第7話「あっちむいてほい」
「はぁ……まいったな」
新たに増えた墓を前に、再び手を合わせる藤堂。
小さな墓は3つ。それを戦車に備えられたスコップで手早く作ると、早々に埋葬を終えた。
そして、傍らにはぐったりとしたダークエルフの少女がいた。
なんでダークエルフかって?
……そりゃ、笹耳で銀髪、チョコ色の肌。そして、美少女とくればダークエルフだろう。異論は認めん。
ちなみに年のころは……10代くらいか?
うん。ストライクゾーンではないな。
とはいえ、ダークエルフがいわゆるファンタジー設定なら見た目と歳は一致しない可能性もあるので、そこは保留。
(注:なんの保留だよ)
それよりも、未だに意識を失っているのが困った。
あそこで捕らわれていた理由を聞きたいし、
可能なら、この先どこへ向かえばいいのか教えてほしいところだ。かなうならば親元に送り届けてもいい。
しかし、最初に身じろぎをしたきりで彼女は、今もピクリとも動かない。
「はー……しゃぁねぇか」
しばらく墓に手を合わせていた藤堂であったが、静かに横たえていた少女を抱き上げると観念したように彼女を戦車にのせる。
そして、ややあって警察の死体から回収した特殊警棒を取り出すと──。
シャキーン!
「あらよっと……」
パタンっ、カランカラ~ン。
適当に倒して方向を決めた。
「……ん。こっちだな」
こんな時は悩んでもしょうがないのだ。
まぁ、少女が起きるのを待ってもよかったのだが、ここにいると王国の連中が援軍をよこす可能性もある。少なくとも、騎士が帰ってこない以上、王国側が不審に思うのも時間の問題だろう。
返り討ちにするのは容易かもしれないが、相手は得体のしれない異世界の軍隊だ。
レベルアップの概念があることを考えると、シャーマン戦車でもやられるかもしれない。
それくらいなら今は離れたほうがいい。
その後、力をつけてから反撃するのだ。急ぐ必要はない。
「……それに、この子まで巻き込むわけにはいかないしな」
ぽんっ。
目を覚まさない少女の額にそっと手をあてると、戦車の中──車長席の隣の席(装填手席)にそっと寝かせてやった。
「ま、色々あったけど、なにはともあれ命は無事だ──」
はぁぁぁ……。
ガックシと肩を落として機材にもたれかかる藤堂。
疲れた…………。
「…………そんでこれからは、異世界珍道中か」
スクッ。
しばらくぐったりとしていたが、覚悟をきめると身体を起こし、今度こそ戦車越しに前を見つめた。
「まぁ、なるようになるか!」
ウジウジしてもしょうがない。
せっかく戦車が手に入ったんだし、この鉄の相棒と一緒に異世界を旅するのも面白いかもしれない。
そうと決まれば!
「Let’s 異世界道中──戦車付き。withダークエルフだぜ!」
一人で叫ぶと、新しい相棒に目を向ける。
「さすがに一人で旅するのはさみしいしな──すまんがしばらく付き合ってくれな」
意識のない小さな相棒に語り掛けると、藤堂はついに戦車を始動する。
ドルン!!
ドッドッドッドッドッドッド!!
「よーし! そんじゃ、こんな辛気臭い場所からはさっさとおさらばするか!」
立ち止またってしょうがないしな。
時間は流れる──腹は減る。そして、ここにはもう何もない。
──うっし!
パンっ!
拳を反対の手に叩きつけると気合を入れる。
「なーに、今までだって、今日だってなんとかなったんだ。これからもなるようになるさ!」
藤堂は元々ポジティブな性格だ。だから、一々小さなことで立ち止まらない。
なにより今は一人じゃないしな!
それに現在地が分からなくても、人里さえ見つければ何とでもなる。
異世界RPGの基本。知らない土地に来たら、まずは町か村を探そう、だ。
「…………そんじゃ、行くか」
──最後にもう一度だけ墓を振り返ると、今度はもう前しか見ない。
そして、
「目標──近くの人里」
とりあえず警棒が倒れた方向──東と思しき方角を見つめる藤堂は、砲塔から半身を出すと、薄暗がりの空に向けて大きく叫んだ。
「戦車、前進」
グォォォオオン!
──……こうして、ガソリンエンジンの音もたのもしく、異世界に轟音が響き渡る。
召喚されて数日。
いきなり殺されかけたものの、藤堂はなんとか無事に旅立つことができそうだ。
……ま。
想像していた異世界とはだいぶ違って殺伐としたスタートとなったが、そんなもんだろうさ。
藤堂はそう気持ちを切り替えると、未だ目覚めぬダークエルフの少女を一人ともにして、
履帯がキュラキュラと頼もしい音を立てるのを聞きながら、夕日に向かって前進開始するのであった。
※ その頃── ※
「帰ってこない?」
王族に執務室で報告を受けた姫が眉根を寄せる。
そこには近衛騎士の上位者が不動の姿勢で報告を行っているところあった。
「はっ! 例の、異世界人を処分に送り出した兵が未だ未帰還であります! また、転移魔法陣付近にも変化が見られません」
……はぁ??
「え? ちょ、ちょっと待って……? え? 帰ってこないのは──精鋭騎士とあのシャーマンとかいうハズレ者のことよね」
「はい」
え?
え?
ど、どういうこと??
「じ、じゃー。転移水晶は?」
「それも未帰還であります!」
あ゛?!
な、なんですって?!
「馬鹿な! ご、護送に精鋭騎士を3人もつけたのでしょう? あの程度の雑魚にどういうことよ?」
「そ、それが──」
騎士を選定したであろう上位の騎士はしどろもどろになって答える。
どうやら例の異世界人を処分するために送り出した分隊が予定時刻になっても帰還しないらしく、不審に思い報告に来たという。
「ちょ! ど、どういうことよ! 行って数時間もかからないはずよ? 帰ってこないじゃすまないわよ!」
「で、ですが……」
ですが──じゃないわよ!
「調査はしているの? 捜索は?!」
「そ、捜索でありますか? し、しかし──あそこは」
「そんなことアナタに言われなくてもわかっています!」
そう。
あの地は国外だ──……しかも、よりにもよって大陸の端と端。
この国からは簡単にたどり着けるはずもない、化外の地なのだ。
「すぐに捜索隊を……! いえ、飛竜を呼んで頂戴」
「ひ、飛竜隊をですか?! それでは捜索・救援ではなく、偵察目的になりますが……? 領空をこえることになりますよ」
当たり前だ!
救援などうでもいい。精鋭だろうと騎士3人くらいどうでもいいのだ。
それよりもあれだ──……唯一無二の『転移水晶』のほうが大事なのだ!
「当たり前です! 少数精鋭で結構、すぐに飛竜隊を編成して、派遣なさい!……近衛から引き抜いても構いません!」
「し、しかし……!」
ええい、分からない奴ね!
「王には私から話を通します。それよりも急ぎなさい──!」
「は、はい!」
慌てて駆け出す侍従の背中を見送る王妃。
その表情は、歪み切っている。
「……なんてこと──。よりにもよってあの水晶ごと……!」
一体何があったというのか。
まさか、あのハズレ者が精鋭を排除した……?
あの祈祷師風情が、そんなに強力なスキルを隠しもっていたということだろうか?
「はっ、まさかそんなことあるはずもないわ」
これまでだって何度もハズレは処分してきたのだ。
時には反撃がなかったわけでもないが、異世界人は基本的に召喚直後は脆弱極まりない。失敗などあり得ないのだ。
……まぁハズレもののことなんて、今はどうでもいい。
そんなことよりも、転移水晶を一刻も早く回収しないとマズイ。
「ハズレ者の仕業でないなら、おそらく何かあったのよ」
モンスターか、
敵国か。
「まずい……まずいわよ。あれが他国の手に渡れば、我らは終わりよ──!」
それを想像しただけで顔面が蒼白となる王妃。
それくらいなら、他国の領空を侵犯してでも飛竜を派遣したほうがマシだ。なにより、バレなければ問題ではないのだ。
夜間飛行を徹底させ──日中は山岳地や森林帯に身を潜めていればそう簡単にバレるはずもない。
「くそっ!……どこまでもハズレ者は邪魔ね!!」
ガツンッ!!
たかが『シャーマン』のくせに!
男前な仕草で壁を殴りつけると、王に対する言い訳を考え始める王妃なのであった。