Side:猫9
原案:クズハ 見守り:蒼風 雨静 文;碧 銀魚
脱出のチャンスは、意外と早く訪れた。
ビアの家はリーンの家とは違い、部屋が区切られていた。あたしはリビングにベッドが用意され、ビアは別の部屋で寝ることになったのだ。
「一緒に寝たりしない……よね?」
寝る前に、一応ビアが訊いてきたが、無視してやった。
流石に敏い女なので、それ以上は粘ってくることはなく、ビアはあたしを一撫でして、「おやすみ~」の言葉と共に、自分の寝室へ消えていった。
リビングに残されたあたしは、ビアが寝た頃を見計らって、物音をたてないように気を付けながら、行動を開始した。
このリビングには大きな窓があり、その向こうには屋根がある。
窓際から外を見てみるが、今のあたしの身体能力なら、屋根から塀などを伝って、地面に降りるのは難しくなさそうだ。
問題は窓だが、簡易の回転式の鍵がついているだけなので、外すのは簡単だ。
こればかりは、人間時代の知識が物を言った。
「じゃあ、リーンの家へゴー!」
あたしは爪を引っかけて鍵を外し、そっと窓を開けて外へ出た。
そのまま、窓を屋根と塀と壁を伝って、無事に地面に着地。
問題は、リーンの家までの道だが、それも問題はない。
あの檻の中で、あたしは闇雲に泣き叫んでいたわけではなく、しきりに外を観察して、道を覚えておいたのだ。
加えて、動物には帰巣本能とかいうものがあるらしく、何となくリーンの家の方向がわかった。
「これなら、楽勝だぜ。」
夜なので、あの自動で動く鉄の塊なども殆どいない。
あたしは意気揚々と、リーンの家へと歩いて行った。
思ったより距離があったが、夜明け前にリーンの家にたどり着いた。
確か一階の、向かって右から三番目のドアだ。
「おーい」
ドアの前でリーンを呼んでみたが、反応がない。
まぁ、時間を考えれば、まだ寝てるか。
流石に、このドアは開けられないから、しばらく待つしかないか。
日が昇れば、その内出てくるだろ。
……と、思っていたら、ドアの向こうからドタバタ物音がし始めた。
これはラッキーかも。
そう思っていたら、突然ドアが開いた。
「ただいまー」
「うわっ!?」
リーンが出てくるなり、後ろにのけ反った。
半日ぶりにリーンの家へ入ると、リーンがビアに連絡をとったらしい。
「ったく、御船さんが心配してたぞ?」
リーンは溜息混じりに言いながらも、膝の上に乗せてくれた。
やっぱ、ここがいい。
だが、問題はここからだ。
多分ビアがすぐにやってくるだろう。ここから、どうやって粘って、ここでの暮らしを勝ち取るか……
とりあえず、泣き叫べば何とかなるか。
なんて考えていたら、汗だくになったビアが、あの檻を持ってやってきた。
「申し訳ありませんでした。私の監督不行き届きです。」
ビアが深々と頭を下げた。
「いえ、初日だったから仕方ありませんよ。こうして、クロも無事でしたし、気にしないで下さい。」
リーンがそう言った、その時だった。
突如、ビアがボロボロと泣き始めた。
「私、つい、舞い上がっちゃって……前に飼ってた猫がいなくなって、父もいなくなって、しばらく一人だったから……クロちゃんは、河瀬さんの大切な家族なのに……」
えっ、嘘だろ?そんなに泣く?
予想外の展開に、あたしは狼狽えたが、リーンのほうも大慌てだ。
「御船さん、あの、泣かないで下さい。俺は怒ったりしてませんし、クロも御船さんのことが嫌いとか、そういうわけじゃないと思いますので。なぁ、クロ?」
「あ、あ、当たり前だろ!」
ビアが泣いてるところなんて、人間だった時代にも、一度も見たことがなかった。
あんな壮絶なリーンとリアの死の場面ですら、ビアは気丈に涙を見せずに頑張っていたのだ。
それが、たかがあたしがいなくなっただけで、こんなに泣くなんて……
「すみません……」
しばらくリーンが執り成して、ようやくビアは泣き止んだ。
その後、抵抗できる雰囲気ではなかったので、あたしはすんなり檻に入れられ、ビアの家へ戻ってきてしまった。
もちろん、リーンも一緒だ。
ビアの家へ着くと、二人は朝飯の用意を始め、あたしも一緒に飯となった。
「本当にすみませんでした。クロちゃんの脱走を許した上に、大泣きしちゃって……」
ビアが食べながら、改めて謝罪した。
「いえ、クロのことをそれだけ思ってくれてるってことなので、俺はむしろ嬉しかったですよ。泣くほど心配してくれる人がいるなんて、あいつは幸せ者ですよ。」
結構、そっけなく接していたつもりだったんだけど、それでも泣くほど、あたしのことを心配してくれてたのかよ……
罪悪感湧くから、やめろよ。
「実は、以前飼っていた猫が亡くなってから、割とすぐに父も亡くなったんです。なので、一気に独りぼっちになっちゃったんですよね、私。」
ビアはぽつりぽつりと語りだした。
「つらかったですか?」
リーンが恐る恐る尋ねる。
すっげぇ、探り探りやってるな。
「いえ、猫が亡くなった時は、父も体調を崩していたので、入院とかその後の葬儀とかで、つらいと感じている暇はありませんでした。父が亡くなった後は、店の経営に必死で、それどころじゃありませんでしたし……」
まぁ、人が死んだ時って、そんなもんだけど……
「そうですか……でも、それって、寂しさとかつらさを感じる余裕がなかったっていうだけの話で、心が傷ついてなかったわけではなかったんじゃないですか?」
リーンの言う通りだぞ。
「……そうですね。自分では気付いてませんでしたけど、思ったより寂しかったのかもしれませんね。河瀬さんと働いたり、クロちゃんのお世話をしたりするのが、想像以上に楽しくて、ついつい調子に乗ってしまいました。その果てが今回の騒ぎですから、始末に負えませんよね。」
「まぁ、元気出せよ。」
仕方がないから、スリスリしてやる。
今回のことはあたしのせいだからな。特別だぞ。
「クロさんによると、そんなことないとのことです。」
リーンがそう言うと、ビアはまた涙目になってきた。
「あー!泣かないで!えっと、俺にできることなら、何でもしますんで!」
おいコラ、また泣かすんじゃねぇよ!
あたしはスリスリするとか、膝に乗るくらいしか、慰める方法がねぇんだよ。
「本当に?」
「えっ?何ですか?」
「本当に、何でもしてくれます?」
ビアが目をウルウルさせながら尋ねた。
「勿論です!」
「では、今日は泊まっていってくれますか?」
「はい!……え?」
なんだと……!?
これは、却ってやらかしたんじゃないか、あたし……




