表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
DID  作者: 未世遙輝
1/1

夢に名前はない

静寂の中で、誰かが目を開けた。


 最初に視界に飛び込んできたのは、鉄のドア。閉まっている。周囲は薄暗く、壁には部屋番号のようなものが彫られている──B3 - ANA。


 彼女──いや、“私”はそれが自分の名前ではないことを知っていた。ただ、それがこの部屋の名前だということは直感的に理解していた。


「ここ、どこ……?」


 呟いた声が、自分の声ではない気がした。

 口の動きと音が、わずかにずれていた。

 

 “私”は、他者の夢の中にいる自分のように、壁に手を当て、廊下を進んだ


廊下にはいくつも扉が並んでいた。


 「KAZ」「IORI」「S.L」「灰室はいむろ」……名前とも記号ともつかない文字が、プレートのように貼り付けられている。ひとつひとつの扉に、異なる鼓動のような気配が感じられる。


 どれも、自分が入ってはいけない気がした。けれど、見覚えがある。


 ──夢の中でしか出会えない、別の“私”たちの名前。


 「知ってる。全部、私だ。でも、私じゃない」


 歩くたびに、天井の光が少しずつ青から赤へと変わっていく。

 それは時間の流れではなく、**“人格交代の兆候”**だと理解していた



ひとつの扉が開いた。


 なにもしていないのに、勝手に、ゆっくりと。


 中から出てきたのは、男の子だった。白い服を着て、顔には傷がある。その目は、夢の中の人間にはありえないくらい、現実的だった。


「君は……」


「僕は“夢の管理人”だよ。いつもここで、順番を守ってる」


「順番?」


 彼は軽くうなずいた。


「夢は一人ずつしか見られない。君が“今、起きてる人格”なら、もうすぐ変わる。君の夢は、あと1分で終わる」


 そう言った瞬間、部屋の奥から足音が聞こえてきた。ヒールの音だ。**“灰室”**だ、と“私”は直感した



その時だった。


 視界がガクンと崩れ、上下左右の感覚が消えた。


 空間が反転するように、“私”の目の前に無数の断片映像が現れた。どれも、見覚えのない過去。血まみれのカーテン。破られたぬいぐるみ。カッターナイフ。教会の天井。


 これは私の記憶ではない。


 だが、私の身体がそれを覚えている。


 目の奥が焼けるように痛む。


 名前が、わからなくなる



足音が止まり、長い影がこちらを見下ろしている。


「あんた、また勝手に夢見てるのね」


 声の主は、“私”のはずだった。だけど、彼女は“私”を見下ろしていた。


 そして、私の胸に手を差し入れるようにして、心臓の鼓動を吸い取っていく。


 意識が薄れていく。身体が遠のいていく。

 私という形が溶けていく



最後の視界の中で、私はかすかに見た。


 開いた扉の奥で、誰かが静かにベッドに座っていた。目を閉じ、静かに夢を見ている。彼女の表情は、苦しみに満ちているようで、どこか安らかでもあった。


 そして、彼女が見ている夢の中で──私がまた、廊下を歩き出す



終章:名前なき夢


目を覚ました“私”は、すぐに夢日記を開いた。だがページには、別の筆跡で短い一文が残されていた。


「これは誰の夢か? 私は誰の夢なのか?


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ