のこの国以外の人間ということもあって、姫はこの騎士の前ではお行儀を捨てて振舞っていました。

 本来の姫は、自由闊達で天真爛漫なのです。

 絵本の中から飛び出してきたような貴公子の婚約者の前では「お姫様らしく」と大人しくなってしまうのですが、こんなことで結婚ができるのか姫は不安に思ってもいました。

「まあ、結婚なんてなるようになりますよ」

「そういうものかしら」

 年長者らしく宥める騎士に、姫は唇を尖らせて美しいゴブラン織りのクッションに頭を沈めました。


「では本日は竜の生態についてお教えします」

 と、家庭教師が言いました。

 姫にはこの地の領主たる貴公子の伴侶として、日課の勉強の時間がありました。

 古典を読むための魔法文字や基本の算術、歴史や地理、そして住まう生き物。

「竜って、角と羽が生えたトカゲみたいな、あれ?」

「トカゲだなんて!」

 率直に述べた姫に、家庭教師は血相を変えました。

「そんなことを仰ったと知られたら……」

 誰かに聞かれていないかと家庭教師はあたりを見回します。

 幸い護衛の騎士も所用で席を外していて、暖かい部屋には家庭教師と姫だけ。二人の周りにあるのは書棚と机、色味は落ち着いているが質がいいと一目でわかる調度品。

 それに暖炉の上に掲げられた領内地図と国章のドラゴンの彫像くらいです。その瞳にはめ込まれた紅玉石がきらりと光ります。

 家庭教師は姫に身を寄せ、声を潜めて言いました。

「いいですか、竜というのは伝承にあるような姿だけではありません。どんな姿をしてどこにいるかわからないのですよ」

「姿がわからない?」

「伝承の竜の姿はあくまでも人間と戦うなどのために姿を現した時のものです。竜というのは、姿ではなく魂の形なのです」

 家庭教師は今日の講義内容である生物学教本をぱらぱらとめくって姫に示してみせました。

 そこには様々な生物のライフサイクルとともに、竜の生態についても図解されています。

 竜のそれは一つの魂から肉体が生まれ死しても再び魂から体が生まれています。それは小動物であったり、大型の獣であったり、時には人間であったり。それが円環となっていました。

「竜にとっては、体というのはあくまでもかりそめのものです」

「では、不老不死ということかしら?」

「死がないわけではありませんね、なにしろ竜殺しの伝説は各地にありますから」

 なるほど、と姫は書棚を眺めました。各地の伝承が集められた棚の一角には、竜が出てくる歴史や伝承の本が固まって置かれている一角があります。それほど数があるのです。

 そしてその多くは人間の土地を侵した竜が英雄に討たれるものでした。

「人間に討たれなくても、魂は消耗しますからいずれ竜にも市は訪れます…ただ」

「ただ?」

「竜が限りなく不死になる方法があるのですよ」

 再び声のトーンを落とした家庭教師に、姫は振り向きました。

「竜族はその伴侶とお互いを補完する関係になると、片方が滅びても再生できるようになるのです」

「伴侶…というと、結婚したらいうことね?」

「そうなりますかね。魂の一部を交換してそのう…まじりあうというか」

 言葉を濁す家庭教師の反応に、姫は思いついた言葉をそのまま口にします。

「つまり交合するみたいなイメージかしら?」

「はしたないですよ!」

 ぴしゃりと家庭教師が叱ります。顔が真っ赤になっていました。

 いつものすました退屈な古典文法の授業なんかより、こっちのほうが面白い。姫はちょっと楽しくなってきました。

「魂を直接交換するのですから、人間の肉体以上に繊細な行為なんです。そのような言い方を人前でなさるものではありません!領主様に呆れられますよ!」

「はあーい」

 とはいえ、各種族の生活環を学ぶとなると、そういった行為の説明については避けようがありません。

 その日、家庭教師はたびたび顔を赤くしてはあけすけな言い方でからかう姫に抗議する羽目になったのでした。


 講義が終わると、姫は自室のある塔に戻るために歩き始めました。

 城の廊下は鏡のように磨かれた石造りの床からひんやりと冷気が立ち上ってくるようです。

 しかし、それは氷の糸で編まれたドレスをまとう姫にはそよ風程度にも妨げにはなりません。

 長い廊下の片側は長大な壁となっていてレリーフがはめ込まれています。

 この国のどこに行っても竜の彫像は珍しいものではありませんでしたが、先ほど話を聞いたばかりとあって、姫はそれに目を留めました。

 それはこの国の歴史を描いた長大な絵物語でした。

 その中ほどに、人と竜との争いが描かれています。

 家庭教師の声が脳裏に蘇ります。

 ――竜殺しの伝説は各地にありますから

 人が掲げた剣が、竜に向けて振るわれています。

 銅や鉄の剣ならば、その刃は鱗に弾かれそうなものです。

 いったい何をもって竜を倒したのでしょうか。

 そんな疑問の答えを求めるように、姫がレリーフの剣に触れると……

 ガコン、と音がしました。

「えっ?」

 姫が手を置いた小さな石が壁の内へと沈み、反対に別の場所の石が飛び出しました。

 壊してしまったのか、と思った姫が慌ててその飛び出した石を戻そうと押し込むと……再びガコッ、という音がして別の石が動き、今度は二か所が飛び出てきました。

 順に飛び出す石を追って姫が石を押して駆け回ると、最後にへこんだ個所はひとところに集まり、ひときわ大きな竜の腹の部分に、細長いへこみができあがりました。

 覗き見ると、ちょうど凹みに合わせて壁の中に空洞があったようで、中は黒々とした闇に沈んでいます。

 きらりと何か、光るものが見えたような気がして姫がそっと手を差し入れると、指先に冷たい金属の感触が当たります。取り出したそれは、赤い宝石の埋まった短剣でした。

 剣を取り出すと、それが仕掛けになっていたのかへこんでいた石は元通りに戻りました。

「どうしてこんなところに短剣が…?」

 疑問に思っても、もう戻すべき穴もふさがってしまいましたから、姫はその由来はあとで図書室で調べてみようと短剣を懐にしまったのでした。


 廊下を抜けた姫は回廊に差し掛かりました。

 通路は三階建ての建物となって中庭を囲み、庭に向けて大きく壁面が開かれています。

 眼下の中庭では兵士たちが鍛錬をしていて、姫の護衛騎士も混ざっていました。

 練習試合をしているらしく、激しい剣戟の音が響きます。

 ギンッ、ガキンッと金属音を立てて護衛騎士が兵士たちの剣をはじいています。

 どうやら護衛騎士対複数名の兵士という形式のようです。

 騎士は姫の護衛に任じられているくらいですから強いけれども、年齢の分スタミナでは若い者には敵いませんし、複数名というのはさすがに分が悪いのか、次第に壁際に追いやられていきます。

 姫は眉を顰めました。これではまるで……

「どうした、その程度か!」

「"地走り"風情が!」

 兵士たちがそう叫んだ瞬間、姫は回廊の手すりを乗り越えていました。

 中庭までの高さは三階層分。普通に落ちれば大怪我です。

「姫!」

 護衛騎士が気が付き、目の前の兵士に体ごと突っ込んで吹き飛ばすと剣を放り投げて駆けつけます。

 高地の空気はふんわりとやさしく、重さを感じさせずに姫をゆっくりと地面へと向かわせました。

 間に合った騎士が両手で受け止めます。

「危ないことをなさらないでください」

「危ないのはあちらでしょう!」

 姫は噛みつくように言い返すと、兵士たちを指差しました。

「なんですの、わたくしの騎士にいじめのようなことをして!」

 おろおろするばかりの兵士たちに姫は詰め寄ろうとし、騎士に止められました。

「おやめください、姫」

「いいえ、謝らせます!」

 それは無理だ、と護衛騎士は思いました。

 高地の兵士たちは低地の人間を"地走り"と呼ぶなどして見下しています。決して頭など下げないでしょう。怒った獣のように唸り声をあげる姫を騎士は抱えたままその場を退散しました。


「珍しいことではありません。怒らないでください」

 塔の上の部屋に着くと、護衛騎士は姫を降ろしてたしなめました。

「貴方を侮辱するのは、わたくしを侮辱するのと同じだわ!」

「姫様、お気持ちはありがたいですが私は身分が」

「いいえ、身分など関係ありません!あなたは私の騎士なのですから、一心同体。だって……!」

 言い募ろうとした姫の言葉が途中で切れました。

 何か大切なことを忘れているような気がします。

「……なんです?」

 困ったように護衛騎士は微笑んでいました。

「とにかく、嫌なのよ!!わたくしが嫌だと言っているのだからやめるべきだわ!」

「おやおや暴君ですね」

「貴方はもうちょっと怒りなさいよ、もうっ!怪我もしてるじゃない」

 姫は見上げた騎士の顔に切り傷ができているのに気が付いて、長身の騎士へと手を伸ばしました。

 と、そのはずみに帯に挟んでいた短剣が零れ落ちました。

 カラン、と音を立てて短剣が転がります。柄に埋め込まれた赤い宝石が燭台のろうそくの灯にきらりと輝きます。

 穏やかに微笑んでいた護衛騎士は、それを見て表情を変えました。

「これは……。姫、これをどこで?」

「え、ええと……」

 騎士の声は静かでしたが、その真剣さにいけないことをしてしまったのかもしれないと、姫は視線をさ迷わせます。

「……これはですね、姫」

 ため息をついて騎士が説明しようとするその顔を姫はふと見上げます。

 騎士の顔の傷は、すでに塞がり消えかけていました。

 その時、ノックの音が響きました。

「姫様、ご夕食の準備ができました。主が食堂にてお待ちしております」

 姫はこれ幸いと話を切り上げて、逃げるように貴公子の待つ食堂へと向かったのでした。


 その日のディナーも大変豪華でした。

 ふわふわの氷花のサラダに、トゲウオのカルパッチョ。

 あっさりとした風船豆のポタージュ。カリカリサクサクの巣ごもりパンは香ばしく焼き上げられています。白身魚のポワレのソースを絡めていただくのもおいしいでしょう。

 そしていよいよメインは、肉料理です。

 姫は、ナイフとフォークをカトラリーレストに置きました。

 正面でともに食事をとっている貴公子が心配そうに尋ねます。

「まだ食べられないのですか、姫」

「ええ。ごめんなさい、どうしてもこの油の感じが受け付けなくて……気分が悪くなってしまうの」

「高地と低地では生き物の造りが違いますから仕方ないのかもしれませんね」

 残念そうに呟き、貴公子は肉をひと切れ口に放り込みました。

「同じものを食べていただければ、それだけ早く我々に馴染んでいただけると思うのですが……」

 姫は居心地悪く、視線を足元に落としました。

 その時、扉の外から慌ただしい足音が響いてきました。

 ノックが響き、誰何の声を待つのも待ちきれない勢いで扉が開きます。

 駆け込んできた使者が執事に手渡した手紙には、他国の印章が刻まれていました。

 内容を告げられた貴公子は、重々しくつぶやきました。

「とうとうこの時が来たか。だが、我らには姫がいる」

 そうして姫へと炯炯と光るその瞳を向けたのでした。


「低地の人間が宣戦布告をしてきた!我々はそれを迎え討つ!」

 貴公子は軍服に身を包み、バルコニーから城の前庭を埋め尽くした兵士たちへと声を張り上げています。

「戦争になるの……?」

 姫は青い顔で貴公子の後ろに佇んでいます。

 今にも倒れそうなその様子に、護衛騎士がそっとその背を支えます。

「しっかりなさってください。皆見ています」

「貴方は平気なの?」

 低地は騎士の出身でもあるはずです。故郷の人間が蹂躙されるのを、彼は黙って見逃せるのでしょうか。そして自分はどうするべきなのか……

「仕方ないと諦めていました。が、今はちょっと違うかな」

 ふと騎士が浮かべたのは、いつものさみしそうな笑みではなく、力強さを感じさせるものでした。彼が手で押さえた上着に何があるか、姫は知っています。

――あの短剣。

 竜殺しのレリーフから取り出した短剣だ。その効果は、もしかして……

「我々高地の竜族を絶滅寸前に追いやった人間どもを、今こそ竜の姫の力により不死を得て、狩り尽くすのだ!」

 庭を埋め尽くした兵士が一斉に歓声を上げる。

 ここにいるものが、この地に残ったすべての竜族だ。その中に、姫以外の女性の姿はない。

 緩やかに滅びを待つ一族は、古の習慣を保ち、人間を含む低地の生き物を狩って食し、そしてとうとうその反撃を招いたのだった。 

「さあ姫君、今こそ私の永遠の伴侶となり再生の力を!」

 貴公子は振り返り、姫へと手を差し出します。

 姫はおぼろげだった記憶の中に、その姿を見出しました。


 かつて貴族の家に人として転生した幼い竜の少女に、「迎えに来た」と差し伸べられたその手は、屋敷中の人の血にまみれていました。

 血の海の中で、護衛騎士だけが再び立ち上がりました。

 彼は、前世で魂を繋いだ彼女の伴侶。人でありながら不死を得て、転生を繰り返す彼女にその傍にいたのです。

 ですが、護衛騎士には竜を倒し、彼女を守ることはできませんでした。

 竜殺しの方法を恐れた竜族は、それをすべて人の世から奪い、自分たちの城に収めてしまっていたからです。

 かといって、竜族も護衛騎士を倒すことはできません。

 少女と騎士の伴侶の契りは彼女が破棄するまでは続くからです。

 そうして彼女の歓心を得ようとする竜の王と、せめて傍で見守ることを選択した護衛騎士はともに高地の城で暮らすことになったのでした。

 しかし今、その均衡は人知れず破られています。

 姫が見出した、竜殺しの短剣によって。


「お好きなようになさってください」

 後ろからの穏やかな声が姫を促します。

「今のあなたに昔の記憶はありませんから。でも、ここから逃げ出したいのであれば、私がどこへでもお連れします」

 姫が見上げるその風貌には、年月による皴が刻まれ、慈愛が滲んでいます。

 一方、貴公子は憎しみのこもった目で護衛騎士をねめつけ、声を荒げました。

「我らが姫を人間風情が手に入れようなど、この盗人が!」

「俺が彼女と出会ったのはあんたたちがこの土地に陣取るよりずっと前だ。盗人はそっちだろう」

 すらりと腰の剣を抜き放ち、護衛騎士は姫の前に立ちふさがります。

「我らに不死がなくとも、ただ死なないだけの人間に何ができる!」

 言うと同時に貴公子の姿が膨れ上がり、背には翼が生え、長い尻尾を持ち鱗に覆われた巨大な竜になりました。前庭の兵士たちも次々に翼を生やし、空へと飛びあがり迫ってきます。

 脅かすように竜の咢が騎士めがけて迫りますが、侮ってきた相手に歴戦の勇士である騎士はひらりと身をかわすとその頭へと飛び乗り、眉間に短剣を突き付けました。

「"竜殺しの剣"のひと振り。まさかここで再会するとは思わなかったよ」

「そ、それは…」

 天敵のような存在を押し当てられて、竜の動きが止まります。

「この城、あんたたちが建てたんじゃなく人間から奪ったんだろう。竜は嫌がって触らないような場所に隠したんだろうな」

 姫は短剣の隠されていたレリーフを思い浮かべました。

 きっかけとなったのは、竜を討たんとする剣の装飾にあったはず。

 人にとっては希望でも、竜にとっては忌々しい歴史なので触れられることもなかったのでしょう。

「追ってくるなら容赦しない」

 そう言い残して護衛騎士は踵を返すと、姫を伴って出ていきました。

 

 竜の食害に苦しんだ人間の軍勢が消耗戦を覚悟して高地の城に乗り込んできた時、城はもぬけの殻だったといいます。

さて、竜の城を出たお姫様と騎士はどうしたかというと――

「やれやれ、人使いの荒い"お姫様"だ」

 騎士はふもとの町でパンを買い込んでいました。

 姫いわく、「小麦のふかふかパンが食べたい!」だとか。

 高地の動植物はその薄くて重力の少ない環境に適応しているため、中身が軽くすかすかなものが多かったのです。元々低地育ちの姫は、普通のパンが恋しかったらしく早速騎士に銘じて買いに行かせたのでした。

「あっ、こっちこっち!おなかすいちゃった!」

 普通の町娘の衣服を着た元・お姫様が街路樹の下で元気に手を振っています。

 パンを抱えた元・騎士は「はいはい、ただいま」と急ぎ足で向かいました。

「どこかに定住しなくていいんですか?」

「だって、私に前世の記憶が戻るまで、あなたも力は十全には戻らないんでしょう?竜が仕返しに来たらどうするの?」

 町に住んで、竜が大挙して押し寄せたら大変だ、というのが姫の考えのようです。

 竜も馬鹿ではないから、人間の手に竜殺しの剣のひと振りが渡った今は、ひたすら姿を隠す方向になると騎士は考えていました。

「当面は問題ないと思いますけどね……」

 城を出て以来、やや口調の砕けた騎士は頭をかいてぼやきます。

 並んで石段に腰を下ろしてパンをほおばる姫は、腰に提げた短剣を叩いて力強く主張します。

「とりあえず、この短剣を調べて同じものを作る技術を復活させたらそうそう人間に手出しはしてこなくなると思うの!」

「自分の親戚たちに遠慮とかしないんですかい」

「だって記憶ないもの」

 あっさりと言い切って、姫は胸を張りました。

「あとはまあ、記憶の回復よね。いろんなところを見て回ったら、戻るかなって」

「無理に戻さなくてもいいんじゃないですかね……不安にならないんですか?自分以外の記憶を得ようなんて」

「うーん、大丈夫な気がするんだよねえ」

 彼は随分と繊細な心配をしてくれるますが、姫はにどうにもそういう心配は湧いてこなかったのです。

 元々の性格なのか、無意識に竜の生態として「そういうものだ」と刻まれているからかは判断がつきません。

 ただ、予感というか確信のようなものだけがありました。

 今世の自分も、たぶんこの護衛騎士を好きになるだろう、ということです。

「だから、これは命令なんだけど」

「命令ですか」

「うん」

 にっこり笑って、姫様は騎士を見上げました。

「私に恋を教えてね」

 御年数百歳の護衛騎士は、甘酸っぱいセリフに盛大にむせかえってしまったのでした。

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