Episode:泥棒猫28
原案:クズハ 見守り:蒼風 雨静 文;碧 銀魚
翌日の午前のことだった。
「なんで、火薬類の予算が認められないんだ!」
叫んだのは、リーンの部屋を訪ねてきていたバアジであった。
「だから、ヴェサルとの戦争を終わらせようという時に、これだけ大量の武器や火薬を入手したら、まだこちらに戦意があると誤解されかねないだろう。」
リーンが穏やかな調子で説得しているが、バアジは譲ろうとしない。
「オブスタクルが敵対しているのは、ヴェサルだけではない!他国の侵攻がいつあるかわからないのに、備えをしないのは愚行としか思えない!」
「だから、別にオブスタクルはヴェサル以外の国とも争うつもりはない。現状、侵攻される理由も気配もないし、ヴェサルとの統合後は、他の隣国とも友好的に接していきたいと思っているんだ。」
バアジは見下したような目で、リーンを見てきた。
「そんな平和ボケした考え方で、国民を危険に晒すつもりか?友好的に、なんて言っていたら、他国に付け込まれるだけだ。」
どう言っても、バアジは納得する気配がない。
お茶会の時間が迫ってきていたので、リーンは仕方なく切り札を使うことにした。
「バアジ、この国の皇太子は俺だ。バアジが何と言おうとも、俺は折れるつもりはないし、これ以上の武器や火薬類の予算を認めるわけにはいかない。」
バアジの顔が怒りで真っ赤になった。何かと野心が強いバアジにとって、リーンのこの言葉は屈辱以外のなにものでもない。
「……いいのか?そんな大口を叩いても。」
リーンはバアジを見詰め返す。
「ああ。俺にはビアもいる。必ず、武力に頼らない国作りをしてみせる。」
バアジはたまらず目を逸らすと、わかりやすく舌打ちした。
「あんなに美人でいい女が、なんで兄上なんかに靡いたのか、僕には理解できないね。」
それだけ吐き捨てて、バアジは部屋から出ていった。
リーンは足音が聞こえなくなったのを見計らって、大きく溜息をついた。
「なんで、バアジはあんなに武力に拘るのかなぁ……」
この国の疲弊の源は、ヴェサルとの長年に渡る戦争である。そして、その疲弊が形となって出ているのが、クロが暮らす貧民街である。
最近、クロと接してきて、やはり国は和平と友好で形作るべきだと痛感したのだが、バアジを始め、多くの王族や貴族がそれに同意してくれない。
婚約が決まってから、リーンは自分の意見を表明する機会が一気に増えたが、その衝突は日に日に激しくなってきている。ビアも出来る範囲で援護してくれているが、まだ正式に結婚したわけではないので、オブスタクルの政治に口を出すには限界がある。
「思ったよりしんどいな……」
度重なる心労は、確実にリーンを追い詰めていた。
そもそも、こういう丁々発止に向いていないリーンにとって、今の状況は結構な地獄であった。できることなら、全てを投げ出して、どこか遠くへ行ってしまいたい気分だ。
「いや、ダメだ!クロやビアと約束しただろうが!」
リーンは頭を掠めた弱気な考えを、慌てて振り払った。
ここで自分が諦めたら、クロを始めとする貧民街の人々の暮らしは、悪くなる一方だ。それは、オブスタクルという国全体の行く末にも、必ず悪影響を与える。
次期国王として、そんなわけにはいかないのだ。
「リーン、いる?」
不意に部屋の外から声をかけられて、リーンはビクッとなった。
ドアを開けると、リアがやってきていた。
「ああリア。今からガゼボに行こうと思ってたところなんだ。すぐに支度するから、待ってて。」
「ごめん、ちょっと呼び出し食らったから、今日は行けなくなったの。」
リアが申し訳なさそうに言った。
「あっ、そうなんだ。それは仕方ないね。」
「それより、リーンは大丈夫なの?最近忙しくて、碌に寝れてないでしょ?」
リアが心配そうに言うと、リーンは頭を掻いた。
「まぁ、正直つらいところはあるけど、今が頑張りどころだから。それに、国王になったり、国を統合したりしたら、もっと大変なことはあるだろうからね。」
リーンはできるだけ疲弊ぶりを悟られないように振舞った。だが、こういうところは鋭いリアは、心配そうに見つめるだけだ。
「じゃあ、久しぶりに半日空いてるんだから、今日は外に出てきたら?クロ公から聞いたけど、前にこっそり散歩に行ったんでしょ?」
リアがそう言うと、リーンは途端に慌て出した。
「それ、誰にも言わないでよ!絶対に怒られるから!」
「わかってるわよ。ただ、クロ公はよっぽど楽しかったみたいだから、もう一回行けるよう、手配を頼まれたのよ。まぁ、その為に荒事に付き合ってもらったんだけどね。」
先日の西の貧民街でのことは、おおまかにだが、リーンも聞いている。
「そっか。ただ、この前よりは慎重にいかないとね。」
「大丈夫。根回しはしてあるから、バレないわよ。いい機会だから、気分転換してきなさい。酷い顔になってるわよ。」
「その言葉のほうが傷つくんだけど。」
リーンは冗談を言って、ハハハと笑った。
クロがガゼボに行くと、リーンが質素な格好で先に待っていた。
この二人だけで会うのは、久しぶりだ。
「よう。元気か。」
「……ああ、元気だよ。」
「元気ねぇなぁ。」
昨日、短時間しゃべった時も思っていたが、リーンには明らかに疲労の色が見て取れた。
「今から結婚するっていう奴のツラじゃねぇぞ。もうちょい、幸せそうにしろよ。」
「そうだな。あんな奥さんがもらえるなんて、喜ばなきゃならないんだけど、その他のことが結構大変でね。」
「ふーん。やっぱ、政治ってのは面倒臭いのな。」
クロから見ると、政治は偉い人達がなんかやってる、程度の認識しかなかった。
だが、ここしばらく、その末端に関わってわかったことは、これは歴とした戦いなのだということだ。それも、ちょっとでも油断をすれば、死人が出るレベルのものなのだ。
心優しいリーンに向いているとは思えない。
「出来る限り頑張ってはいるんだけどね。もう、このままどこかへ行ってしまいたいと思うこともしばしばだよ。」
それはリアやビアにすら言えない、リーンの本音であった。
その様子を見て、クロは溜息をついた。
「こりゃ重症だな。じゃあ、さっさと行くぞ。」
リーンの返事を待つことなく、クロはさっさと歩き始めた。
「あっ、ちょっと待ってよ!」
慌ててリーンが後を追った。
その様子を、物陰から二人の人物が覗き見ていた。
「これでよかったのですか。」
リアがそう言うと、後ろにいたバアジが満足そうに頷いた。
「ああ。これで、この国は僕のものだ。」




