Episode:泥棒猫15
原案:クズハ 見守り:蒼風 雨静 文;碧 銀魚
遡ること数十日前。
リーンとビアの婚約が内定した直後の日のことだった。
リアの部屋を、しょぼくれた顔のリーンが訪ねてきた。
「どうしました?そんな顔で……」
リアが若干驚きながら尋ねると、リーンは泣きそうな子供のような声で話し始めた。
「クロと喧嘩しちゃったんだ……もう、会ってくれないかも……」
「喧嘩ですか?」
リアは呆れて溜息をついた。
友達と喧嘩など、よくあることだと思ったが、これまでそういう間柄の人間がいなかったリーンは、そういう経験値が圧倒的に足りていない。
「とりあえず、お話を聞きますので、お入り下さい。」
これは面倒な話になりそうだと思いながら、リアはリーンを部屋に招き入れた。
「で、どうしたの?」
扉を閉めてから、素の口調に戻ったリアが、水を向けた。
「実は……」
リーンの話では、クロに婚姻に際して忙しくなるから、しばらく会えない旨を伝えたところ、急に怒り出したのだという。
「何か、変な言い回しとかしたんじゃないの?」
リアが訊くと、リーンは首を傾げた。
「普通に言ったつもりだったんだけど、やっぱり言い方が悪かったのかなぁ……自分と会うより結婚のほうが大事なのかって、凄い怒鳴られた。」
そのリーンの言葉を聞いて、リア「ん?」と思った。
これまで、リアはクロのことを、勝手に男だと思っていた。
だが、その人物像に急に違和感が生まれた。
「自分と会うより、結婚のほうが……ねぇ。」
その言い回しは、どちらかというと女性っぽい感じがした。
加えて、ある程度学がある人間なら、リーンの結婚が二つの国に対してどれだけ大きいことかは理解できるはずだが、それを一切考慮に入れていない発言も気になる。
もしかしたら、相手は身分がかなり低い人物なのかもしれない……リアはそこまで考えて、口を開いた。
「リーン、どちらにしろ、しばらく会う時間はないから、仕方ないわ。とりあえず、今は婚姻の準備に集中しなさい。お披露目会が終わったら時間もできるから、そうしたらクロに会って、謝りなさい。不安なら、あたしも一緒に行ってあげるから。」
「わかった。リア、ありがとう。」
リーンはいつもの無邪気な笑顔とは違う、複雑な感じの笑顔で返した。
その日を最後に、リアはリーンに一度も会っていない。
リアは様々な準備に手を取られ、リーン自身も準備に忙殺されていて、一瞬たりとも会えない状況になっているのだ。
クロの件はリアも気にかかっていたが、日々の業務が忙し過ぎて、動くことはできなかった。
その日も、リアは明日に迫ったお披露目会の準備の一環で、街に買い出しに来ていた。
ちょうど、行進の舞台になる通りの近くの店に用があったので、ついでにそちらの準備状況も見ることにしていた。
「大変なのはわかってたけど、本当に大変ねぇ……」
リアは会場の通りと、それが続くヴェサル王国との壁を見つめた。間もなくあの壁は国境ではなくなり、もしかしたら取り壊されるかもしれない。
「国の風景が大きく変わるわね。」
ちょっとだけ感傷に浸りながら、リアがつぶやいた、その時だった。
「リア・フローだな。」
急にどこかから声をかけられ、リアは表情をこわばらせた。
辺りを見回すと、すぐ後ろの物陰に、黒装束の人影があった。見覚えはない人物だったが、その独特のいで立ちに、リアは一発でピンときた。
「あんた、まさかシービングキャット!?」
リアは慌てて持っている荷物を強く抱き締めた。
「別に、それを盗みに来たわけじゃねぇよ。おまえに話がある。」
「話?あたしに?」
リアは尚も警戒を解かなかったが、シービングキャットは特段構えた様子はない。
「おまえ、リーンの従妹だよな?」
「だったら、何?」
「じゃあ、明日のお披露目会でも、内部にいるよな。」
「そうだけど……」
「じゃあ、心して聞け。明日のお披露目会で、ビア・ヴェサルを暗殺しようとしている連中がいる。」
「なんですって!?」
思わずリアは叫んだ。
「信じるか信じないかは、おまえの自由だ。だが、信じなければ、確実にビア・ヴェサルは命を落とす。」
「何であなたが、そんなことを知ってるの……?」
リアはシービングキャット自身が暗殺に関わっていないか、疑っているらしい。
「怪しい男達が、貧民街で喋りながら歩いてたんだよ。それを盗み聞きした。警戒心の塊みたいな連中で、詳細は聞き取れなかったが、殺そうとしているのは間違いない。」
「なるほど、まさか貧民に聞き耳を立ててる者がいるとは、思わなかったのね。」
どうやら、リアは信じてくれているらしい。
「狙うとしたら、比較的警備が手薄な行進の時。奴らはこの辺りをやたら見回ってたらしいから、ヴェサル側ではなく、こちら側に入ってからやるつもりだろう。」
「オブスタクルとの関係を決定的に拗らせるには、こちらで暗殺したほうが、効果は大きいからね。」
リアはクロが気付いていなかった視点で補足した。
「ただ、奴らがどこの誰なのかさっぱりわかんねぇ。相当慎重にやってるみたいだ。だから、明日のお披露目会を中止できないか?」
リアは首を横に振った。
「無理。あたしはフローの血筋とはいえ、一侍女に過ぎないの。そこまでの発言力はないし、増してや明日の予定を急に止めるなんて、不可能よ。」
「じゃあ、せめて行進を取り止めるとかはできないのか?」
「それも無理。城に入るまでの段取りと手筈は、ヴェサル側が行っているから、こちらか申し入れをしても、多分聞いてもらえない。逆に、何かを疑われて、せっかくまとまりかけてる国の合併の話が、白紙になりかねない。」
「チッ、政治ってのは面倒くせぇな……」
クロは苛立たし気に舌打ちした。
「現状、状況をややこしくしないように事を収めるには、予定通りお披露目会をやって、暗殺を企てている連中を誘き出して、密かに捕まえるしかないわ。」
「難しいこと言うなぁ……」
「その男達の特徴は?」
「全員、身形はいいが、見た目は普通の男だよ。服を変えられたら、多分見分けられない。だが、この通りでやるつもりなら、やり方は限られてくると思う。」
クロは目の前の通りを指さして言った。
「そうね。柵には警備の憲兵が隙間なく立つ予定だし、直接斬りかかっても、取り押さえられるのが落ちね。」
「投擲武器は殺傷力が低い上に命中率が悪いし、弓矢も同様。第一、それらは目立つから、放つ前に一発で見つかるだろ。とりあえず調べたが、爆発物の類もなかったぞ。」
「あんたが盗み聞きした時、どう殺すとか言ってなかったの?」
クロは首を横に振った。
「残念ながら。『ビア・ヴェサルを討つ。』としか言ってなかったよ。」
「討つ?」
リアは何かが引っかかったのか、話の流れを遮った。
「どうした?」
「いや、殺すことを、討つって言うかなと思って。」
「別に普通じゃねぇのか?」
クロはピンときていなかったが、学があるリアにはどうにも引っかかるらしい。
「戦時中とかに、敵将を殺すことを討つって言ったりするけど、一国のお姫様を暗殺しようって時に、わざわざ『討つ』って言い回しするかしら……」
そこまで考えて、リアはハッとした。
「待って!もしかして、『討つ』じゃなくて『撃つ』なんじゃ……!」
「なんだ?言葉遊びか?」
「そうじゃなくて!奴らは銃を使うつもりかも。」
「じゅう?」
クロは聞いたことがない武器の名前だ。
「持ち手がついた鉄の筒に、小さな弾をこめて火薬の爆発で飛ばす武器よ。持ち運びに便利な上に、殺傷能力が極めて高い。人混みでこっそり使われたら、撃つ瞬間まで気付かないわ。」
「そんな便利な武器があるのか?」
「ここ数年、各地の戦争で使われ始めてる、最新の武器よ。オブスタクルは十年前から停戦してるから、知らない人も多いと思うけど、軍に少しでも関わりがある人間なら、手に入れるのも、そんなに難しくないわ。」
「そんな便利武器使われたら、対処のしようがねぇぞ。」
クロが焦って言ったが、リアは首を横に振った。
「もちろん、銃にも弱点はあるわ。まず、数が少ない。精巧な武器だから、あまり大量生産できないの。だから、その連中が手に入れられたとしても、一つか二つが限界だと思う。次に、性能。弾を飛ばすだけなら、歩幅で五十歩とか百歩分はいけるけど、照準を合わせるのが難しいの。正確に当てるには、できるだけ近づかなきゃならないわ。」
「つまり、やるとしたらこの柵の外側ギリギリから、観客に紛れてってことになるのか。」
「そう。それに、持ち運びに便利だと言っても、鉄筒の長さは子供の背丈くらいはあるわ。撃つ瞬間に構えると、かなり目立つと思う。」
「それだと、人込みの中でも見つけやすいな。でも、取り押さえたとしても、抵抗されて撃たれたら、周りの観客もやばいんじゃねぇのか?」
「それは大丈夫。銃は連射ができなくて、一発撃ったら、次の弾を込めて火薬を入れ直さないといけないの。だから、こういう場面は文字通りの一発勝負になるのよ。」
「つまり、空撃ちさせれば勝ちってことか。」
クロはニヤリと笑った。
「そういうこと。そこで相談だけど、明日その怪しい奴ら、こっそり捕まえてくれない?」
「はぁ!?」
予想外の提案に、クロは面食らった。
リアはなぜか愛嬌たっぷりの笑顔をクロに向けている。
「お披露目会を中止させずに、尚且つビアの安全を守るには、それしかないの。あなたなら、高所とかから銃を構えてる奴を見つけて、叩きのめすくらいわけないでしょ?」
「ふざけんな!あたしは憲兵でも軍人でもねぇんだよ!何でそんな危ねぇことしなきゃならねぇんだよ!」
下手をすれば、クロが命を落としかねない提案だ。
「もちろん、タダでとは言わないわ。あたしが用意できる範囲で、礼金は用意してあげる。それに……」
不意にリアの視線が鋭くなった。表情は相変わらず愛嬌たっぷりの笑顔のままなので、妙な迫力がある。
「あなた、リーンが最近会ってたクロなんでしょ?」
「だったら何だよ……」
クロは途端に警戒心を露にした。
「最後に会った時、喧嘩してそのままなんでしょ?だったら、仲を取り持ってあげる。これでどう?」
リアの提案にクロは思わず黙ってしまった。
可愛い顔して、どうにも食えない女である。
「じゃあ、交渉成立。捕まえた後は、警備してる憲兵に差し出してくれればいいから。」
クロの沈黙を了解と捉え、リアはそう言った。
「くっそぉ。忘れるなよ、その約束。」
クロは悪態をつきながら了承した。
その後、警備の状況と当日の流れをリアから教授され、クロは帰路についた。
「……失敗したら、マジでリーンに合わせる顔がなくなるじゃねぇか。」
塒についてから、クロは呻いた。
明日の暗殺阻止に、リーンとビアの未来、そして両国の未来とそれに関わる多くの国民の未来、そしてリーンとのお茶会が懸かっている。
クロは生まれて初めて、食当たり以外でお腹が痛くなった。




