第8話「腹減り少女」
──キュラキュラキュラ!
薄闇の中、快調に響く履帯の音。
そこに、頼もしいガソリンエンジンの振動が加わると、異世界の草原に一人という不安感を全く感じない。
なにせこっちは戦車だ。
鋼鉄の鎧に、無敵の戦車砲だ。
速度だって最高で40km/hは出せるし、その気になれば雨風だって防げる。おかげで今のところなんの不安もなかった。
ただし……。
ただただ暇だった。
「ふわぁぁあ……少しでも距離を稼ぎたいとはいえ、こう暗いうえ──何も起きないとなー」
「すーすー」
……この子は全く目を覚まさないし。
砲塔内を覗き込めば、いつのまにか呼吸の落ち着いた様子で眠り続けているダークエルフの少女。
しかし、一向に目を覚ます気配はない。
「……まぁ、それはいいとして──さすがに暗いな。景色がまったくわからん」
草をかき分ける音から、まばらに生える下草があるのはわかる。
だが、町灯もなければ、星明りだけでは何も見えない。
「まぁいいや。もう少し走って休憩しよう。さすがに疲れてきたしな──」
走り始めて1時間くらいだろうか?
さすがにここまでくれば大丈夫妥だろうと、暇を持て余した藤堂はステータス画面を開いてながら運転を開始。
幸い、ぶつかるような障害物も他の車もないし、へーきへーき。
……ぶぅぅぅん。
※ ※ ※
レベル:5(UP!)
名 前:藤堂 東
ジョブ:【シャーマン】Lv2(UP!)
Lv1→召喚
Lv2→PX(NEW!)
● 藤堂の能力値
体 力: 26(UP!)
筋 力: 28(UP!)
防御力: 54(UP!)
魔 力: 39(UP!)
敏 捷: 51(UP!)
抵抗力: 47(UP!)
残ステータスポイント「+16」(UP!)
固定スキル
【ステータス表示】【言語理解】
スロット1:言語理解
スロット2:召喚
スロット3:な し
スロット4:な し
スロット5:な し
● 称号「召喚されし異世界人」
● 称号「戦車乗り」(NEW!)
※ ※ ※
〇 臨時称号「ゴブリンスレイヤー」(NEW!)
⇒ ゴブリンに対し、+50%のダメージ増加。また威圧効果でエンカウント率が激減する。
※ ※ ※
「お、レベルが上がってる」
あれだけゴブリンを倒したんだから当然と言えば当然なんだけど、それでも、3レベルかー。
序盤ならもっと上がってもよさそうだけど、どうやらジョブ:シャーマンのレベルアップ条件は結構渋いらしい。
いくつかステータスが上がって──。
「──あと、新しいスキル、ピーエックス?」
なにそれ?
FXなら知ってるけど。……うん、むかし200万溶かしたわ。
「うーん……。まぁあとで調べよう」
走りながらじっくり見るもんでもないしな。
……また貯金が解けたらかなわん。
(ま、貯金なんてねーけど)
地方公務員なめんなよ。
基本給20万ちょいだぞ、ばーろー。
「そんでこっちが戦車のステータス画面か」
戦車ステータス、オープン!
ブゥゥゥン……!!
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
M4シャーマン前期型
装甲 砲塔前方100% 右側面100% 左側面100% 上面100%
車体前方100% 右側面100% 左側面100% 底面85%
武装 主砲【M3】 99% 同軸機関銃【M1919】 98%
前方機銃【M1919】99%
対空機銃【M2】 99%
機関 コンチネンタルR975エンジン 67%
履帯 右側 67% 左側 58%
燃料 68/100
砲弾 M61徹甲弾 54/54発
M48榴弾 25/27発
M89白リン発煙弾 5/ 5発
演習用特殊マーカー弾 5/ 5発
銃弾 7.62mm通常弾 4688/4750発
12.7mm通常弾 443/ 450発
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
【主要搭乗員】
車長:藤堂 誠
砲手:なし
操縦手:なし
装填手:???????
前方機関銃手:なし
【兼務】
整備士:なし
無線手:なし
跨乗兵:なし
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
おぉー!!
「なるほどー。これが現在の戦車の状況か」
戦闘で多少減少しているのが見て取れる。
そして、
戦車の耐久値、砲弾、燃料などのメーターは見ればなんとなくわかった。
それに乗員のコマンドまである。
装填手席が「????」になってるのは居眠り少女のせいだろう。
あとは……、
「ふむふむ。……戦車ステータスの意味は概ねわかってきたけど、これ微妙に耐久値が減ってるな」
底面装甲や、キャタピラに至ってはかなり減っている。
おそらく、斜面に乗り上げたときにかなり無茶をしてせいだろう。
それにガソリンも当然ながら減っている。
「うぇ、これどうやって減少分を回復させればいいんだ?」
──ガソリンスタンドなんかないぞ?!
へるぷぽちー
※ ※ ※
「戦車の回復」
直接修理や燃料補給するほか。
MPを使用して、回復することができる。
※ ※ ※
「MP──? マジックポイントのことか?」
へるぷー
※ ※ ※
MPとは、ミリタリーポイントの略。
(MPは、モンスターの撃破、または装備品の鹵獲により獲得する)
戦車の性能を維持するために必要。
燃料、弾薬の購入、または『装備品』の補給に使用する。
※ ※ ※
「へー……ミリタリーポイント」
それでMPか。なるほどなるほど。
どうやら、召喚時につかう魔力とは別に、シャーマンの耐久値を回復させるには、別途MPなるものが必要らしい。
そして、そのポイントはモンスターを倒すか、装備の鹵獲で入手可能っと……。
なるほど。たしかに、ステータス画面の端っこにそれらしい数値がある。今は500ちょっとくらいあるようだ。
「そんで、これで戦車の耐久値や、燃料を回復するらしいのか、」
え~っと、こうして……こう。
ブンッ!
「お! 回復した!」
一瞬、戦車が淡く光ったかと思うと、損傷していた箇所が完全回復した。
ここからでは見え愛が、キャタピラと底面装甲が100%に復活。
「なるほどなー。耐久値はそれぞれ1%で1ポイント──」
そして、ガソリンも1%で1ポイントらしい。
マイクの音量のようにバーをドラッグすると回復していった。
「つーか。げげっ?! 燃料って減るのか?」
当たり前だ。
当然の話だが、戦車は燃料で動く。
そして、走ればキャタピラは摩耗する。
「うげー。これ、もしかしなくてもMPがなくなった詰むんんじゃね?」
幸いにも、モンスター……すなわちゴブリンをかなりの数倒しただけあって、今はそれなりの数値があるが、無駄遣いできるほどではない。
砲弾もポイントを使用して補給するようだ。
「と、とりあえず燃料切れはまずいな」
砲弾は最悪なくてもなんとかなるが、
燃料はマズイ。あとキャタピラの耐久値も重要。
「……こりゃ、漫然と走るのはよくないかもな。方角もよくわからないし──……あと、この装備品の補給ってのはなんだろう?」
MPの説明欄に装備品も補給できると書かれているが、それらしいものはステータス画面にはなかった。
「ふむ。まぁ、あとでゆっくり検証──」
「ん~……」
……お?
「目ぇ覚めたか?」
ながら運転中の藤堂の視界の隅で少女が声をあげて身じろぎする。
その拍子に、ボロボロの服がずれてチラリと褐色の肌が露出しそうに────げふんげふん!!
キキィィイ──!
ズシャシャシャ……!
「あ、あっぶね……!」
思わず急停止する藤堂。
いやーあぶないあぶない。
あやうく、色々危ないとこだったぜー。なにがとは言わんがー。
「……ちょうどいい。そろそろ休憩するか」
空はすっかり暗く落ちていた。
休憩──仮眠にはいい頃合いだろう。
……さて、飯にするか。
※ ※ ※
グツグツグツ……。
騎士からパクった小さなカップを直接火にかける藤堂。
水は皮の水筒から少し入れて、沸騰させている。……正直、奴らが口をつけた水を飲むのはいい気分じゃないが、背に腹はかけられない。
そして、メニューは同じく、奪った携帯食。あとは水とワインだ。
内容は、干し肉に、堅パン。
ナッツに乾燥フルーツと岩塩少々。あとはチーズの欠片と、何かの野菜くずくらいなもの。
「ふむ……スープにするか」
取り出した食料はお寒い限りだ。
オマケにどれも不味そう。
「ま、こういう時は煮ればなんとかなる」
幸いにもライターは墓場で回収した奴があったのでそれを使う。
薪は、騎士連中から奪った衣服をそのまま燃やさせてもらおう。……脂ギッシュでよく燃えた。
「にしても、結局寝たままかよ」
さっき一瞬起きるそぶりを見せた少女だが、結局まだスヤスヤと寝ていた。
仕方ないので、外に出してやり焚火の傍で様子を見ることに。そして、藤堂はその間にご飯の準備だ。
コンコンッ。
「ん……。こんなもんか?」
干し肉と野菜を煮込むと、岩塩で味を調えると、スープモドキの完成。
それを皿によそい一口味見。
「……まぁまぁ」
嘘です。……ありていにいってマズイ。
だけどまぁ、空腹なので、食えなくはない。
そこにワインを取り出して堅パンを浸して食べれば立派な食事だ。
「ま、あったかいだけマシか」
それ以外は今日は何も口にしていないのだ。
「……しっかし、まずいな」
干しただけの肉は、獣臭いし、堅パンはとてもじゃないが、そのまま食えない。
どっちも固くて歯が折れそうだ。
「はー……。もう帰りたくなってきた」
異世界最悪。
いきなりハードモードの荒野に追い出されて、連れは気を失ったダークエルフの少女ひとり。
初期装備は、ゴミみたいな携帯食のみ。
あと戦車……。
うん。
シャーマンには不満はないよ? むしろ、戦車サイコー。
だけど、連れがなー……。
「せめて、この子がこう──もうちょっとお姉さんならよかったんだけどなー」
「すー、すー」
すっかり呼吸の落ち着いたダークエルフの少女は、未だ目覚める気配なし。
ちなみに出るとこは出てるし、結構な美人さんだ。……歳は色々ヤバそうだけど。あと、ちょっと臭い。
「……ま、どうでもいいけど、いい加減起きてくれよ。絵面がやばすぎるんだよ」
意識のない女の子を連れまわしてる戦車乗りとか、日本だと即逮捕案件だ。
いや、戦車乗ってる時点で、なんだろう──防衛出動案件?……自衛隊とか??
知らんけど。
そんなしょ~もないことを、あーでもないこーでもないと考えつつ、スープモドキで腹を落ち着かせていると、すぐそばで突然の異音が上がる。
グゴゴゴゴ……。
「ん?」
ぐごごごごご?
「…………すーぷ?」
ほへ?
……スープ?
「あー。食う?」
「食う」
うんうん。よしよし、それじゃあ、一杯────────……。
「って、うぉぉおおおおおおおおおお!」
「んにゃ?」
『んにゃ?!』じゃねーよ!
「び、び、び、びっくりしたー! い、いいいいい、いつ起きたんだよ?」
「???」
いや、そら「???」だけどさ!
もっとこう──……存在感出してよ!!
びっくりして、凄い声出たわ!
そんで第一声が「すーぷ」って、君ぃ!
「……はぁ、まぁいいや。ほい──」
すると眠そうな顔のままスープを受け取り、ゴクゴク飲み干すダークエルフの少女……。
お、おぉう。凄い食べっぷりいいな、この子。
「……うまいか?」
こくり。
小さく頷いて、カップを返すと、
「だれー?」
ずるっ!
「…………いや、こっちのセリフだよ」
うーわ。
間違いない。この子、天然のアホの子だわ。