Ⅳ 仮面の舞踏会
王宮において、夜会はただの社交の場ではなかった。
それは、きらびやかな衣装と笑顔の仮面に隠された、駆け引きと探り合いの舞台だった。
エリスが大広間へ足を踏み入れた瞬間、燭台の炎に照らされた空気は、華やかさの奥にひりつく緊張を孕んでいるのを感じた。
シャンデリアが天井から宝石のように光を落とし、絹やビロードの衣擦れが響く。
だが、その美しさの中に漂うのは、微笑みを装った毒気だ。
(……やはり、仮面の舞台。誰もが笑みの裏に何かを隠している。)
ワインを片手に談笑する貴族、優雅に踊る若い令嬢。
彼らの視線の矛先は、王太子の姿へと集まっていた。
今日の主役は彼だが、その周囲には影のように后の一派がまとわりついている。
エリスは距離を取りつつ、その様子を観察する。
后は優美に笑いながら王太子へ歩み寄り、軽やかに言葉を交わす。
一見すれば穏やかな会話。
だが、その手には仄かに煌めく封蝋の小さな手紙が握られていた。
(やっぱりそうね…夜会の賑わいを隠れ蓑にして、動き出したのね。)
エリスは唇の端をほんのわずかに上げる。
その視線の鋭さに気づいたのか、后がちらりと振り返る。
目と目が交わる。
互いに微笑を浮かべたまま……まるで何事もないかのように。
「エリス様、よろしければご一緒に」
声をかけてきたのは、王太子の隣に控える青年騎士だった。
エリスは軽く会釈し、グラスを持ち直す。
「ありがとうございます。ですが、私は観察しているだけで十分ですわ」
「観察、ですか?」
青年は不思議そうに眉を寄せる。
「ええ。夜会では笑顔も礼儀も仮面に過ぎません。
本当に見極めるべきは、誰がどんな仮面をつけているか……でしょう?」
そう答えると、青年は息をのむように彼女を見つめた。
だが、すぐに何も言わず、ただ静かに頭を下げて去っていった。
エリスの視線は再び后へと戻る。
彼女はすでに王太子へと近づき、さりげなく封蝋の手紙を差し出そうとしていた。
その仕草は巧妙で、周囲の誰も気づかない。
ただ一人、エリスを除いては。
(仮面の下の真意……それを暴けば、嵐の火種は小さく潰せる。)
エリスはグラスの赤ワインを口に含み、視線を逸らすことなく考える。
(だが、下手に介入すれば、こちらが悪役に仕立て上げられる。
それもまた仮面の一部。夜会の舞台では、役割を間違える者が断罪される)
そのとき、不意に背後から声がした。
「エリス様は……随分と冷静に見ていらっしゃるのですね」
振り返れば、そこにいたのは王太子本人だった。
彼の瞳はまっすぐに彼女を射抜くようで、だがどこか探る色を帯びている。
エリスは仮面のような微笑を浮かべ、答えた。
「夜会は芝居のようなものですわ。役者を眺める観客の立場でいれば、筋書きが少しずつ見えてまいります」
王太子は小さく笑う。
「では……君は観客か。それとも、役者か?」
一瞬の沈黙。
その問いは、ただの冗談ではない。
この王宮における立場をどう定めるのか──
探る眼差しだ。
エリスはグラスを置き、静かに会釈する。
「観客を装う役者……でしょうか。けれど、舞台を壊すつもりはございません」
「……なるほど。仮面を被る覚悟はあるのだな」
王太子の声は低く、どこか含みを持っていた。
その背後では、后が王太子へ差し出した手紙をそっと侍女に託し、仮面の笑顔を絶やさぬまま会場を歩いていく。
まるで、何事もなかったかのように。
エリスはその光景を目の端でとらえ、内心で静かに息をついた。
(夜会の仮面は外れない。けれど……必ず、ほころびが現れるはずよ!)
音楽が鳴り響き、舞踏会は華やかに続いていく。
だが、仮面の下に潜む企みは、確かに息づいていた。
──エリスの視線は冷ややかに、そして確実にその火種を追い続けていた。
今回は仮面=笑顔っていうミーニング?というか掛け合わせてみました。
少し早めのタイミングで投稿してみようかなと思います。日が明けたのとPV数とか比較してみたいので検証するものとして見ています。




