第54話「商取引」
パチパチパチ。
東洋生まれという計算機の音が密室に響く──まぁ、要は算盤だ。
っていうか、東洋生まれって絶対嘘だろ? これ転生者が持ち込んだものだな──。
パッチーン!
「っと、こんなところでどうでしょう」
「いえ、もう少し──」
さっきからメルエムとゴーズさんが、額を突き合わせてあーだこーだとうるさいだけ。
つーか、オッサン二人が近過ぎてきもいぞ。
「むむ、それはさすがに──」
「いえいえ、これくらいは強気に……」
あー……。
「なぁ、そろそろいいか? 俺も暇じゃないんだけど」
子供を宿に一人で待たせてるし。
「おっと、すみません! で、では、マスターこのくらいで」
「うむ。悪くない──」
いや、俺の意見は……?
「では、トウドウ殿。鉛筆は1ダースで金貨1枚。コーラは、樽で購入しますが、いかがでしょう?」
いやいや、
いかがもなにも……。
「前提がおかしいですよ。鉛筆はともかく、コーラは樽では売れません」
「な、なんですとー?!」
主力商品と見込んでいたゴーズさんが目をむいた。
「いや、なんですとーじゃないですよ。人の話きいてないし、……そりゃ売らないわけじゃないですよ? ただ樽では無理だと言ってるんです?」
「は、はぁ???」
いや、「はぁ???」って君ぃ。
そんな売り方したら炭酸抜けるよ?
「どうしてもといわれるなら瓶でならお売りしましょう。……ただし、この瓶もそれなりの値段で買い取っていただけるという条件付きですが」
瓶自体はそれほど価値はない。
一応、この世界でもワインなどの瓶はすでに普及しているのだ。もちろん、安い物ではないが、古代の国とは違って量産できるだけの体制はととのっているということ。
「び、瓶もですか? ふ、ふーむ。中身だけとはいきませんか? 入れ物は、こちらでご用意しますが──」
あーわかってない。
こりゃ、一度試さないとわからないか……。
「そこまで言われるなら商品の取引には応じましょう? なにせこちらはまだ新人ですし、」
語気にちょっと不機嫌を込める藤堂。
「えっと、トウドウ殿?」
藤堂の態度にちょっと首を傾げるゴーズさん。
どうやら本格的にわかっていない様子──。
「一応言っておきますが、意地悪で樽で売らないと言っているわけではないですよ?」
ちゃんと理由があっての瓶売りだ。
つーかね。
人の意見も聞かずに勝手に商取引をされたのも業腹なのだが、長々と時間をかけ過ぎだ。
しかも、商売ありきで進んでいるので藤堂が口をはさむ隙がほとんどなかった。
しかし、相手は恩人のゴーズさんだ。無碍にはできない事情がある。
さらにはそのトップのギルマスときた。
これじゃ簡単に逆らえるはずもなし──。
(はぁ……こういうところがイヤで前の仕事辞めて、田舎の役場に勤めてたんだけどなー)
小さく嘆息した藤堂。
しかし、それが組織に属するということか──と少し諦める。
「……では、まずは試してもらいましょうか」
「は、はぁ?」
「おぉ! 試飲ができるので?!」
不思議そうな顔と、喜ぶ顔が対照的だ。
ま、ここは百聞は一見にしかず。
樽で売ってもいいけど、それにはまずコーラがどういうものか再確認してもらうとしよう。
「では──これから件の樽でご用意できない原因を示しましょうか。え~っと……一本でいいかな」
ステータスオープン!
PX起動!
ブゥゥン!
いつものステータス画面を起動してPXでコーラを購入。
ゴトンッ! と何もない空間からでてくるそれを興味深そうに見つめる二人。
「……あ、これは一応内密で」
「「もちろんです」」
さすが商人。
息ぴったり。
「──で、これがそのコーラなんですが、あ、ちょっとこのワインもらいますよ」
適当な入れ物がなかったので部屋に飾ってあった高そうなワインを一本もらうと、一瞬メルエムさんが「あっ」といった顔をしたが知らん。
どうせ高いワインなんだろうけど、勝手に商取引に巻き込んでくれたんだから、これくらいは大目にみろ。
「では、まずは味見してください。そんでこのワイン瓶を使って、樽で売れない理由の実践してみましょう」
ワイングラスも勝手に使わせてもらって、二人にコーラを注ぐと、茶色の液体が泡立っていく。
それをにんまり見つめるゴーズさんと、不思議そうな顔のメルエムさん。
……そーいやこの人は初めてだったな。
「それじゃ、それを味見しながら待っててください。……こっちも準備しますね」
残ったコーラをそのまま放置し、ワインの中身をからの水筒を取り出してそこにあける。
うむいい香りだ。
……後でこのワインはもらうとして、
ささ、二人ともご試飲あれ──。
「むぉ! なんだこれは!」
「でしょー。このシュワシュワと、甘さが絶妙なんですよ!」
うむ。
メルエムさんいい反応。
「しかもスッキリとした味わい……これは売れますな!」
はいはい。
予想通り二人で大絶賛。
そりゃ、某社の大ヒット商品だからねー。
「……っと、そろそろいいかな?」
チビチビ飲みながらコーラを楽しんでいた二人の前で、残ったコーラをワイン瓶に注ぎなおす。
ココココ……! と独特の液体音が響き渡る。
「ほら、そうですそうです! こうすれば瓶まで買わずに──」
しゅわわわわわ……!
しかし、
しばらく放置されたことと、ワイン瓶に注ぎなおされた音でなおのこと泡がでまくるでまくる。すっごい出る!
そして、それが落ち着くのを待ってから、再びコルクで栓をする。
「──では、もう一度これを味わってみてください」
????
「これを? ふむ──少々ワインの香りがついてしまいましたが、それをおいても──……む?」
改めて注ぎなおしたコーラを味わったゴーズさんがそこで眉を顰める。
「どうしました? 味が変わったのはそこまで変では……あれ?」
ふふん。
気づいたか。
「どうです?……それが瓶なしで売れない理由です」
「……な、なるほど。味自体にはさほど変化はありませんが、シュワシュワが弱い──」
「たしかに。パンチがかなり弱いですね。……これはもしや」
おぉ、気づいたか?
さすが商人。頭の回転が早い。
「えぇ、これは密閉されていなければ泡が抜ける飲み物です。気の抜けた状態でもよろしければお売りしますが……」
「む、むむ……! そう言うことでしたか! なんとこれは盲点でした。もしや。他のものも?」
うむ。
アンタがご焦心の缶詰も同じようなもんだ。
「そうなりますね。……どうします?」
「むー! これは参った」
そうだろ。
だから、売れないって言ってんの!
「わ、わかりました。これの件は諦めましょう。瓶ごとでは、さすがに値が張りすぎます──」
……つーか、アンタあわよくば解析して作ろうと思ってただろ?
バレバレだからな?
密閉と二酸化炭素をソーダ水にする技術がなければ絶対に成功しないドリンクだ。
地球なめんなよー。……藤堂の功績じゃないけど。
そもそも、ただの転売だし──。
「わかりました。では、コーラと缶詰の件はなしで」
「そ、そうですな。少々購入したところで、トウドウ殿がいなければ成り立ちませんし──とほほ」
当てが外れてががっかりするゴーズさん。
そんな美味い商売はないのだ。
まぁ、鉛筆くらいならいいけど──。
「で、では、私とは引き続きよろしくお願いしますね」
「はいはい。あ、ゴーズさん。代わりにこれ──」
ちょっと可愛そうなので、クッソ程余っているあれをあげることに。
「え~っと確かこの辺に、」
補給品なので、保管可能だったあれを……あった。
「こ、これはあの──」
「はい。粉末レモネードと……Dレーションです。これはアホほどありますから、どーぞ」
なぜかこれが大好きなミールちゃんのために、たっぷり在庫がある。
そして、これくらいなら解析してもらっても問題ないだろう。
……むしろ不味すぎるこのチョコを解析してもらって、本来のおいしい製法を編み出してもらったほうが世のため人のためかもしれない。
そう。
決して、Dレーションはチョコではないのだ!
粉末レモネードも同様。
「ほほう。これは板菓子ですな」
そこにDレーションに興味をもったメルエムさんが、それを取り上げると、いいと言っていないのに勝手にパクッと一口。
「んっんっ。これはこれは──。ふむ……どこかで似たようなものを食べたことがありますな──たしか西方の海賊が支配する諸島から流出した超高級品に似ております。──あちらのほうがもう少し風味はありましたが、これもなかなか」
……ん?
チョコあんの?
「──それどこの話?」
「ふむ? 興味がおありですかな?……情報料ということで、こちら、私にも卸していただければ──」
はいはい。
そういう取引を迅速に済ませたところで、西方の海賊が支配する諸島というものを教えてもらう藤堂。
地域の地図を広げてもらい示してもらった場所──。
(ふむ……。どうやら、地理的にも温暖で、海流の関係で亜熱帯から熱帯に位置するみたいだな──なら、カカオに似た種や、砂糖が育ってもおかしくないの、か?)
たしかにカカオが自生していてもおかしくはなさそうだ。
一瞬、他の転生者の可能性を考えた藤堂だが、その可能性は低いの……か?
「まぁいいか」
「はい?」
「いえ、こっちの話です──では、まとまった数を卸すので、買い取りをお願いします」
「「おぉ! ありがたい!」」
オッサン二人が小躍りする不思議な光景に苦笑いをしつつ、
これって転売じゃないよなーと、ふと思う。……だって、転売ヤーって嫌じゃん?
「……あ、でも軍用品だから、どっちかっていうと、横流しか!」
それならオッケー。
(※注: オッケーではない)
「では、商品はこれくらいにして──」
「定期的な買い付けは、ギルドを通して──」
あーだーこーだ。
二人のベテラン商人によってさらに取引がつめられて、最終的に金貨100枚ほどの利益を得たのであった。
うーん。いいのかなー。




