Episode:泥棒猫40
原案:クズハ 見守り:蒼風 雨静 文;碧 銀魚
「いい加減にしないと、流石にもたないぞ。」
ウェスタームが溜息混じりに言った。
その傍らには、蹲ったまま動かないクロがいた。
オブスタクルとヴェサルの戦闘から数日が経っていたが、クロは応急処置をしただけで、碌に傷の手当てもせずに、半壊したままの塒でずっと蹲っていた。
一応、ウェスタームが毎日見に来ているが、日に日に衰弱しているのが明白だった。
「せっかくおまえを生かす為に、みんな尽力してくれたのだろう?それには応えなくていいのか?」
「……もういい。」
クロがボソリとつぶやいた。
「もういいって……」
「もう、疲れた。リーンに会いたい。」
ウェスタームは深く息をついた。
「ここがデッドラインだぞ。本当にいいのか?」
クロはもう、何も答えない。
「そうか、わかった。これ以上は何も言うまい。キノばあさんに宜しくな。」
ウェスタームはそれだけ言い残し、塒を去った。
それからどれだけ時間が過ぎたのかわからなかったが、ふと気が付くと、またクロの前に人影が立っていた。
「こんにちはぁ。」
妙に間延びした挨拶。
以前会った、吟遊詩人のルミだった。
「……おまえか。死神かと思った。」
クロはつまらなさそうにつぶやいた。
「事情は全て調べてきましたぁ。とてもいい語り草になりそうですぅ。」
「そうかい。よかったな。」
今際の際のクロを見ても、ルミはいつも通りニコニコしている。
死神より質が悪い奴に目を付けられたものだと、クロは今更思った。
「何か訊きたいことがあればどうぞぉ。取材のお礼に、話せることはお話しますよぉ。」
大抵のことはもうどうでもよかったが、一つだけクロには気がかりがあった。
「……ビアは、この国をどうにかできそうか?」
リーンの意志を継ぐと言ったビア・ヴェサル。
果たして、そのリーンの意志は生き続けることができるのか、それだけは気がかりだった。
「先日の戦闘の後ぉ、ビア・ヴェサルは亡くなったリーン皇太子の亡骸を担いで城に入ってきたそうですぅ。そこで、弟のバアジ・フローに何やら直訴してぇ、その御后になることが決定しましたぁ。」
クロはクスリと笑った。
「本当に脅迫しやがったのか。しかも、リーンの死体を突き付けて。」
相変わらず、清楚な見た目に反し、豪胆な女だ。
「リーン皇太子が亡くなったので、代わりにバアジ・フローが皇太子となりましたぁ。そうしたらぁ、ビア次期皇太后が国王や貴族に働きかけてぇ、一気にヴェサルとの和平の再築を始めましたぁ。開戦に好意的だったバアジ次期皇太子もぉ、なぜか逆らえないようですぅ。」
「そりゃ、あの嫌味弟じゃあ、ビアには太刀打ちできねぇさ。」
クロはクックッと笑った。
あの一件以来、笑ったのは初めてだ。
「恐らくぅ、このままヴェサルは吸収されてぇ、オブスタクルの一部になるでしょう。そうしてぇ、この貧民街も解消されていくと思いますよぉ。」
「そうだな。」
ビアなら、やり遂げるだろう。
この国の人達の為に。
そして、最愛のリーンの為に。
「……逝くのですかぁ?」
ふと、ルミが尋ねた。
「ああ。リアが言った通り、あたしはお邪魔虫だったんだよ。」
クロは自嘲した。
「だから、もう消えるんだ。」
ルミは少しだけ寂しげな表情を見せた。
「……そうですかぁ。あなたのような、面白い人がいなくなるのはぁ、残念ですぅ。」
「残念がってくれて、ありがとよ。」
クロはそれだけ言って、そのまま黙った。
喋るのも、かなり苦しくなってきている。
「では、私はまた流れますぅ。ごきげんよう。」
ルミはいつの間にか、霞のように消えていた。
「あいつ、本当に死神だったんじゃねぇか……?」
クロは思わずつぶやいた。
夕暮れが近づいた頃、いよいよ目が霞むようになってきた。
クロはゆっくりと空を見上げた。
「幸せ……だったよな。」
貧民街に暮らす盗人には、本当に過ぎた幸せだった。
最後は悲劇的になってしまったが、幸せだったのは確かだと、クロは思っている。
だが……
「やっぱり、リーンと一緒に生きたかったなぁ……」
それだけは、思わずにいられなかった。
生まれ変わりとか、次の世があるのか、そんなことはわからない。
だが、もしそういうものがあれば……
「次は、死ぬまで一緒にいたいよ、リーン……」
ただそれだけが。
クロと名付けられた少女の儚い願いだった。
第2章「Episode:泥棒猫」
これにて、完結です。
ここまでお付き合い頂いた皆様、ありがとうございました。
引き続き、
第3章「Side:猫」が開始となりますので、
よければまた、お付き合い頂けると嬉しいです。




