Side:猫3
原案:クズハ 見守り:蒼風 雨静 文;碧 銀魚
翌日。
起きてみると、リーンが顔を洗って気合を入れているところだった。
「今日こそ、どうにかするからな。待ってろよ、クロ。」
「はいよー」
リーンは決意に満ちた顔で部屋から出ていった。
そういえば、国王になると決心した時も、あんな顔してたな。
あたしの世話は、そこまでの決意が必要なのかよ。
その日は結構長い時間、リーンは出かけていた。
ドアの前で物音がし始めたのは、日が落ちかけてきた頃だった。
「ど、どうぞ。」
「お邪魔します。」
なんか声が聞こえてきて、目が覚めた。
やっと帰ってき……あれ?
「初めまして。この子、お名前は決めてます?」
知らない女が一緒に入ってきた。
「あっ、クロって名前をつけてます。一応。」
「そっか。初めまして、クロちゃん。」
女は屈むと、鼻先に人差し指を近付けてきた。
猫の習性で、つい指先をくんくんと嗅いでしまう。
「それ、何か意味があるんですか?」
「ええ。猫は鼻先に何かを近付けると、無意識に嗅ぐ習性があるんですよ。それを利用して、私の匂いを嗅いでもらって、安心してもらうんですよ。」
ちょっと待て。
この匂い、この顔、この声、まさか……
いや、間違いない。
ビアだ。
ビア・ヴェサル……!
「あの、安心してます?」
「あれぇ?」
ビアが不思議そうに首を傾げている。
くそっ、こっちの世界でもこいつは関わってくるのかよ。
リーン、こいつは多分、おまえに近づいてくるから、気を付けろ。
「凄く懐いてますね、クロちゃん。」
あたしは必死にリーンの手に匂いをつけた。
リーンはあたしのもんだ。
「そういえば、クロちゃんってオスですか?メスですか?」
「えっ、いやー、わからないです。オスメスって、どうやって見分けるんですか?」
リーンがそう言うと、急にビアがあたしを掴み上げた。
「おいコラ!何すんだ!」
必死に抵抗するが、子猫の力では、人間の力に勝てない。しかも、リーンとは違い、ビアは猫を扱いなれているらしく、暴れても叫んでも、手放す気配がない。
おまけに、股間をがっつり観察してくる。
「……女の子ですね。」
それだけ言って、ビアはあたしを手放した。
大慌てでリーンの後ろに隠れる。
元姫様だからって、ふざけんな!
「御船さん、凄いですね。僕、まだ頭を撫でるのが精いっぱいなので。」
「そうですか?それだけ懐いていれば、膝の上に乗せたり、抱っこしても大丈夫だと思いますけど。」
「そうですかねぇ……」
リーンなら全然かまわねぇよ。
その後、ビアの指示の元、猫用品がテキパキと設置されていった。
とはいえ、持ってきたものが多かったので、設置し終わる頃には完全に夜になっていた。
「やべっ、もうこんな時間か。お腹すいてませんか?」
どうやら、リーンは晩飯のことを気にし始めたらしい。
「そうですね。でも、これだけは終わらせていきたいので。」
「じゃあ、何かご飯を買ってきます。これだけ助けてもらいましたし、ついでに立て替えてもらったお金も下ろしてくるので。」
「いいですけど、初対面の人間が一人で家にいてもいいんですか?」
「別に盗られて困るものはないですし、御船さんなら、大丈夫だと思うので。」
それだけ言って、リーンはバタバタと出ていった。
ああ、ビアと二人きりになってしまった。
「君のご主人はいい人だね。君が懐くのもわかるよ。」
ビアはこちらを見てニヤっと笑った。
そうそう、この姫様はリーンがいないところではこういう表情をするんだよな。
「小さくても、ちゃんと女なんだね。」
「……」
こいつ……
しばらくして、リーンが晩飯を持って戻ってきた。
「すみません、ATMがもう閉まっていたので、お金は明日以降でいいですか?」
「別に構いませんよ。この程度の金額で、我が家の家計は覆りませんから。」
ビアはそう言いながら、あたしの餌皿をセッティングしていた。
できれば、リーンにセッティングしてほしかったなぁ。
「せっかくですから、クロちゃんも一緒にご飯にしましょう。そちらは私が出しますから、河瀬さんはクロちゃんのご飯をお皿に入れてあげて下さい。」
「えっ、僕がそっちですか?」
なんか、心を読まれた。
「ええ。クロちゃんも、河瀬さんからもらった方が嬉しいと思うので。」
「そんなもんですかねぇ……?」
リーンは怪訝そうな顔をしながら、晩飯のほうを結花に任せ、あたしの餌を金属の皿に入れてくれた。
前回を外しているので、一応匂いを確認する。
「……食べるかな。」
リーンがジッとこちらを見ている。ちょっと食べにくいんだけど。
「あっ、これはいける!」
あたしは勢いよく齧り付いた。これはちゃんと食べられるやつだ。
「よかった……」
リーンが心底ホッとしているのがわかる。
「それじゃ、私達も冷めないうちに頂きましょうか。」
ちょうど、リアが机に並べ終えたらしい。
こうして、二人と一匹での初めての晩飯となった。
晩飯の最中の会話でわかったが、どうやらリーンはこの世界では河瀬修一という名前で、ビアは御船結花という名前らしい。
二人とも普通の庶民で、働いていないリーンに対して、ビアは本を売って商売をしているらしい。
よくわかっていなかったが、どうも、リーンはオブスタクルでいうこところの、貧民一歩手前の状況らしく、あたしの生活は早くも暗雲が立ち込めてきていた。
それはそれとして。
オブスタクルの時とは違い、二人は今日初めて出逢ったらしい。
だが、二人の間に流れる空気感は、オブスタクルの頃と変わらない。
あー、やだなぁ。
しかも、出逢ったきっかけがあたしだというのが、気に入らない。
何なんだ、この世界。
結局、晩飯後にビアは色々注意を言って、帰っていった。




