Side:猫8
原案:クズハ 見守り:蒼風 雨静 文;碧 銀魚
「マジか……」
ある朝、仕事に行こうとしたリーンが、入口で立ち止まって呆然としていた。
どうしたのかと思ったら、慌ててこちらへ戻ってきて、棚から紙を数枚引っ張り出した。
「……マジだ。」
その表情は深刻で、何かよくないことが起こったのは確実だった。
「おい、どうした?」
足元へ寄って尋ねてみると、リーンは頭を撫でてきた。
「……大丈夫。必ず何とかするから。」
その表情は真剣そのものだった。
その日の夜、仕事から帰ってくるなり、リーンは真剣な顔で話を始めた。
「クロ、ようやくここに慣れたところ申し訳ないけど、引っ越しだぞ。」
「引っ越し?」
どういうことだ?
「もしかしたら、おまえは暮らしにくいかもしれないけど、御船さんのところに行くことになる。ごめんな、俺に甲斐性がなくて。」
えっ、ビアのところで暮らすの?
あたしが?
「俺がいなくても、御船さんと仲良くするんだぞ?もうちょっと、愛想よくしろよ。」
「やだよ……」
嫌な予感はしてたけど、やっぱりここで猫は飼えなかったらしい。
オブスタクルにも、動物を飼えない家はあったから、予想はついていたが……
「本当にすまん。これしか手がないんだ。」
まさか、ビアの家に送られるとはなぁ……
あたしは憂鬱な気分になりながら、リーンの膝の上に乗ってやった。
数日後。
リーンがあたしの使っているものをいくつか持って、昼過ぎに出かけていった。
どうしたのかと思ったら、しばらくすると、ビアと一緒に戻ってきた。
そうして、残りのあたしの使用品を二人で全て回収してしまった。
「ねぇ、持って行っちゃうの?」
尋ねると、リーンがニコリと笑った。
「ちょっと待っててくれな。」
「クロ、それじゃ行こうか。」
唯一残してあった檻に、戻ってきたリーンが入れようとしてきた。
「やだー!!」
やっぱり、ビアのところに連れていかれるのはやだ!
「おい、わがまま言わないでくれよ。」
しばらく格闘したら、仕方なくリーンは自らの膝の上に乗せてきた。
「クロ、このままだと俺もおまえもここで暮らせなくなるんだ。」
「やだ!」
「だから、おまえを守る為には、ここを出るしかないんだよ。わかってくれよ。」
「やだ!」
「まぁ、悪いのは俺なんだけどさ。」
「それはそう!」
「御船さんが助け舟を出してくれただけでも、幸運だったと思わなきゃ、な?」
「そうだけど、やだ!」
「おまえの気持ちをわかるけどなぁ……」
そう言って、リーンは撫でてきた。
そうそう、諦めろ。
「まぁ、観念してくれ。」
次の瞬間だった。
一瞬油断した隙に、檻の中に放り込まれた。
「しまったー!!」
慌てて叫んだが、既に後の祭り。
リーンに檻ごと持ち上げられ、あたしは住み慣れたこの部屋を出ることとなった。
「クロちゃん、いらっしゃーい!」
ビアの家に着くと、ニコニコ顔のビアが待ち受けていた。
「今日からお世話になります。」
あたしに代わって、リーンがそう言った。
檻が開いたが、あたしは出る気はない。
「クロちゃーん、出ておいてでー?」
「クロー?」
ビアとリーンが交互に呼びかけてくるが、あたしは出る気はない。
「出てくるまで待ちましょうか?」
「いーや、待てません!」
そう言うなり、ビアは檻を素早く解体し始めた。
ちくしょう!この檻、解体できるのかよ!
あえなく、檻は解体され、あたしはビアに鷲掴みにされた。
「やだー!」
抵抗を試みたが、ビアは離してくれず、部屋の真ん中まで連れて行かれた。
「はい、ここが今日からクロちゃんのおうち。よろしくね。」
助けてリーン。
「はいはい。」
リーンはあたしの気持ちを察したのか腰を下ろしてくれた。
その膝に潜り込む。
「慣れるまで、しばらく時間がかかりそうですね。河瀬さん、このまま夕飯を食べていきます?」
「あっ、すみません。そうします。」
あたしは断固として、リーンから離れないからな。
……と思っていたが、晩飯後にリーンが帰ろうとし始めた。
「クロ、もう帰らなきゃ……」
「ダメー!!」
最近生えてきた爪を必死にたて、リーンの膝にしがみつく。
「クロちゃん、わがまま言わないの。」
何とか粘ろうとしたが、ビアに上手く引き剥がされてしまった。
「これは、河瀬さんの姿が見えているとダメですね。」
「わかりました、クロのことお願いします。」
リーンは頭を下げると、あたしを置いて出て行ってしまった。
取り残されたあたしを、ビアはいつものクッションに置いた。リーンの家から持ってきたのだ。
「ごめんねクロちゃん。でも、こればかりは仕方がないの。」
うるせぇ。
「でも大丈夫。河瀬さんを出来るだけ早く、こちらへ引き込めるようにがんばるから。」
ビアはちょっとだけ意地が悪く、ちょっとだけ妖艶さを含む笑みを浮かべた。
やっぱりそれが目的か。
今ある状況を巧みに利用してくるところは、ビア・ヴェサルの時と一緒だ。
「それまでの辛抱だからね~」
よりよって、このあたしを利用してリーンを誑し込もうなんて、許さねぇ。
絶対に脱出してやる。




