Ⅴ 囁かれる噂
夜会の余韻がまだ宮殿に残っていた。
華やかな音楽も笑い声も途絶えた広間には、香の煙だけが漂い、どこか寂しげに揺れている。
エリスは退出の列を歩きながら、心の奥に残る冷たい感触を拭えなかった。
──后が王太子へと差し出したはずの手紙。
あの小さなやり取りは、確かに自分の目に焼き付いている。
だが他の人々の仮面の笑顔に紛れ、まるでなかったかのように流されていった。
(けれど……あれは消えない。必ず形を変えて、どこかに現れる)
宮殿の長い回廊を進む途中、背後で侍女たちの声がした。
「……見た?」 「手にしていたわよね」
はっと振り返ると、影はすぐに散っていったが、ひそひそ声の余韻だけが残る。
夜の静けさの中で、噂はもう芽吹き始めているのだ。
◇◇◇
自室に戻ったエリスは、衣装を解かせたリリアを下がらせ、窓辺にひとり腰を下ろした。
外には、月を映す庭園の池が広がっている。
水面がかすかに揺れるたび、心までざわめいて落ち着かない。
(私が……后の手紙を手にしたと? あるいは、盗んだとでも?)
まだ確証はない。
けれど想像するだけで、胸の奥に鋭い棘が刺さるようだった。
「悪役令嬢」という役割に押し込められる未来が、静かに忍び寄っている。
寝台に横たわっても、まぶたは重くならない。
噂は夜風に乗って廊下をすり抜け、侍女たちの耳から耳へ渡っていく。
朝を迎えるころには、きっと誰もが知る話題になっているだろう。そう予感できてしまった。
◇◇◇
やがて空が白み始めた。
鳥の声が遠くから届き、夜の幕がすうっと引かれていく。
ようやく短い眠りに落ちたと思えば、すぐにリリアの声で起こされた。
「エリス様、大変です……!」
ぼんやりとした頭で身を起こしたエリスに、リリアは早口で告げる。
「朝の支度の途中で聞きました。侍女仲間の間でも……『エリス様が后妃殿下に無礼を働いた』って」
やはり。
昨夜から胸に巣食っていた予感が、鮮やかに形取った。
「……無礼、ね。具体的には?」
「王太子殿下にお渡しになろうとした后妃殿下のお手紙を……エリス様が奪ったと」
リリアは言いにくそうに俯いた。
(奪った? まるで芝居の筋書きのようだわ)
エリスは微かに笑みを浮かべた。
けれどその目には冷ややかな光が宿る。
これはただの噂ではない。意図をもって作られ、広められた罠だ。
「リリア」
「はい……!」
「噂は水のように流れていくもの。どこから流れ込んできたのか、その上流を探りなさい。直接問いたださなくていい。自然に耳を澄ませれば見えてくるはず」
リリアは真剣にうなずき、急ぎ足で部屋を出ていった。
エリスは残された部屋で、深く息をつく。
夜から朝へと移ろう一夜の間に、自分を取り巻く空気ががらりと変わってしまった。
昨日までは観客を装い、ただ舞台を眺めていればよかった。
だが今は──自らが舞台の中央へと押し出されてしまっている。
(噂を操る者の顔を暴かなくては。でなけ、れば、本当に断罪の幕が下りる)
カーテンを開けると、朝の陽光が差し込んだ。
それは明るいはずなのに、なぜかどこか冷たい。
仮面をかぶった宮廷の人々の影を、くっきりと浮かび上がらせていた。
PV数とユニアク数は比例しないのに少し、不安感を抱いてしまっているんです。
1話1000文字程度の連載って読みやすいんですかね?魅力とかありますかね?引き立てられるものありますかね?
まぁ色々不安です。




