第11話「PX」
今日もゆっくり走ってかなりの距離を進んだ稼いだ藤堂たち。
走りながら互いの境遇を少し話す。
もっとも、ミールに語るべき境遇はほとんどなかったが、藤堂の話は割と楽しそうに聞いてくれた。
おかげでちょっと打ち解けた気がする。
なにより、ミールが全然シャーマンに驚かないのは正直助かった。
説明のしようがないしね。
それがどっこい、当然とばかりに砲塔にちゃっかり乗っかって、ゴウゴウ吹きすさぶ風に気持ちよさそうに目を細めていた。
そして、たまに藤堂の休憩に合わせて食事をモリモリ食べて────────……ついに全部食いつくした。
「うぉぉぉぉおおい! ど、どどど、どーすんだよ!」
そのことに気づいたのは、夜──就寝準備に取り掛かろうとした藤堂は、空っぽになった食料箱を見て泣いていた。
それはもう、男泣きに盛大に号泣した。
「おいしかったー」
にー♪
「あ、そう? うんうん。よかったよかった。俺はさすがに連食がきついなーって思ってたんだよ」
だって、Cレーションっては味が濃くて何喰っても同じような味なんだもん。
オマケに缶詰臭いし──……って、
「そうじゃねーだろぉぉぉおおお!!」
誰が味の感想聞いたよ!
なんで食べたのか聞ーてんの!!
48食!!
48食あったんだぞ?!
「え? それを一日で全部?!」
え? おかしくね?
計算合わないよ?
「ミールちゃん、君、一食でなん個食べたの?」
「んー……10?」
あー10食かー。
全種類を満遍なく食べたのね。
「おいしかったー♪」
そーかそーか、そーか煎餅。
「って、おおおおおおい!」
おかしい!
おかしいって、計算合わないよー?!
「朝10食、昼10食……そんで夜10食でしょ?! 俺がくった三食いれても、33食で、あと15食あるじゃん!!」
48ー10-10-10-3=15!!
15食はどこに行ったのぉ?!
「おやつー♪」
あー。
なるほど!
15時のおやつか──そりゃ~見落としてたわ。
「あっはっは、こりゃ一本とられたな────って、そうじゃなぁぁぁあああい」
おかしい!
おかしいから! お菓子なだけに!
「なんでオヤツに15食も食べるんだよ!」
「お腹すいたからー」
あーはいはい。
そりゃしょうがないねー……ってなるかぁ!
「おかしいだろ! 一日で45食食った計算になるよ?! その体のどこに入ってるの?!」
絶対隠してるだろ!
「みる?」
ペロン。
「見せんでいい、見せんでいい!──ごちそうさまです!」
そういうことじゃねぇんだよ、くっそがー。
つーか、ほぼ全裸じゃねーかこのガキぃ!!
「そんで全然ほっそいね!」
あんだけ食っといてスリムな体系が逆にむかつくわ!
胸は絶壁だし……!!
「あーもう、わかったから、今度から勝手に食うなよ!」
「はーい♪」
返事だけはいいんだよなー。
……まぁ、食うないうても、そもそも今食うもんもうなんもないんだけどね!!
食うだけ食うと、焚火の傍で丸まって眠るミール。
寝つきはよく、そして、その寝顔だけはやたらと可愛い。
「はぁ……」
ポンッ。
怒る気の失せた藤堂は、怒りのやり場に困って、ミールの頭を少し強めに撫でる。
「むー……」
それをむず痒そうにしているが起きるそぶりはない。
「ったく……いい気なもんだよ」
本当はもっと怒らなければならない場面だし、なんなら、遭難の危機なのだがその気はすぐに失せてしまった。
ま。……なんだかなんだで昨日今日と一緒にいて多少なりとも愛着がわいてしまったからな。こんな狂った世界でたった一人の道づれだ。可愛くも感じるさ。
まぁ、それはそれとして、飯の問題はまったく解決してないけどな。
「──飯のうらみは恐ろしんだぞー」
プンプン!
「おいしかったー?」
むにゃむにゃ。
「……寝てろ」
はーい……。
藤堂が言うと、寝ぼけまなこで再びゴロンと横になって「スースー」と寝息を立てるミール。
まったく、こんな荒野をベッドによく眠れるもんだ。
「しょうがねぇ。あとで戦車の中に入れてやるか」
少女と密室空間で寝るとか、色々誤解を招きそうだが、
夜の低温もそうだが──モンスターのいる荒野で無防備に寝るなんてぞっとしない。
「んー。だけど、せめて戦車がもう少し広ければなー」
これも贅沢な悩みだが、居住性なんて考えられていない戦闘車両のこと。
なかで寝るのはなかなか苦痛だ。昨日も起きた後、体がバキバキになっていた。
「せめて、クッションとか毛布くらいあればなー」
こういう時、日本なら通販で購入すれば数日で届く。
早ければ翌日だ。
「ま、そんなこと言ってもここは異世界──」
あるものであるようにするしかない。
シャーマンが『召喚』できただけで御の字だ。
「……あ、そういや『召喚』といえば、なんか新しくスキルを覚えてたよな」
今更ふと思い出したのは、ジョブLvがアップして覚えた新スキルのこと。
ゴタゴタして忘れてたけど、ゴブリンの巣穴を撃滅したおかげで藤堂のLvとジョブレベルが上がっていたのだ。
「なんだっけ……。あーこれこれ」
ステータスオープン
ぶん……。
※ ※ ※
レベル:5
名 前:藤堂 東
ジョブ:【シャーマン】Lv2
Lv1→召喚
Lv2→PX
※ ※ ※
「ふむ……。PXか」
なんだろ?
知らんな、初めて聞いた。
FXなら知ってるんだけどな。昔、貯金を200万溶かした。
(※注:FXとは、外国為替取引のこと。素人が手を出すと、一瞬で金が溶けます)
「……こういう時はヘルプだな」
ぽちー
※ ※ ※
『PX』……実通貨を使用して、酒保を使用できる。
通貨単位は、どの世界でも共通だが送料が上乗せされる。
※ ※ ※
「へー」
つまり売店が使えるスキルかー。面白いなー。
…………。
……。
って、
──売店??
「はい?」
いま売店って言った?
「ばいでんー?」
言ってねーよ!
子供は寝てろ。
売店だよ、売店!
アメリカの前の大統領のことじゃねーよ。
「ならいいー……ぐー」
いくねーよ。ったく。
気を取り直して、さっそくスキル起動。
ぶぅぅん……。
「ふーむ、どうやら『売店』が使えるスキルみたいだな」
しかも通貨はどの世界でもいいらしい。
そのままヘルプを読み込むと、どうやらステータス画面越しに直接入金できるようだ。
どういう仕組みか知らないが、試しに日本円を入金。
500円玉と1000円札を一枚。
チャッリリリ~ン♪
──ブワッ!!
「うわ!」
ビックリしたー。
入金の音ともに、突如目の前が輝きサブウィンドウが飛び出してきた。
FOOD(食事)、
DRINK(飲み物)、
DAILY(日用品)、
・
・
・
・
etc
etc……。
「な、なるほどー。こういうシステムね」
ポップなイラストのアメリカン美人が「ハロー、ソルジャー♡」の吹き出しつきで、固定されただけの無機質な画面。
……どうやら、ここで指定して購入するらしい。
※ ※ ※
「お、おぉー」
試しにDRINKメニューを開くとあるわあるわ。
コーラ
レモネード
ジンジャーエール
炭酸水
コーヒー
紅茶
・
・
・
・
etc
etc……。
マ~ジで売店だ。
……どうやら、ここで指定することで購入できるらしい。
試しに、さっそくドリンクコーナーで一番目立っていたコーラを購入。
「うわ、たっかー……」
しかし、購入する手がふと止まる。
たしか異世界送料が上乗せされているとヘルプにあったが、まさかのコーラ一本1000円だ。
……通常の10倍くらいか?
「まぁ、日本円の使い道何てないからいいけど──……つめた!」
ガコンッ!
『Purchase』ボタンを押すと、聞きなれた自販機の音とともにコーラの瓶がひねり出されてきた。
「うわ! 本当に買えた」
しかもキンキンに冷えてやがる!
恐る恐る封を開けて一口飲むと────……プハァ!
「うまい!」
「……むくり」
寝てろ!
ゾンビのように起き上がろうとしたミールの額を抑えて無理やり寝かしつけると、残りのコーラを一気飲み!
「ぶはぁぁああ……!」
うまい!
うますぎる……!
「まさか、コーラがこんなにうまいなんて!」
数日ぶりの清涼飲料に涙が出そうになる。
意地汚く、残りの汁もすっかり飲み干すと、財布に残ったお金で豪遊。
1万少しあった日本円はあっという間に、サンドイッチやベーコンバーガー、ビールに化けて消えた。
「っくぅぅぅ……うまい!」
ジャンクな飯で腹いっぱいだぜ。
冷静に考えれば、ビール2000円で、その他サンドイッチが1500円とかぼったくりにもほどがあるが、Cレーション三昧だったので、じつに美味い。腹に優しい!
「しかし、うまいはうまいんだけど──ラインナップがなんつーか……」
古い?
しかもアメリカンチック。
「…………あ、そういうことか!!」
ヘルプを見直すと、PX──基地内売店と書かれている。
つまりPXとは……。
「POST EXCHANG──要するに「アメリカ軍基地内売店」のことか!」
だから、略称のPX。
どこかで聞き覚えがあると思えば、そういうことだ。
どーりでラインナップが古いし、なんならアメリカンチックなわけだ。
「ってことは、商品は第二次大戦中の米軍の売店縛りかー」
ちょっと残念。
なんでもかんでも買えるわけではなさそうである。
それでも、飯の心配がなくなり、腹も満ちたことで幸せな気分で眠りに落ちる藤堂であった──。




