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街の本屋の泥棒猫  作者: 蒼碧
Episode:泥棒猫

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62/141

Episode:泥棒猫13

原案:クズハ  見守り:蒼風 雨静  文;碧 銀魚

 リーンとビアの婚約が両国に発表されたのは、クロが悶着を起こしてから数日後のことだった。

 両国の合併等の詳細までは発表されなかったが、ある程度政治や国の情勢に通じた者なら、ヴェサルが吸収される形で消えるのは、予想がついたと思われる。

 婚約発表では、二人のお披露目に関しても言及されており、発表日から十日後に、ビアがオブスタクルの城に出向き、城内バルコニーで二人揃ってのお披露目になるとのことだ。

 オブスタクル側の国民の反応は概ね良好で、多少のドタバタはあれど、ヴェサルの肥沃な大地が手に入れば、経済は上向き、生活は楽になっていくだろうというのが、大体の見方だった。

 ただ、ヴェサル側の国民にはやはり、自分達の国が他国に吸収されるというのは、受け入れ難い者もいるようで、城に直訴しに行ったり、ちょっとした暴動を起こす者も出た。

 しかし、それでもキング・ヴェサルの意思は固く、ビアや臣下を通して、これが国民の為の最善の方法であると、粘り強く説得を続けた。

 そうして、全員賛成ではないにしろ、ヴェサルは統合の方向で動き始めたのだった。


 一方、そんな中クロはというと、特段変化のない生活を送っていた。

 リーンと喧嘩して会えなくなったとしても、日々の食事は必要だし、貧民街の子供や年寄りは彼女が食事を調達しなければ、死んでしまう。

 ずっと蹲って落ち込んでいるわけにはいかないのだ。

「くっそぉ、あのじじい、よぼよぼのくせにしつこく追ってきやがって!」

 キノばあさんのあばら家に食べ物を持ってきたクロは、悪態をつきながらそれを渡した。どうにもあれからクロは、慢性的に機嫌が悪い。

「ご苦労さん。文句は儂らじゃなくて、そのじじいとやらに言っておくれ。」

 キノばあさんは、さらっとクロを往なす。

 この辺りは、流石の年の功である。

「逃げながら散々言ったわ!」

 どうやらそのじじいは、クロに食料を盗られた上に、八つ当たりまでされたらしい。

 その食料をもらった身だが、キノばあさんはその見知らぬじじいが気の毒だった。

 ふと、キノばあさんが、思い出したように話題を変えた。

「そういえば、あんたに客が来てるよ。」

「客?」

 キノばあさんの言葉に、クロはキョトンとした。クロに客など、来たことは殆どない。

「ああ。いないって言ったら、その辺で待つって言ってたよ。」

 キノばあさんは裏通りの奥の方を指さした。ちょっと向こうに、確かに人影が見える。

 旅人のようだが、見覚えはない。

「……怪しい奴じゃないだろうな。」

 一応、名の通った盗人であるクロは、常にある程度の身の危険に晒されている。だが、それはキノばあさんも承知の上だ。

「大丈夫。単なる吟遊詩人だよ。一応、身元は調べたよ。」

「吟遊詩人……?」

 怪しい人物ではないようだが、クロに吟遊詩人の知り合いはいない。

 怪訝な気分のまま、クロはその吟遊詩人に声をかけた。

「おい、あたしに用があるって聞いたが。」

 すると、吟遊詩人はこちらを向いた。そこで初めて、相手が女だとわかった。

「ああ、あなたがシービングキャットですかぁ。私よりずっと年下っぽいですねぇ。」

 やけに間延びした、癖のある話し方だ。

「悪いか。生きていくのに、年なんて関係ないんだよ。」

 クロはあくまで警戒している。

「そんなに恐い顔しないで下さいよぉ。私はあくまで、この歴史の転換点をこの目で見て、語り継いでいきたいだけなんですからぁ。あっ、私、吟遊詩人のルミといいますぅ。」

 ルミはついでで名乗った。

「そうかい。あたしは名はないよ。適当に呼びな。」

「シービングキャットだからぁ……猫ちゃんでいいかぁ。」

「……」

 リーンといい、ルミといい、どうにも最近、本当に適当な名付けをされるきらいがある。

「まぁいい。それで、何の用だ。」

 クロが仕切り直すと、ルミは癖のある独特な笑みを浮かべた。

「初めに言っておきますがぁ、私はオブスタクルの民でもヴェサルの民でもありません。この国とは縁もゆかりもありません。だからぁ、単純に国の一大事を見届けたいだけなんですぅ。」

「だったら、なおさらあたしは関係ないだろ。」

「そんなことないですよぉ。オブスタクル側を騒がす正体不明の盗賊……歴史の転換点にこういう話題性のある人物がいるとぉ、後に語る時にいい彩になってくれるんですぅ。」

「ああ、そうかい。でも、話したところで、別に何も出ないぞ。わざわざ貧民街に来てまで、話す価値あったのか?」

 クロが疑問を口にすると、ルミはまた癖のある独特な笑みを浮かべた。

「いえいえぇ、凄くありましたぁ。実際に会って話すとぉ、話の臨場感が違いますからぁ。それに……」

「それに?」

 急にルミの目つきが鋭くなった。

「それに、あなたからは、何か大事に関わっている匂いがしますぅ。」

 瞬間、クロは眉を顰めた。

「……何か根拠があるのか?」

「いいえ。長年、こういうことをやっている者の勘ですぅ。」

 嫌な勘だなと、クロは内心毒づいた。

 だが、まさかリーンとの密会のことを話すわけにはいかない。

「だったら、お門違いだ。あたしは貧民街に住まう、しがない盗人だよ。」

「そうですかぁ。」

 納得した風には見えなかったが、それ以上追及してくる気配もなかった。

 第一、賞金首になっているのに、未だ捕まっていないクロを、探し出せるだけの取材力がルミにはあるのだ。単なる吟遊詩人だと侮れない。

「話はもういいか?あたしは忙しいんだ。」

 これ以上話して、襤褸が出てもよくない。そう判断して、クロは話を切り上げにかかった。

「ええ、ありがとうございますぅ。しばらくこの国には滞在するのでぇ、また会えたらお話して下さい。あっ、そうそう……」

 ルミは一旦言葉を切って、裏通りの奥のほうを指さした。

「お礼と言ってはなんですがぁ、あっちに面白そうな人達が屯してましたよぉ。見に行くといいことあるかもしれませんねぇ。」

「面白そうな人達……?」

 瞬間、クロは嫌な予感がした。貧民街に入ってくるのは、基本は住んでいる貧民だけだ。それ以外の人物で、となると、思い浮かぶのはこの前クロがカバンを引っ手繰った、ヴェサルの軍人と思しき男のような輩だ。

「まさか……」

 クロはそれ以上ルミに構うことなく、彼女が指さすほうへ駆け出した。

 ルミはそんなクロに、ヒラヒラと手を振っていた。


 クロはルミが言っていた位置まで来ると、物陰に身を潜ませた。ある程度有名なクロを、向こうが知っている可能性があるからだ。

 そのまま暫し待つと、明らかに貧民ではない男が三人歩いてきた。

 見た目はこの前の男達に似ていたが、眼光や纏う雰囲気の厳しさが、全く違う。

 とてもではないが、この前の男達相手のような、迂闊な行動はとれないと、クロは一目で思った。

 男三人は周りの貧民は気にせず、何やら話している。どうやら、貧民に聞かれるかどうかは、気にしていないらしい。

「……このまま聞くか。」

 クロはその場を動かず、イチ貧民のふりをして、耳を欹てた。

 だが、低く潜めた声は、本当に近くに来るまで話す内容が聞こえない。その辺りの技術がちゃんとあるみたいだ。

 クロの傍を通った時、その会話の一部が、ようやく聞こえてきた。

「……から、ビア・ヴェサルをうつ。死体は確認後、そい……」

 クロは思わず動きそうなってしまった。だが、男の一人がクロのほうを見たので、動かずそのまま物陰でじっとした。

「……」

 男は一瞥しただけで、そのまま連れ二人と、歩き去った。

 一瞬、後を追おうかと思ったが、男は明らかに物陰にいるはずのクロの存在には気付いていた。動かなかったから、単なる貧民だと思って見逃したようだが、少しでも追う仕草をしたら、たちまち気付かれてしまうだろう。

「くそつ、深追いできねぇ。」

 結局、クロはそれ以上の話を聞くことはできなかった。

 男三人が完全に立ち去ったのを確認すると、クロは物陰から出た。

「あいつら、ビアを暗殺する気なのか……まぁ、情勢を考えれば、そういう奴がいてもおかしくねぇけど……」

 これを知ってか知らずか、ルミはクロにあの三人を探らせたらしい。まるで、事を面白く荒立てろと言われているようで、少し癪だった。

 だが、今はそんなことを言っている場合ではない。

「どうする……?」

 シービングキャットとして名を馳せているとはいえ、所詮クロは貧民街の盗人に過ぎない。それが、こんな高度に政治的なことに関わるのが如何に困難で危険か、学がないクロでも容易に想像できた。

 だが、これはリーンの行く末に大きく関わることだ。

 放ってはおけない。

「でも……」

 ふと、クロはつぶやいた。

 思い浮かんだのは、リーンの優しい笑顔だった。

「……ビアがいなくなれば、リーンは結婚しなくてすむんだよな。」

 思わず、そんな言葉が漏れた。

 自分の口から、そんな言葉が出たのが意外で、心底驚いた。

「……っ」

 クロは拳を握った。

 そして、それで額を思い切り殴った。

「いつからあたしは、そんなダセェこと考えるようになったんだよ……!」

リーンが国の為に、結婚しようとしている相手が殺されて、いいはずがない。

 そんな当たり前のことを見失いかけた自分が、心底情けなかった。

「絶対に、ビアを暗殺なんかさせねぇ!」

 クロは赤くなった額から拳を下ろすと、すぐさまその場から駆け出した。

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