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街の本屋の泥棒猫  作者: 蒼碧
Side:人
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Side:人5

原案:クズハ  見守り:蒼風 雨静  文;碧 銀魚

 目を覚ますと、脇の間にクロはいなかった。

 代わりに、胸の上で丸まっており、修一が起きたことに気付くと、

「みゃー」

 と、おはようの挨拶をしてきた。

「……いつもの猫の姿だ。」

 起き上がって部屋を見回すと、いつもの猫用品が変わらずに設置されていた。本当に夢だったらしい。

「単なる俺の妄想か、それとも本当に同じ夢を見て、話していたのか……」

「みゃん?」

 修一が頭を撫でてやると、膝に移動していたクロは嬉しそうにスリスリしていきた。

 ふと、部屋を見回した拍子に、時計が目に入ってきた。

「えっ、もう十一時!?」

 軽く十二時間は寝ていた計算になる。修一は不眠症ではなかったが、ここまで長時間熟睡したのは、子供の時以来だ。

 猫を抱っこしていると、ぬくもりで眠くなるとは聞いたことがあったが、想像以上に凄まじい威力である。会社勤めを続けていたら、アウトだった。


 食事の前にトイレをチェックすると、猫砂が青っぽくなって固まっていた。

「あっ、トイレでちゃんとおしっこしてる!この砂が正解かー。」

 一応、部屋中を確認したが、どこにもおしっこをした形跡はない。

 どうやら、ゼオライトタイプがお気に召したようだ。

 これでトイレ問題も解決した。

「とりあえず、これで一緒に生活はしていけそうだな。」

 そう言ってクロの頭を撫でると、クロは嬉しそうに頭スリスリをしてきた。


「よかったですね、トイレもちゃんとできるようになって。」

 買い物がてら御船書房に立ち寄って、トイレの件を報告すると、結花はニコニコしながらそう言ってくれた。

 ここ数日は、買い物ついでにここに立ち寄るのが日課になってしまっている。

「それで、昨日またすっかり忘れていたんですけど、この前の代金を返そうと思いまして……」

 修一がおずおずと切り出すと、結花は笑顔のまま首を横に振った。

「まだいいですよ。今はお仕事もないでしょうし、これからクロちゃんにお金がかかっていくと思うので、次のお仕事が決まって、余裕ができたらで大丈夫です。」

「そ、そうですか……」

 確かに現状、修一には収入がないので、この申し出はありがたかった。


 帰ってくると、クロがトコトコと入口まできて「みゃん」と一鳴きしてくれた。

 どうも、お出迎えをすると、修一が嬉しそうにすることを覚えたらしい。

「ただいま。」

 修一は荷物を下ろすと、封筒をカバンから取り出し、棚の上に置いた。

 中身は、結花に渡そうと思っていた8579円だ。

「お言葉に甘えちゃったけど、よかったのかなぁ……クロ、どう思う?」

 修一が尋ねるが、クロは無反応だった。

 ただ、修一が置いた封筒を、じーと睨んでいる。

「どうした?食べ物じゃないぞ?」

 修一が再び語りかけたが、クロはしばらく、封筒を睨んだままだった。


 夕食の準備を終えると、クロの餌の用意をした。

 ようやく、手慣れてきた。

「じゃあ、食べようか。」

「みゃー」

 声をかけあって、食事を始める。

 そういえば、二人きりの夕食は、初日以来だ。

「しかし、そろそろ仕事を何とかしないとなぁ……」

 修一はテレビを眺めながらつぶやいた。

 昼間、結花に言われた通り、クロを飼い始めてから、貯金が減る量は早くなった。

 自分一人なら、そんなに気にならなかったが、クロという守るべき存在ができると、途端に焦燥感に駆られるようになった。修一の生活が破綻すれば、クロも共倒れになるのだ。

 そう思うと、急に何とかせねばと思えてくるから、不思議なものだ。

「もし、また働けなくなったら……」

 年齢的に働き口を見つけるのはそれほど難しくないが、また突然出勤できなくなるとも限らない。

「……そうなったら、クロは御船さんのところの子になるか?」

「みゃっ!」

 なんか、拒否られた感じの返事が返ってきた。

 どうやら、今度はへばることは許されないらしい。

「となると、働き口は慎重に考えないとなぁ……」

 修一はクロの頭をナデナデした。


 ちなみに、その夜からクロらしき少女と話す夢を見るとはなかった。


 その後、事態は全く進まず、うだうだしている間に四日が過ぎた。

「というわけで、スマホで求人を調べてはいるのですが、どんな職場なら大丈夫か、見当もつかなくて、困ってます……」

 修一は、御船書房にて結花に相談していた。

 今日は日曜日なので、客が少ないだろうと、やってきたのだ。

「確かに、お医者さんも原因不明と言われてしまうと、何に気を付ければいいのかわかりませんし、難しいですね。」

「ただ、このままだと近いうちに生活費は底をつきますし、そうなったら、クロも養っていけなくなります。御船さんにお借りしたお金も、返せないままですし……」

 修一は申し訳なさそうに言った。

「それは急がなくてもいいですが……」

 そこまで言いかけたところで、結花の言葉がピタリと止まった。

 怪訝に思って修一が様子を伺うと、突如、結花は手をパンと叩いた。

「そうだ!でしたら河瀬さん、ウチで働きませんか?」

「えっ!?」

 思いも寄らない提案に、修一は目を丸くした。

「実は、店売りの売上が最近減っていまして、それを補う為に、オンライン受注を始めようかと思ってるんですよ。ただ、私一人では人手が足りないので、困っていたんです。」

 修一にとっては渡りに船の提案だったが……

「で、でも、俺は本に関する仕事はしたことないですし、そもそも本は殆ど読まないんですよ。それに、さっき言ったように、急に仕事に出れなくなるかも……」

「それなら、大丈夫です。別に本に詳しくなくても、書店員はできますし、見かけより力仕事が多いので、男性の方が向いてるんですよ。もし、また起きれなくなったら、その時は私が何とかします。」

 結花ははっきりと言い切った。

「何とかって、どうやって……?」

「さぁ?それはその時になったら、考えます。」

 あっけらかんと結花は答えたが、その笑顔を見ていたら、確かに彼女ならどうにかしてくれそうな感じがした。

「お給料は、そんなにたくさんは出せませんけど、河瀬さんとクロちゃんが不自由なく暮らせるくらいなら、何とかできます。」

「なんか、それだと、俺もクロもまとめて御船さんに養われてるみたいになっちゃいますけど……」

「ダメですか?」

 不意に、結花が上目遣いで修一の顔を覗き込んできた。

 この人、こんな表情もできるのかと、修一は内心驚いた。

 破棄力は抜群だ。

「えっと、それじゃあ、宜しくお願いします……」

 その破壊力に何かが負けた気がしながらも、修一はその場で頭を下げた。

「やったぁ。」

 結花は小さくガッツポーズをした。


 斯くして、修一は御船書房で働くこととなった。

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