Episode:泥棒猫13
原案:クズハ 見守り:蒼風 雨静 文;碧 銀魚
リーンとビアの婚約が両国に発表されたのは、クロが悶着を起こしてから数日後のことだった。
両国の合併等の詳細までは発表されなかったが、ある程度政治や国の情勢に通じた者なら、ヴェサルが吸収される形で消えるのは、予想がついたと思われる。
婚約発表では、二人のお披露目に関しても言及されており、発表日から十日後に、ビアがオブスタクルの城に出向き、城内バルコニーで二人揃ってのお披露目になるとのことだ。
オブスタクル側の国民の反応は概ね良好で、多少のドタバタはあれど、ヴェサルの肥沃な大地が手に入れば、経済は上向き、生活は楽になっていくだろうというのが、大体の見方だった。
ただ、ヴェサル側の国民にはやはり、自分達の国が他国に吸収されるというのは、受け入れ難い者もいるようで、城に直訴しに行ったり、ちょっとした暴動を起こす者も出た。
しかし、それでもキング・ヴェサルの意思は固く、ビアや臣下を通して、これが国民の為の最善の方法であると、粘り強く説得を続けた。
そうして、全員賛成ではないにしろ、ヴェサルは統合の方向で動き始めたのだった。
一方、そんな中クロはというと、特段変化のない生活を送っていた。
リーンと喧嘩して会えなくなったとしても、日々の食事は必要だし、貧民街の子供や年寄りは彼女が食事を調達しなければ、死んでしまう。
ずっと蹲って落ち込んでいるわけにはいかないのだ。
「くっそぉ、あのじじい、よぼよぼのくせにしつこく追ってきやがって!」
キノばあさんのあばら家に食べ物を持ってきたクロは、悪態をつきながらそれを渡した。どうにもあれからクロは、慢性的に機嫌が悪い。
「ご苦労さん。文句は儂らじゃなくて、そのじじいとやらに言っておくれ。」
キノばあさんは、さらっとクロを往なす。
この辺りは、流石の年の功である。
「逃げながら散々言ったわ!」
どうやらそのじじいは、クロに食料を盗られた上に、八つ当たりまでされたらしい。
その食料をもらった身だが、キノばあさんはその見知らぬじじいが気の毒だった。
ふと、キノばあさんが、思い出したように話題を変えた。
「そういえば、あんたに客が来てるよ。」
「客?」
キノばあさんの言葉に、クロはキョトンとした。クロに客など、来たことは殆どない。
「ああ。いないって言ったら、その辺で待つって言ってたよ。」
キノばあさんは裏通りの奥の方を指さした。ちょっと向こうに、確かに人影が見える。
旅人のようだが、見覚えはない。
「……怪しい奴じゃないだろうな。」
一応、名の通った盗人であるクロは、常にある程度の身の危険に晒されている。だが、それはキノばあさんも承知の上だ。
「大丈夫。単なる吟遊詩人だよ。一応、身元は調べたよ。」
「吟遊詩人……?」
怪しい人物ではないようだが、クロに吟遊詩人の知り合いはいない。
怪訝な気分のまま、クロはその吟遊詩人に声をかけた。
「おい、あたしに用があるって聞いたが。」
すると、吟遊詩人はこちらを向いた。そこで初めて、相手が女だとわかった。
「ああ、あなたがシービングキャットですかぁ。私よりずっと年下っぽいですねぇ。」
やけに間延びした、癖のある話し方だ。
「悪いか。生きていくのに、年なんて関係ないんだよ。」
クロはあくまで警戒している。
「そんなに恐い顔しないで下さいよぉ。私はあくまで、この歴史の転換点をこの目で見て、語り継いでいきたいだけなんですからぁ。あっ、私、吟遊詩人のルミといいますぅ。」
ルミはついでで名乗った。
「そうかい。あたしは名はないよ。適当に呼びな。」
「シービングキャットだからぁ……猫ちゃんでいいかぁ。」
「……」
リーンといい、ルミといい、どうにも最近、本当に適当な名付けをされるきらいがある。
「まぁいい。それで、何の用だ。」
クロが仕切り直すと、ルミは癖のある独特な笑みを浮かべた。
「初めに言っておきますがぁ、私はオブスタクルの民でもヴェサルの民でもありません。この国とは縁もゆかりもありません。だからぁ、単純に国の一大事を見届けたいだけなんですぅ。」
「だったら、なおさらあたしは関係ないだろ。」
「そんなことないですよぉ。オブスタクル側を騒がす正体不明の盗賊……歴史の転換点にこういう話題性のある人物がいるとぉ、後に語る時にいい彩になってくれるんですぅ。」
「ああ、そうかい。でも、話したところで、別に何も出ないぞ。わざわざ貧民街に来てまで、話す価値あったのか?」
クロが疑問を口にすると、ルミはまた癖のある独特な笑みを浮かべた。
「いえいえぇ、凄くありましたぁ。実際に会って話すとぉ、話の臨場感が違いますからぁ。それに……」
「それに?」
急にルミの目つきが鋭くなった。
「それに、あなたからは、何か大事に関わっている匂いがしますぅ。」
瞬間、クロは眉を顰めた。
「……何か根拠があるのか?」
「いいえ。長年、こういうことをやっている者の勘ですぅ。」
嫌な勘だなと、クロは内心毒づいた。
だが、まさかリーンとの密会のことを話すわけにはいかない。
「だったら、お門違いだ。あたしは貧民街に住まう、しがない盗人だよ。」
「そうですかぁ。」
納得した風には見えなかったが、それ以上追及してくる気配もなかった。
第一、賞金首になっているのに、未だ捕まっていないクロを、探し出せるだけの取材力がルミにはあるのだ。単なる吟遊詩人だと侮れない。
「話はもういいか?あたしは忙しいんだ。」
これ以上話して、襤褸が出てもよくない。そう判断して、クロは話を切り上げにかかった。
「ええ、ありがとうございますぅ。しばらくこの国には滞在するのでぇ、また会えたらお話して下さい。あっ、そうそう……」
ルミは一旦言葉を切って、裏通りの奥のほうを指さした。
「お礼と言ってはなんですがぁ、あっちに面白そうな人達が屯してましたよぉ。見に行くといいことあるかもしれませんねぇ。」
「面白そうな人達……?」
瞬間、クロは嫌な予感がした。貧民街に入ってくるのは、基本は住んでいる貧民だけだ。それ以外の人物で、となると、思い浮かぶのはこの前クロがカバンを引っ手繰った、ヴェサルの軍人と思しき男のような輩だ。
「まさか……」
クロはそれ以上ルミに構うことなく、彼女が指さすほうへ駆け出した。
ルミはそんなクロに、ヒラヒラと手を振っていた。
クロはルミが言っていた位置まで来ると、物陰に身を潜ませた。ある程度有名なクロを、向こうが知っている可能性があるからだ。
そのまま暫し待つと、明らかに貧民ではない男が三人歩いてきた。
見た目はこの前の男達に似ていたが、眼光や纏う雰囲気の厳しさが、全く違う。
とてもではないが、この前の男達相手のような、迂闊な行動はとれないと、クロは一目で思った。
男三人は周りの貧民は気にせず、何やら話している。どうやら、貧民に聞かれるかどうかは、気にしていないらしい。
「……このまま聞くか。」
クロはその場を動かず、イチ貧民のふりをして、耳を欹てた。
だが、低く潜めた声は、本当に近くに来るまで話す内容が聞こえない。その辺りの技術がちゃんとあるみたいだ。
クロの傍を通った時、その会話の一部が、ようやく聞こえてきた。
「……から、ビア・ヴェサルをうつ。死体は確認後、そい……」
クロは思わず動きそうなってしまった。だが、男の一人がクロのほうを見たので、動かずそのまま物陰でじっとした。
「……」
男は一瞥しただけで、そのまま連れ二人と、歩き去った。
一瞬、後を追おうかと思ったが、男は明らかに物陰にいるはずのクロの存在には気付いていた。動かなかったから、単なる貧民だと思って見逃したようだが、少しでも追う仕草をしたら、たちまち気付かれてしまうだろう。
「くそつ、深追いできねぇ。」
結局、クロはそれ以上の話を聞くことはできなかった。
男三人が完全に立ち去ったのを確認すると、クロは物陰から出た。
「あいつら、ビアを暗殺する気なのか……まぁ、情勢を考えれば、そういう奴がいてもおかしくねぇけど……」
これを知ってか知らずか、ルミはクロにあの三人を探らせたらしい。まるで、事を面白く荒立てろと言われているようで、少し癪だった。
だが、今はそんなことを言っている場合ではない。
「どうする……?」
シービングキャットとして名を馳せているとはいえ、所詮クロは貧民街の盗人に過ぎない。それが、こんな高度に政治的なことに関わるのが如何に困難で危険か、学がないクロでも容易に想像できた。
だが、これはリーンの行く末に大きく関わることだ。
放ってはおけない。
「でも……」
ふと、クロはつぶやいた。
思い浮かんだのは、リーンの優しい笑顔だった。
「……ビアがいなくなれば、リーンは結婚しなくてすむんだよな。」
思わず、そんな言葉が漏れた。
自分の口から、そんな言葉が出たのが意外で、心底驚いた。
「……っ」
クロは拳を握った。
そして、それで額を思い切り殴った。
「いつからあたしは、そんなダセェこと考えるようになったんだよ……!」
リーンが国の為に、結婚しようとしている相手が殺されて、いいはずがない。
そんな当たり前のことを見失いかけた自分が、心底情けなかった。
「絶対に、ビアを暗殺なんかさせねぇ!」
クロは赤くなった額から拳を下ろすと、すぐさまその場から駆け出した。




