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街の本屋の泥棒猫  作者: 蒼碧
Episode:泥棒猫

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89/141

Episode:泥棒猫40

原案:クズハ  見守り:蒼風 雨静  文;碧 銀魚

「いい加減にしないと、流石にもたないぞ。」

 ウェスタームが溜息混じりに言った。

 その傍らには、蹲ったまま動かないクロがいた。

 オブスタクルとヴェサルの戦闘から数日が経っていたが、クロは応急処置をしただけで、碌に傷の手当てもせずに、半壊したままの塒でずっと蹲っていた。

 一応、ウェスタームが毎日見に来ているが、日に日に衰弱しているのが明白だった。

「せっかくおまえを生かす為に、みんな尽力してくれたのだろう?それには応えなくていいのか?」

「……もういい。」

 クロがボソリとつぶやいた。

「もういいって……」

「もう、疲れた。リーンに会いたい。」

 ウェスタームは深く息をついた。

「ここがデッドラインだぞ。本当にいいのか?」

 クロはもう、何も答えない。

「そうか、わかった。これ以上は何も言うまい。キノばあさんに宜しくな。」

 ウェスタームはそれだけ言い残し、塒を去った。


 それからどれだけ時間が過ぎたのかわからなかったが、ふと気が付くと、またクロの前に人影が立っていた。

「こんにちはぁ。」

 妙に間延びした挨拶。

 以前会った、吟遊詩人のルミだった。

「……おまえか。死神かと思った。」

 クロはつまらなさそうにつぶやいた。

「事情は全て調べてきましたぁ。とてもいい語り草になりそうですぅ。」

「そうかい。よかったな。」

 今際の際のクロを見ても、ルミはいつも通りニコニコしている。

 死神より質が悪い奴に目を付けられたものだと、クロは今更思った。

「何か訊きたいことがあればどうぞぉ。取材のお礼に、話せることはお話しますよぉ。」

 大抵のことはもうどうでもよかったが、一つだけクロには気がかりがあった。

「……ビアは、この国をどうにかできそうか?」

 リーンの意志を継ぐと言ったビア・ヴェサル。

 果たして、そのリーンの意志は生き続けることができるのか、それだけは気がかりだった。

「先日の戦闘の後ぉ、ビア・ヴェサルは亡くなったリーン皇太子の亡骸を担いで城に入ってきたそうですぅ。そこで、弟のバアジ・フローに何やら直訴してぇ、その御后になることが決定しましたぁ。」

 クロはクスリと笑った。

「本当に脅迫しやがったのか。しかも、リーンの死体を突き付けて。」

 相変わらず、清楚な見た目に反し、豪胆な女だ。

「リーン皇太子が亡くなったので、代わりにバアジ・フローが皇太子となりましたぁ。そうしたらぁ、ビア次期皇太后が国王や貴族に働きかけてぇ、一気にヴェサルとの和平の再築を始めましたぁ。開戦に好意的だったバアジ次期皇太子もぉ、なぜか逆らえないようですぅ。」

「そりゃ、あの嫌味弟じゃあ、ビアには太刀打ちできねぇさ。」

 クロはクックッと笑った。

 あの一件以来、笑ったのは初めてだ。

「恐らくぅ、このままヴェサルは吸収されてぇ、オブスタクルの一部になるでしょう。そうしてぇ、この貧民街も解消されていくと思いますよぉ。」

「そうだな。」

 ビアなら、やり遂げるだろう。

 この国の人達の為に。

 そして、最愛のリーンの為に。

「……逝くのですかぁ?」

 ふと、ルミが尋ねた。

「ああ。リアが言った通り、あたしはお邪魔虫だったんだよ。」

 クロは自嘲した。

「だから、もう消えるんだ。」

 ルミは少しだけ寂しげな表情を見せた。

「……そうですかぁ。あなたのような、面白い人がいなくなるのはぁ、残念ですぅ。」

「残念がってくれて、ありがとよ。」

 クロはそれだけ言って、そのまま黙った。

 喋るのも、かなり苦しくなってきている。

「では、私はまた流れますぅ。ごきげんよう。」

 ルミはいつの間にか、霞のように消えていた。

「あいつ、本当に死神だったんじゃねぇか……?」

 クロは思わずつぶやいた。


 夕暮れが近づいた頃、いよいよ目が霞むようになってきた。

 クロはゆっくりと空を見上げた。

「幸せ……だったよな。」

 貧民街に暮らす盗人には、本当に過ぎた幸せだった。

 最後は悲劇的になってしまったが、幸せだったのは確かだと、クロは思っている。

 だが……

「やっぱり、リーンと一緒に生きたかったなぁ……」

 それだけは、思わずにいられなかった。

 生まれ変わりとか、次の世があるのか、そんなことはわからない。

 だが、もしそういうものがあれば……

「次は、死ぬまで一緒にいたいよ、リーン……」

 ただそれだけが。

 クロと名付けられた少女の儚い願いだった。

第2章「Episode:泥棒猫」

これにて、完結です。

ここまでお付き合い頂いた皆様、ありがとうございました。


引き続き、

第3章「Side:猫」が開始となりますので、

よければまた、お付き合い頂けると嬉しいです。

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