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街の本屋の泥棒猫  作者: 蒼碧
Episode:泥棒猫

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78/141

Episode:泥棒猫29

原案:クズハ  見守り:蒼風 雨静  文;碧 銀魚

 城の外に出ると、クロは真っ直ぐ北に向かって歩き始めた。

「クロ、どこに行くの?」

「いいから、黙ってついてこい。」

 クロは前回のように、お喋りには付き合ってくれない。

 そのまま大通りに出て、ずんずんと進んでいく。

「クロ、どうせならこの前のカフェにもう一度行く?」

 あまりにクロが無言なので、リーンはカフェ近くでそう言ってみた。

「ああ?別におまえの気分転換の為に来てるわけじゃねぇんだぞ。」

「そう……」

 リアには気分転換を、と言われていたが、どうやらクロはそんなに甘くないらしい。

 そのまま、大通りから裏路地に入り、しばらく入ったところで、クロは立ち止まった。

「クロ?」

「いいか。ここから先は、あんまり周りをキョロキョロするな。あと、話す時も小声にしろ。」

 クロは押し殺した声色でそう言った。

 そして、先程より遅いスピードで歩き始めた。

 裏路地をしばらく進むと、道端に寝転んでいる者や小屋ともいえないものの下で蹲っている者が現れ始めた。

 リーンはひっそりとそれらを見ているが、クロは構わず進んでいく。

「クロ、ここは……」

「あたしたちが住んでいる、北の貧民街だ。」

 リーンは目を見張った。

 街中は歩いたことがあったが、貧民街に足を踏み入れたのは初めてだった。

 普通の民衆が生活する街の表側とは違い、貧民街は暗く、どこも不衛生だった。そこにいる人々は、その殆どがじっとしており、人はたくさんいるのに、活気と呼べるものが何一つない。

「これが、この国の現状か……」

「そうだ。そして、あたし達の日常だ。」

 クロは静かに言い放った。

 自分が住んでいる場所と同じ国とはまるで思えないその光景に、リーンはショックを隠し切れなかった。

 そうして、しばらく歩いたとこで、不意にクロの足が止まった。

「ついたぞ。」

「ここは……?」

「あたしの塒だ。」

 それは本当に粗末なあばら家だった。

 普段、お茶会をしているガゼボのほうが、数段建物として立派なレベルである。

 クロは慣れた様子で中に入り、リーンが戸惑いながら、それに続く。

「とりあえず、適当に座れよ。おまえのところみたいに、大したもてなしはできないけどな。」

 中に入ると、クロはいつもの声量に戻った。

 リーンが適当に床に座ると、クロはその向かいに陣取った。

「これが、おまえらが何とかしようとしてるものの実態だ。どうだ?」

 クロが尋ねると、リーンは視線を下に落とした。

「その……思っていたより、酷い状況だ……」

 リーンは言葉を選びかけたようだが、結局素率直にそう言った。

「あたしは政治の力ってのがどうなのか、正直よくわからん。だけど、それを以ってしても、これを変えるのは、相当大変なことだと思うぞ。」

「そう、だね。」

「だから、おまえが逃げ出してしまったとしても、あたしは責められない。少なくとも、あたしがおまえの立場でも、これをどうにか出来るとは、到底思えねぇ。」

「……」

 リーンは黙りこくった。

「だから、きつかったらやめな。多分、おまえが出来なくても、おまえの奥方が何とかしてくれるぞ。」

「それはダメだよ!」

 不意にリーンが声を荒げた。

「ビア一人にこの状況を押し付けるわけにはいかない。北の貧民街だけでも、これだけの人が苦しんでいるのに、その対処を人任せにするなんて……そんなの、上に立つ者の資格はないよ。」

「でも、逃げ出したいくらいしんどいんだろ?」

 クロが鋭く問うた。

「……ごめん。俺はまだ甘かった。今俺が直面してることなんて、ここの人達の暮らしに比べれば、全然大したことなかった。」

「別に逃げてもいいんだぞ?なんなら、あたしが一緒に逃げてあげようか?」

 クロがニヤっと笑った。

 普段のクロらしくない、どこか蠱惑的な笑みだった。

「い、いやいやいや!結婚も決まってるのに、そんなわけには……!」

「ジョーダンだよ。」

 そう言って、クロはいつもの雰囲気に戻った。

「結構、マシな顔にはなったぞ。頑張る気があるなら、あたし達の為にもがんばってくれ。」

「ああ、わかった。」

 リーンが力強く頷いた、その時だった。

「おい、いるかい?」

 突然、老婆がクロの塒に入ってきた。キノばあさんだ。

 リーンは急に入ってきたキノばあさんに驚いたが、クロはほぼ無反応だ。

「お?客人なんて珍しいね。友達かい?」

「いや?あたしの恋人。」

 クロがさらっと言った。

「えっ!?いや、クロ!」

「……と思ってたんだけど、もうすぐ別の女と結婚するって、この前言われたんだ。だから、その奥様と話し合って、妾になることになった。」

「いつそんな話になったの!?」

 リーンは大慌てだが、クロはニヤニヤしたまま、話を続ける。

「あっ、このばあさんはあたしの育ての親のキノ。一応、保護者代わりだから、きちんと挨拶しろよ。」

「はぁ~、まだまだ小娘だと思ってたのに、こんな身形のいい殿方の妾に……」

「いや、違いますからね!?」

 リーンが必死に首を横に振る。

「この子は跳ねっ返りの盗人だけど、根はいい子だから、末永く大事にしてやっておくれ。」

 こんな時は、キノばあさんもノリがいい。

「だから、違います!ただ友達ですから!」

「あー、ひどっ!あんなことがあったのに、今更ただの友達だなんて!」

「いや、そんな如何わしいことは、なかったよね!?」

 それからしばらく、リーンはクロとキノばあさんのタッグにからかわれる羽目になった。


 夕暮れが近づいてくる頃になり、リーンとクロは塒から外に出た。

「じゃあ、こいつを送り届けてくるから。」

 クロがキノばあさんにそう言った。

「えっと、失礼します。」

 リーンが丁寧に挨拶を返すと、キノばあさんはニコリと笑った。

「気を付けて。まぁ、この子は根がいいってのは本当だから、優しくしてやっておくれ。」

「はい。わかっています。」

 リーンも笑顔で返すと、逆にクロがバツの悪そうな表情になった。

「そういうのは、冗談だけにしとけっての。」

 そうして、リーンとクロは、貧民街を後にした。

 大通りを歩いていて、城へ向かう途中、ふとリーンが足を止めた。

「どうした?」

 クロが尋ねると、リーンは北の端の方を見つめていた。

「……クロ、夕暮れまで時間があるから、もう一つお願いしていい?」

「お願い?」

「ヴェサルとの壁を見に行きたい。」


 リーンに請われ、クロはヴェサルとオブスタクルの国境の壁までやってきた。

 この壁は東西に伸びているが、先日ビアが入ってきた門以外に出入口はなく、警備がされているのもその周辺だけである。

 二人は門から少し西の辺りに来たが、憲兵の姿はない。

「壁なんか見て、どうするんだ?」

 クロが怪訝そうに尋ねたが、リーンは聳え立つ壁をまじまじと見つめている。

「この壁は、貧民街と同じく、この国の業の結晶だ。」

「ああ……?」

 言い回しが抽象的で、クロには理解できなかった。

「だから、もしヴェサルとオブスタクルが一つになったら、この壁はなくすべきだと思う。」

「金がかかりそうだな。」

 クロが指摘すると、リーンはその壁に触れた。

「今日行った貧民街の人達だけど、小難しい仕事はムリでも、これを壊すような単純な肉体労働だったら、出来るんじゃないかなと思ってさ。」

「肉体労働……」

 確かに、貧民街には力を持て余した荒くれはたくさんいる。

「ビアと話してた段階では、彼らを保護する施設を作ろうって言ってたんだけど、それだけでなく、彼らに経済活動をしてもらえば、国の状況はよくするのが、早くなるんじゃないかと思ったんだ。貧民達を保護するのに必要なお金が、ネックではあったから。」

「要するに、保護した貧民にこれを壊してもらえば、実質タダで壁を取り払えるってことか?」

「そういうこと。もちろん、老人や子供みたいに、参加できない人はいるだろうけど、そのまま事業を進めるより、何倍も効率がいいはずだ。」

「なるほどなぁ……」

 この辺りは、学がないクロにはまったく思いつかなかった。

「クロ、ありがとう。」

「えっ?何が?」

「今日、クロが北の貧民街につれてきてくれなかったら、多分これには気付けなかった。ビアと相談して、よりよい形で実現できるように、頑張ってみる。」

「……そうか。よろしく頼むぜ。」

 クロは穏やかに微笑んだ。

 その時だった。

 突如、二人のすぐ近くで轟音が轟き、凄まじい砂煙が舞い上がった!

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