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街の本屋の泥棒猫  作者: 蒼碧
Episode:泥棒猫
60/73

Episode:泥棒猫11

原案:クズハ  見守り:蒼風 雨静  文;碧 銀魚

 リーンとのデートに偽装した散策から、数日後のことだった。

「……ん?」

 お茶会の為、城へ向かっていたクロが足を止めたのは、貧民街から程近い裏路地であった。

 見慣れない男二人連れが、道端で浮浪者に絡んでいた。

「なんだ、あれ?」

 二人連れの男は身形がいいが、体は鍛え上げられているのが、服の上からでもわかる。

 その風体は、貴族というより、軍人に近い感じだ。

 対して、浮浪者のほうは、クロの顔馴染みである。クロの塒と同じ街に住みついている男だ。

「貴様、汚い手でバッグを触りやがって!汚れたらどうしてくれる!」

 身形のいい男の一人が、叫びながら浮浪者の胸倉を掴んでいる。どうやら、非常にしょうもないことで、怒っているらしい。

「す、すみません、触るつもりじゃなかったんですが、ここは狭いので、つい手が当たってしまって……」

 浮浪者のほうは、完全に怯え切っている。

 クロは音もなく近寄ると、その三人に声をかけた。

「おい、わざとじゃないって言ってるんだから、そのくらいにしておいてやれよ。」

 そう言った途端、男二人はギロリとクロを睨んだ。

「何だ貴様。我々に口答えする気か?」

 その男達の反応を見て、クロは「おや?」と思った。

 クロの特徴的な黒装束姿は、今やオブスタクルで知らない者はいないと言って、過言ではない。

 なので、こういう場面だと、クロが姿を見せるだけで相手をたじろがせたり、上手くいけば相手を追っ払えたりするのだが、この男達にはその気配がない。

「あたしのこと、知らないのか。」

 クロが尋ねると、男達はバカにしたような視線を向けてきた。

「おまえのようなガキ、知るわけないだろうが。」

 明らかに男達はクロのことを侮っている。

 これはチャンスだ。

「そうかい。じゃあ、教えてやるよ。」

 次の瞬間だった。

 クロは男が汚れたと言っていた大事なカバンを、即座に奪い取った。

 そのまま踵を返し、猛スピードで逃げる。

「しまった!待て!!」

 男達は慌ててクロを追い始める。

「あたしが引き付けるから、今のうちに逃げろ!」

 クロは浮浪者に一声叫ぶと、そのまま裏路地を抜け、すぐに近くの塀によじ登る。

「逃がすか!」

 いつもなら、これで簡単に撒けるのだが、肥え太った貴族達とは違い、軍人らしき二人は執拗に追ってくる。上手く回り込んできたり、障害物を躱したりと、走るスピードも機転も、その辺のぼんくらとは大違いだ。

「チッ、茶会に遅れるじゃねぇかよ!」

 仕方がないので、クロは障害物を駆使し、出来るだけ距離を空けると、大通りへ飛び出した。

 丁度昼時なので、大通りには大勢の人が歩いている。

 クロはその人込みに紛れると、素早く黒装束の羽織を脱ぎ、裏返して着直した。

 羽織はリバーシブルになっており、裏は淡いピンク色の花柄になっている。更に顔を隠す為のフードもとり、敢えて被り物なしで素顔を晒してから、悠然と歩き始めた。

 先日の町娘衣装を改造し、黒装束からこの姿に早着替えできるようにしておいたのだ。

 こうして町娘に化けて人込みに紛れてしまえば、シービングキャットだと気付かれることはまずない。

「くそっ!どこに行った!?」

 男達が大通りに現れたが、クロのことは完全に見失ったようで、焦った表情で辺りを見回している。

 クロはその真横を悠然と横切ってやり、密かにほくそ笑んでやった。


「クロ?どうしてその恰好で来たの?」

 ガゼボに着くなり、リーンが尋ねた。

 それもそのはずで、クロは先程の町娘スタイルのままでやってきたのだ。

 男達に追われたせいで、約束の時間ギリギリになってしまい、着替える時間がなかったので、やむを得なかったのだ。

「一悶着あって、仕方がなかったんだ。」

「一悶着あると、そんな姿になるの?」

「あと、盗みを働いたが、人助けの為だ。」

「人助けの盗みって、何!?」

 リーンがいちいち突っ込んでくるので、クロは面倒臭くなって、溜息をついた。


 とりあえず、ガゼボで落ち着いてから、クロは事情を話した。

 その様は、傍から見ると、貴族の息子と町娘の歓談のようで、いつもよりはバランスがとれたツーショットである。

「そういうわけで、手に入った戦利品がこのカバンってわけ。でも、食い物じゃないし、あっても仕方ねぇから、おまえにやる。」

 クロは机の上にカバンを置いた。

「いや、僕が盗品を持ってるって知れたら、問題になるって。」

 リーンは慌てて首を横に振った。

「それもそうか。じゃあ、どっかに捨てるか。」

 クロはさして興味がなさそうに言った。

 だが。

「あれ?これは……」

 不意にリーンがカバンを手に取った。その顔が妙に真剣だ。

「どうした?やっぱり欲しくなったのか?」

 クロは能天気に尋ねたが、リーンはカバンの隙間から見える、何かを凝視していた。

 かと思うと、おもむろにカバンを開け、中からバッジのようなものを取り出した。

「これ、ヴェサルの紋章だ。」

「ヴェサルの?」

 リーンが見ているバッジは、船を象ったデザインであった。

 どうやら、これがヴェサル王国の紋章らしい。

「ってことは、あたしが出くわしたあの男二人は、ヴェサルの人間だっていうこと?」

 リーンが頷く。

「そうかもしれない。しかも、クロを追いかけられるだけの身体能力を考えると、本当に軍人とかかも。しかし、何で貧民街近くの裏路地に、ヴェサルの軍人が……?」

 クロが根城にいている北の貧民街は、確かに地理的にはヴェサル王国との国境に近いが、ヴェサルの国民が入ってくることはまずない。停戦中とはいえ戦時中なので、国境には高い壁が築かれており、何十人もの憲兵が両国とも見張っている。

 現在、オブスタクルとヴェサルの間に国交はなく、一部の例外を除いて、それぞれの国民が行き来することもないはずなのだ。

「……もし、ヴェサルの軍人が入り込んでいるとしたら、由々しき事態だ。」

「そんなにやばいのか?」

 クロには事の深刻さが今一つわからない。

「えっと、クロはオブスタクルとヴェサルの戦争について、どのくらい知ってる?」

「えー?何十年も戦争してて、あたしが子供の時に停戦して、そのまま、くらい?」

 貧民街に暮らす者の認識は、大体似たようなものである。

「そもそも、停戦した理由なんだけど、この前も話したオブスタクルの財政が逼迫した、というのが一つ。もう一つが、ヴェサルの後継者問題。こちらのほうが、理由としては大きいんだ。」

「後継者?」

 クロには想像もつかない世界の話だ。

「ヴェサルは、代々ヴェサル家が治めていて、家の名前がそのまま国名になっているんだ。それくらい、王家と国は一心同体という国家体制だということなんだけど、ここ十数年は王家の人数が減っていて、子供があまり生まれていないんだ。」

「子供が生まれていない?不能な奴ばっかりなのか?」

 クロは軽口のつもりで言ったが、リーンは真面目にうなずいた。

「当たらずも遠からずかな。原因は近親結婚だ。」

「きんしん?」

 クロは首を傾げた。

「要するに、親戚同士で結婚して子供を作るってこと。ヴェサル家は血筋を大事にしていて、ヴェサルの血を守る為に、血縁同士の結婚を徹底していたらしい。」

「おまえとリアが結婚するようなものか?」

 リーンはうなずいた。

「そういう従妹同士はもちろん、伯父伯母と姪甥が子供を作る時もあるらしい。俺が、リアの母親と子供を作るようなものだな。」

「グロっ。」

 いつもは美味しい紅茶と菓子が、不味く感じるような話だ。

「ただ、なぜかはわからないけど、近親結婚が続いた結果、だんだん子供が出来なくなってきたらしいんだ。それでここ十数年は、殆ど子供が生まれていないし、たまに生まれても、早世してしまうそうだよ。」

「まぁ、真っ当な子作りじゃなさそうだしなぁ……じゃあ、今のヴェサルは誰が統治してるんだ?」

 クロが尋ねると、リーンは指を三本立てた。

「今、ヴェサル家で政治を行ってるのは、三人だけ。現国王のキング・ヴェサルとその妃。そして、その二人の子供のビア・ヴェサル。キング・ヴェサルの兄弟は全員子供の頃に亡くなってるし、妃はキングヴェサルの二従妹だ。子供のビアは三人兄妹だったが、兄二人が早世して、今はビアが唯一の生き残りだ。ちなみに、ビアと俺は同い年。」

「ん?ビアって女じゃないのか?」

「そう。だから、ヴェサルは男の世継ぎがいない状態なんだ。」

「ビアに弟ができる見込みは?」

「多分、もうない。キング・ヴェサルは既に高齢だし、十年前から病で床に伏している。停戦の一番の理由はこれだ。娘であるビアでは戦争の指揮を執るのはムリと判断されたんだ。当時はまだ八歳だったしね。」

「じゃあ、もしかして、放っておいてもヴェサルとの戦争は終わるのか?王家が滅亡したら終わりだろ?」

 クロが期待を込めて尋ねたが、リーンは首を横に振った。

「ところが、そうはいかないんだ。今キング・ヴェサルが崩御したら、リアが女王になることはなく、恐らく将軍のエクスプロイトが国を仕切るんじゃないかって言われてる。こいつは超武闘派だから、国王という枷がなくなったら、停戦を破ってオブスタクルに攻め込んでくると思う。」

「そのビアって娘の人間性はどうなんだ?」

「ビアは聡明な女性だよ。この前の話じゃないけど、ヴェサルでビアが、オブスタクルでリアが王にでもなったら、それだけでどちらも平和になると思う。でも、現実的にはムリだ。」

「ビアやその母親の妃では、その将軍は抑えられないのか?」

 リーンは首を横に振った。

「妃も高齢だし、やはり女性であるというのが、どちらも致命的だ。俺はそうは思ないけど、ヴェサルでは指導者はやはり男性に、という世論が強い。どちらかを民衆が選ぶとなったら、やはりビア側に勝ち目はないと思う。」

「じゃあ、その将軍を止められる貴族とか、部下とかいないのか?」

「現状、ヴェサルは政治家に恵まれているとは言い難い。若年のビアが頑張って、ギリギリ国としてもってる状態だからね。」

「役立たずの無能ばっかりなのか。」

 クロは溜息をついた。

「そう考えると、このカバンの持ち主はエクスプロイトの部下の可能性が高い。最近、キング・ヴェサルの体調が悪化しているという話もあるし、こちらに攻勢をかける準備を密かにしているのかもしれない。」

「それをあたしが邪魔したのか。偶然とはいえ、いい仕事したな、あたし。」

「公にはできないけど、大手柄だよ。カバンの中に資料の類も入っているみたいだし、エクスプロイトへの牽制になるかも。ありがとう。」

「いや、礼を言われることでもないけど……」

 ちょっとだけ、クロは顔を赤らめた。

「しかし、諜報員が国内にいるとなると、あまり悠長なことはしてられないな……」

「でも、何か方法があるのか?この前、なんか手がある的なこと言ってたけど。」

 クロが尋ねると、急にリーンが彼女の顔を真っ直ぐに見つめた。

 いつになく真剣な表情に、クロは思わずドキリとした。

「俺はビアと結婚する。それでヴェサルを解体して、オブスタクルと統合させる。」

「えっ……」

 クロの思考はそこでフリーズしてしまった。

「そして、クロが盗みなんてしなくていい国にする。この前みたいな休日を当たり前に過ごせるようにするんだ。」

 リーンは真剣だった。

 そして、クロの反応には気付いていなかった。


 塒のあばら家に返ってきたクロは、町娘スタイルのまま蹲っていた。

 リーンのビアとの結婚宣言から先は、殆ど話を聞いていなかった。相槌も適当になっていたが、真剣に話すリーンは、その違和感にまったく気付くことはなく、そのまま次回のお茶会の約束だけして帰ってきた。

「……なんだよあいつ。皇太子のくせに何であんなに鈍いんだよ。あたしの不機嫌にくらい、気付けっての。大体、急に結婚って何だよ。そりゃ、あたしたちの生活を思ってのことだってのはわかるけどさ。真剣で真面目なのもわかる。国の状況説明したのはあたしだけどさ。でも、急に結婚はないだろ。第一ビアって奴のこと、好きなのあいつ?好きでもないのに、国の為に、あたし達のために結婚するの?それって、それって……」

 こんな感じで、帰ってきて以来、ずっとエンドレスでつぶやき続けている。

 そこに、キノばあさんがやってきた。

「おーい、いるかい……あんた、そんな恰好で何してるんだい?」

 思わず、キノばあさんがぎょっとした。

 だが、クロは返事をせずにつぶやき続けている。

「……何かあったのかい?」

 キノばあさんはクロの前に腰を下ろして、改めて訊いた。

 すると、クロはようやく顔を上げた。

「……別に。」

 流石に国家機密に関することなので、キノばあさんと言えど、話すわけにはいかない。

「そうかい。まぁ、あんたくらいの年頃になると、大人には言えないことの一つや二つ、出てくるもんさ。儂もそうだった。」

「何百年前の話だよ。」

「引っぱたくよ、あんた。それにしても、その恰好でそんなことしてると、シービングキャットとは思えないね。」

「なんだよ。」

「普通の年頃の娘にしか見えないって言ってんだよ。」

 キノばあさんの言葉に、クロはまた視線を落とした。

 普通の娘、普通の生活……その為に、リーンは他の女の元へ行ってしまうのだ。

「だったらいらねぇよ。『普通』なんて……」

 クロはキノばあさんに聞こえないよう、独り言ちた。

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