魔法の力、呪いの指向 少女と黒猫と差別のない町
ルーフシャドーは黒猫のクロフをお供に自分たちに呪いをかけた魔女を探す旅をしている。
今回は国境に近い小さな町に立ち寄った。
ここに魔女はいるだろうか?
早速、ルーフシャドーは最初に出会った町の官憲らしきおじさんに訊いてみた。
「こんにちは」
「おや、可愛らしいお嬢さんと猫さんこんにちは。何か御用かな?」
おじさんは気さくだ。
ルーフシャドーが喋らず黒猫のクロフが声をかけたというのに驚くことも怪訝な表情をすることもなく応対してくれている。
それがちょっと珍しかったのでルーフシャドーたちは訊いた(喋るのはクロフだが)。
「あの、猫が喋ったのに驚かないんですか?」
「そうだね、お嬢さんじゃなくて猫が喋ったのは驚いたけどここは差別のない町だからね。人間じゃなく猫が喋ったからってそうとわかるように驚いたりはできないよ」
「?」
「喋れるのは人間だけじゃないってことなんだろ? それなら驚いたりしたら猫を差別したことになるじゃないか。差別は駄目だよ」
ルーフシャドーは思わず黒猫のクロフと顔を見合わせる。
お互いに「これ何?」という顔をしていた。
おじさんと少し話をしたけれど魔女の情報は得られなかった。
それから何人かにも訊いたが魔女の居所どころか存在さえ知らないようだった。
この町はハズレらしい。
日も暮れてしまいそうだったのでルーフシャドーたちは宿を見つけることにした。
手頃そうな宿があったのでそちらに入ってみる。
宿のフロントには五歳くらいの小さな女の子がいた。
「いらっちゃいまちぇ。お泊まりでちか?」
舌足らずな女の子にルーフシャドーは何だか微笑ましくなる。
「こんにちは。宿の人はいる? 一泊したいんだ」
黒猫のクロフが尋ねると女の子は眉を顰めた。
「わたちが宿の人でちが?」
「え?」
驚いた黒猫のクロフが思わず声を上げた。
女の子は不快さを露わに言ってくる。。
「子供が宿で働いていたら駄目でちか? そういう差別的な考えは良くないと思いまちゅ」
ルーフシャドーと黒猫のクロフは顔を見合わせる。
ちょっと気まずくなったのでその宿は諦めた。
他の宿でどうにか宿泊手続きをしたルーフシャドーと黒猫のクロフは宿に併設された食堂で夕食を摂ることにした。
ルーフシャドーと黒猫のクロフが食堂の端のテーブルに着くと痩せた接客係のお姉さんが注文を取りに来た。
この国では珍しい緑色の肌の人だ。
植物系の亜人種なのかもしれない。
「イーハバーフ、ホル?」
「……」
何を言っているのかわからなかった。
「ゲセタ、ホル。スベニール、クランデニオルト」
「……」
どうしよう。
ルーフシャドーは思った。
言葉が全くわからない。
「あの、この国の言葉で話してくれませんか?」
黒猫のクロフがお願いすると痩せた接客係のお姉さんはむっとした。
厨房の方に向き何事かを大声で訴える。
酷く慌てた様子で調理人らしきおばさんが飛んできた。
人間に似た見た目だが背中の小さな羽根が人間ではないことを示している。文字通り飛んできたし。
「どどどどうしたの? ままままた言葉がわからないとか言われたの? ででででもテレパシーがあるから平気とか言ってたじゃない」
「ウルバ。コルポッコ、ニアエルビース」
「え? ははは波長が合わないとテレパシーが通じない? そそそそんな話聞いてないんだけど」
「ダニス」
どうやらこの痩せた接客係のお姉さんは言葉の通じない相手にはテレパシーでどうにか対応していたらしい。
でも、言葉が通じないと不便だよね。
テレパシーも波長が合わないといけないみたいだし。
黒猫のクロフが訊いた。
「この国の言葉を学ぼうとか思わなかったんですか? それにこんなに言葉に不自由だと仕事になりませんよね?」
調理人らしきおばさんは眉をハの字にした。
「つつつ使える言葉が違うからってこの国の言葉を強要するのは差別に繋がるじゃないか。そそそそれにこの国の言葉を話せないからって不採用にしたりクビにしたらそれこそ差別だって騒がれるだろうに。ああああんたあたしを差別主義者にしたいのかい?」
「あ、いや、そういうつもりは……」
「エルダ、ニスニス。クネパク、ハセオアニュ」
黒猫のクロフが口ごもると痩せた接客係のお姉さんが責めるような口調で何か言った。
言葉は通じないが何となく批難しているらしいとはわかる。顔が怒ってるし。
ここでこれ以上揉めて宿まで替えることになると面倒なのでルーフシャドーは謝ることにした。
黒猫のクロフはあまり納得できていない様子だが、それでもルーフシャドーが痩せた接客係のお姉さんに頭を下げると仕方なさそうにそれに続いた。
ため息を吐いて接客係のお姉さんが離れていく。
ちょっと揉めてしまったが食事はそれなりに美味しくルーフシャドーとクロフはお腹を満たすことができた。
食事を終え宿の部屋で落ち着いたルーフシャドーは黒猫のクロフに提案される。
「この町は何だか窮屈だよ。やたら差別差別って嫌になる。朝になったらさっさとこの町を出よう」
コクコク。
ルーフシャドーはうなずいた。
魔女の情報もないし長居は無用だ。
翌朝、ルーフシャドーたちは部屋のドアを激しくノックする音で叩き起こされた。
こんな朝っぱらから何だろう?
ルーフシャドーと黒猫のクロフが応対するとドアの向こうから宿屋の主人が硬い声で告げた。
「お客さん、昨日亜人種差別をしたそうですね。その件で官憲が来てますよ」
「はぁ?」
ルーフシャドーは驚きのあまり声も出なかったがクロフが目を丸くして頓狂な声を上げた。
そうしている間に部屋のドアが合鍵で強引に開けられいかにもそれっぽい感じの征服を着た官憲の男が入ってきた。
廊下には眉をハの字にしたでっぷりとした体格の宿の主人と、昨日揉めた接客係のお姉さんとは別の緑色の肌をしたお姉さんがいた。
その緑色の肌をしたお姉さんは口をへの字にしてこちらを睨んでいる。
「あー君たちこの町が差別のない町だとは知っているよね? ちゃんと町の門や広場や官憲の詰め所の前に掲示板があるんだから見てないってことはないよね?」
官憲の人がやたら煽るような口調で訊いてくるのだがルーフシャドーには何を言われたのか理解できない。
というかそんな掲示板は見ていないのだが?
黒猫のクロフがクビを傾げた。
「そんなもの見てませんよ」
官憲の男が目つきを鋭くした。
「見てない? そんなことはないでしょ。ちゃんと目や耳の不自由な人や異なる言語しか使えない人のためにテレパシーで届くようにした特別製の魔道具を置いてあるんだよ。普通はあれでわかるの」
それだと見たくても見られないのでは?
そう思ったがそれを口にすると却って官憲の男を怒らせてしまいそうだった。
ルーフシャドーが黙っているのを観念したと判断したのか官憲の男が捕縛用のロープを取り出した。
「とにかく差別は駄目なんだよ。まあ初版みたいだし他所から来たんじゃこの町の規則もきちんとはわからないだろうし少しは刑も軽くなるはずだから」
刑、と聞いてルーフシャドーはぎょっとした。
えっ、あんなことくらいで刑罰を受けるの?
別に差別をしようとして揉めた訳じゃないのに?
ぷっ、と吹き出すような声にルーフシャドーがそちらを見ると緑色の肌のお姉さんが嘲るような目をして笑いを堪えていた。
「……」
「わぁ、もううんざりだよ。魔女もいないしさ」
ルーフシャドーも黒猫のクロフの言葉に同意だった。
彼女は決心して無言で上級魔法を構築する。
ルーフシャドーと黒猫のクロフを囲うように金色の光の粒子がキラキラと煌めいた。
次の瞬間には視界が別の場所になっていた。
あの差別にうるさい町から遠く離れ、数日前に野営をした湖のほとりに転移していた。
ここまで来れば追っ手があってもすぐには追い着けないだろう。
「まあ追いかける以前に僕らのこと覚えてないだろうけどね」
黒猫のクロフの言葉にルーフシャドーもコクコクとうなずいた。
彼女は魔女の呪いにより上級魔法を行使するとそれに関わる人やその周辺の記憶を消してしまうのだった。
そのため余命僅かの母を救うために上級魔法で治癒した時もルーフシャドーの記憶を母は失ってしまっていた。
そればかりか父や親類、近所の人たちまでルーフシャドーのことを忘れていた。
死を間近にした母を救うために魔女から魔法を授かったというのにとんでもない呪いまでかけられていた。
ルーフシャドーに魔法と呪いを与えた魔女はどこかに行ってしまった。
その魔女を探すためにルーフシャドーは黒猫のクロフとともに旅をしている。
黒猫のクロフはルーフシャドーの幼馴染みの男の子だったがルーフシャドーと一緒に魔女に会いに行った時に黒猫にされてしまっていた。
ルーフシャドーは呪いを解くため、そして黒猫のクロフは黒猫から人間に戻してもらうために魔女を探す旅をしている。
一人と一匹は湖のほとりを歩きながらこれからのことを話し合った。
「今度はもっと大きな町にしよう。人が沢山いれば魔女の情報もあるかもしれないし」
コクコク。
「それとあの町みたいにおかしな掲示板(?)があるかもだから町の門や広場や官憲の詰め所の前に掲示板があったら気をつけておこう」
コクコク。
「ついでに緑色の肌の亜人種にも注意しよう。また変な言いがかりでトラブルに巻き込まれたりするのは御免だよ」
コクコク。
ルーフシャドーも差別は良くないと思っている。
でも行き過ぎた反差別はどうなんだろう?
あれも差別これも差別とやっていたらそのうち何が何だかわからなくなるのではないだろうか。
「もういっそ国境越えちゃう? あの魔女ひょっとしたらもうこの国にはいないかもしれないよ」
ルーフシャドーはちょっとだけうなずきかけて、それから黒猫のクロフを見た。
黒猫のクロフがゆらりと尻尾を揺らす。
ルーフシャドーはしばし足を止めて中空を眺めた。
そして、黒猫のクロフにコクリとうなずいた。
ルーフシャドーと黒猫のクロフの魔女を探す旅はまだまだ続く。
(おしまい)




