Episode:泥棒猫12
原案:クズハ 見守り:蒼風 雨静 文;碧 銀魚
ヴェサル王国のヴェサル家の居城は、オブスタクルの国境の真反対の北の端に位置している。オブスタクルの城に比べればこじんまりとしているが、船を象ったエンブレムはあちらこちらに施され、かつて海の民だったというヴェサル家の威厳を、余すことなく伝えている。
その居城の一部屋で、国王キング・ヴェサルは床に伏していた。
数年前に病を得てから、大多数の時間をここで過ごすようになった。出来る範囲の公務は行っているが、現在は公務の大部分は娘のビアが行っている。
そのビアが、ちょうど部屋に来ていた。
「そうか。リーン皇太子との縁談が、内定したか。」
キング・ヴェサルが物憂げに言った。
ベッドの横に立つリアが静かにうなずいた。
「はい。これで、ヴェサルは終焉となりますが、両国民の暮らしはよくなるはずです。それに、ヴェサルの血は途切れることなく、薄まりながらでも、オブスタクルの中で生き続けることになります。その為なら、私は自らの身を喜んで捧げます。」
ビアの言葉を聞いて、キング・ヴェサルは大きく溜息をついた。
「そんなことは、もうどうでもよい。国王がこんなことを言っては、本当はならんのだがな。ただ、儂は娘であるおまえに、意に添わぬ婚姻をさせてしまうことが、無念でならんのだよ。」
キング・ヴェサルがそう言うと、ビアは急にニコリと笑った。
「父上。今の言葉は嘘です。」
「なに?」
意表を突かれて、キング・ヴェサルは思わず目を瞬いた。
「私はリーン様のことは子供の頃から存じています。何度もお会いしたこともありますし、お人柄もよく理解しているつもりです。」
ヴェサルとオブスタクルで停戦がなされてから、両王家は定期的に晩餐会を開くようになった。停戦を破棄されない為の表向きのものに過ぎなかったが、そこでビアとリーンはよく会っていた。
当時、ビアは兄二人を病で相次いで亡くし、悲しみに暮れていた。
そんなビアに不器用ながら優しく接してくれたのが、リーンだった。
キング・ヴェサルの唯一の子供であるビアに、気さくに接してくれる人は他におらず、当時はリーンとの交流が、彼女にとっての唯一の心の支えであった。
そして、そんなリーンへの気持ちは、いつしか慕情へと変わっていったのだ。
「私はそんなリーン様のことが、大好きなのです。停戦中とはいえ、敵国の皇太子殿なので、一緒になるチャンスはないかと思っていましたが、これは願ってもないことです。超ラッキーです。」
ビアが嬉しそうに笑った。そして、キング・ヴェサルも相好を崩した。
その瞬間だけ、二人はただの父と娘のようであった。
「そうか。それなら、儂は余計なことは言わん。茨の道にはなると思うが、幸せになれ。」
「はい。」
ビアは元気よく返事を返した。
リーンとビアの結婚は、内々で両国間の王族貴族に通達された。
これは、オブスタクル王国とヴェサル王国の統合……正確にはヴェサル王国の吸収を意味しており、来るべき時が来たかと、受け止められていた。
当然、両国共にこの流れに反対する勢力はあり、特にヴェサル側の将軍エクスプロイトの抵抗は大きかった。わざわざ、キング・ヴェサルの病床を訪ね、ヴェサル王国の存続を訴えたらしい。
だが、キング・ヴェサルの意思は固く、エクスプロイトの要求は跳ね除けられた。
こうして、各所の調整が続き、リーンとビアはそれぞれ忙しく立ち回らなければならなくなった。
そしてその影響は、クロとリーンの秘密のお茶会にも出ることとなった。
「う~ん……どうするかなぁ……」
お茶会との約束の日、クロは塒のあばら家でずっと唸っていた。
前回、ビアとの結婚の話をされたせいで、何となく会いづらくて仕方がないのだ。
だが、お茶会は毎回、終わり際に次回の日程を決めている。
つまり、一度すっぽかすと、次回の予定が決められないのだ。
皇太子と貧民街の盗人では、身分が違い過ぎて、連絡の手段もないので、一度でもすっぽかせば、恐らくそれが今生の別れになってしまう。
だが、会いづらくて仕方がない。
「会いたくないわけじゃないし……言いたいことはあるけど……う~ん……」
「うんうんうるさい!鬱陶しいから、一回外に行きな!」
たまらず怒鳴ったのは、キノばあさんだった。
結局、強制的に塒から追い出され、クロは渋々ガゼボへ向かった。
だが、せっかく意を決して行ったガゼボで、リーンから追い打ちをかけられる羽目になった。
「えっ?しばらくできない?」
クロは持っていたお菓子を落としそうになった。
「ごめんね。まだ、民衆に発表されてないけど、結婚の準備が忙しくて、抜け出す時間がなくなってきたんだ。単なる結婚じゃなくて、国が統合されるなんていう大事もセットだから、大変なんだよ。」
リーンは申し訳なさそうに言ったが、それが返ってクロの気に障った。
「……あたしとのお茶会より、ビアとの結婚準備のほうが大事なんだ。」
「そうじゃないよ!しばらく警備も厳しくなるし、クロにもしものことがあったら、それこそ大変だからさ。」
リーンは慌てて否定したが、クロはあからさまに不貞腐れている。
「いいよ、別に。でも、そっちから断ってきたんだから、壁のことは誰にも言うなよ。」
「言わないよ。両国民への婚姻と国の統合の発表とお披露目が終われば、時間ができると思うから、その時に再開しよう。」
クロはジロリと睨む。
「発表したら、ビアと毎日イチャつかなきゃならないでしょ?あたしと会ってる時間なんてないでしょ。」
「いや、イチャつくって……」
「ていうか、結婚するのに、他の女にこっそり会うなんて、クズすぎるでしょ。リーンはあたしのこと、女として見てないかもしれないけどね!」
クロは食べかけのお菓子を皿に叩きつけた。
「クロ、落ち着いて……」
「もういい!」
宥めようとするリーンを跳ね除け、クロはガゼボから飛び出した。
「クロ!」
リーンは後を追おうとしたが、足の速さが違い過ぎた。
あっという間にクロの姿を見失い、リーンは途方に暮れるしかなかった。
塒に帰ったクロは、前にも増してふさぎ込んでしまった。
「何であんなこと言っちゃったんだろ……何であんなに怒っちゃったんだろ……」
リーンに対して、あんなことを言いたかったわけではなかった。だが、感情が全然コントロールできなかった。
こんなことは、生まれて初めてだ。
おまけに、怒った拍子に次回の約束をせずに飛び出してしまった。
多分、もう次はない。
「何やってんだ、あたし……」
クロは小さく唸った。
「なんで、行く前より落ち込んでんだい……」
その様子を見たキノばあさんが、呆れて溜息をついた。




