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街の本屋の泥棒猫  作者: 蒼碧
Episode:泥棒猫

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59/141

Episode:泥棒猫10

原案:クズハ  見守り:蒼風 雨静  文;碧 銀魚

 二日後。

 いつもとは違い、まだ夜明けから間もない早朝のガゼボにクロとリーンの姿があった。

 クロはいつも通りの黒装束だが、リーンはいつもとは違い、質素な服を着ている。帽子も目深に被り、一見すると顔見知りでもリーンだと気付かないようないで立ちだ。

「じゃあ、この前話した手筈でいくぞ。」

「わかった。」

 若干ダルそうなクロに対し、リーンはウキウキだ。

 周りに人がいないのを確認すると、二人は城の北側の城壁へ向かった。

 クロが壁の前に置いてある岩をどけると、ぽっかりとあいた穴が出現した。

「こんなところから出入りしてたのか。」

 リーンが感心して言った。岩が置いてあった周りは茂みになっており、そもそも偽装の岩自体が城や庭からは見えないようになっている。

「絶対に言うなよ。それと、ちょっと待て。」

 クロはそう言うと、おもむろに来ている黒装束を脱ぎ始めた。

「ちょ!クロ!何っ!?」

 リーンは大慌てで叫んだが、クロはうざったそうな顔をしただけだ。

「何騒いでるんだよ。この格好だと、街を歩いてたら逆に不審だろ。着替えるだけだから、待てって言ってんだ。」

「いや、その、丸見えだって!」

「見たくないなら、あっち向いてろ。」

「いや、見たくないわけじゃなくて……いや!そういう意味でもなくて!」

「いつまで騒いでるんだよ。終わったからいくぞ。」

 クロの着替えは一瞬だった。

 見れば、クロは淡いピンク色の花柄の上着になっており、フードも外して素顔を晒している。その見た目は、普通の町娘のようである。

「クロのそんな姿、初めてみたなぁ……」

 リーンが呆然とつぶやいた。

「あ?これ?おまえのことを伏せて、街に出るって言ったら、キノばあさんがはりきって用意してくれたんだよ。何なんだろうな。」

 クロは怪訝そうしながら、穴から外に出た。


 早朝とはいえ、城の外は既に活気づいていた。

 大通りに面した店は開店の準備をしており、多くの働いていると思しき人々が、通りを行き来している。

「こんな時間から、みんな働いているのか……!」

 リーンが素直に驚いている。

「おい、あんまり大きな声で世間知らずなコメントするな。怪しまれる。」

 クロが小声でリーンを諫めた。小声でも聞こえるよう、自然と二人の距離が近くなる。

「ク、クロ。そんなにくっつかなくても。」

「だから、この距離じゃないと、小声で会話できないだろうが。あと、近くにいないと、万が一の時に対応できない。」

 クロは殆ど唇を動かさずに言った。

「わ、わかったよ。」

 リーンは頷きはしたものの、年頃の女の子が、肩が触れ合うほどの距離にいるというのは、どうにも落ち着かない。

「じゃあ、このまま大通りを進むぞ。」

 クロの先導で、二人は連れ立って歩き始める。

 その様は、事情を知らない者から見れば、若いカップルがデートでもしているようにしか見えない。

 だが。

「クロ、商店ってこんなにたくさん種類があるのか。」

「ああ。あれは魚屋、あれは肉屋。あっちは服屋で、そっちは食い物屋だ。」

「え?魚屋とか肉屋と食べ物屋って別なの?」

「魚屋とか肉屋とか八百屋は、食材をそのまま売ってるんだよ。食い物屋は、入れば料理して出してくれるんだ。その分、たくさん金をとられるけどな。」

「なるほど。あの人は何してるの?」

「あれは、今から開く魚屋に魚を運んでるんだよ。多分、漁師だろ。」

「魚屋と漁師は別なのか?」

「ああ。漁師は海に出て、魚をとってくるのが仕事。それを店で売るのが魚屋。それぞれが連携はしているけど、生計は別で立ててるんだよ。」

「じゃあ、あの肉屋で肉を運び込んでいる人も、猟に行って肉をとってきてるのか?」

「昔はそうだったけど、今は牧畜っていって、牛とか豚を育てて肉にしてるんだ。」

「えっ?育てて、殺しちゃうの?可哀そうじゃない?」

「そのおかげで、おまえら城の人間も毎日肉を食えてるんだよ。ただ、牧畜には適した土地ってのが必要で、その殆どがヴェサルにあるから、この国は食料面では厳しいんだよ。周り見ればわかるけど、肉屋は殆どなくて、魚屋ばっかりだろ。」

「確かに……俺達が肉を食べてるのって、当たり前だと思ってた。」

「まぁ、そういう土地が欲しいってのも、ヴェサルに戦争しかけた理由の一つらしいからな。」

「そうか……あっ、あれは何をしてるの?」

「ああ、あれは娼か……いや、ていうかおまえ、本当に世間知らずだな!」

「ええっ?」

 交わされている会話は教師と生徒のようで、およそカップルに似つかわしいものではなかった。


 その後、大通りをゆっくり進みながら、クロの街解説が続いた。

 リーンの質問は止まる気配がなく、日が完全に昇りきる頃には、クロのほうがすっかり参ってしまっていた。

「それじゃあさ……」

「ちょっと、ストップ。」

 クロが立ち止まり、道の端に寄って座り込んでしまった。

「クロ、大丈夫?」

「大丈夫じゃねぇよ。もう何時間も喋らされっ放しで、喉がガラガラだよ。あたしはこんなに長時間人と話すような生活してねぇんだ。」

 普段、独りでいることが殆どなので、基本的にクロは誰かと話すこと自体が少ないのだ。

「ああ、ごめん。つい楽しくて。」

 リーンは心底申し訳なさそうにしている。そんな顔をされると、こちらの罪悪感が煽られるから、厄介この上ない。

「ちょっと休憩すれば、大丈夫だよ。でも、何か飲み物はほしいな。」

 クロがそう言うと、リーンが辺りを見回した。

「あっ、じゃあ、あそこに入らない?あれも食べ物屋の一種でしょ?」

 リーンが指さしたのは、カフェだった。

「ああ、お茶するにはよさそうだな。よく見つけたな。」

「他の食べ物屋と違って、店内にグラスが多いし、紅茶の茶葉や珈琲の豆が多く置かれてるみたいだからね。そういう、飲み物メインなのかなと思ってさ。」

「おまえ、世間知らずのくせに、そういう学はあるよな。」

 クロは若干感心しながらつぶやいた。

 リーンに促されて、カフェに入ると、二人は窓際の席に座った。

 間もなく紅茶が運ばれてきて、二人はそれに口をつける。

「……やっぱり、城の紅茶ほどの風味がよくないな。」

 クロが開口一番つぶやいた。

「茶葉にもやっぱり質の違いがあるんだな。」

 リーンのほうは真剣に紅茶を見つめている。

「あたしは逆に、こういう店に入ることがないから、こんなもんの風味や味なんてわかんないはずだったけどな。数奇なもんだ。」

「そうだね。というか、王族が美味しいものを独占する道理はない。うまく、大衆にも流通できるようにしたほうがいいよね。」

「それでも、あたしら貧民街の人間には無縁だけどな。」

 クロはそう言って、もう一口紅茶を啜った。

「ところで、あたしは金とか持ってないが、この紅茶代はどうするんだ?」

 ふと、クロは思い出したかのように言った。こういう店に入ることがなさ過ぎて、失念していたのだ。

「大丈夫、大金じゃないけど、持ってきたから。今日は俺のわがままで付き合ってもらってるから、ちゃんと俺が出すよ。」

 リーンはニコリと微笑んだ。

 こういうスマートな振る舞いは、流石王族だ。

「じゃあ、遠慮なく。」

 クロがそう言って、紅茶を飲み干した、その時だった。

「きゃぁ!」

 突如、外から女性の悲鳴が聞こえてきた。

「なんだ!?」

 リーンが慌てて窓の外を見た。

 だが、対してクロはのんびり座ったままだ。

「引ったくりだろ。たまにあるんだよ。っていうか、あたしも普段やってるし。」

 外の通りで、若い女性が一人倒れ込んでいた。

 どうやら、持っていたカバンか何かを盗られたらしく、その衝撃で転んだようだ。

「助けなきゃ!」

 リーンがそのまま外に出ようとしたので、クロが慌てて止めた。

「待て!食い物屋は、金を払わないと出ちゃダメなんだよ!おまえ、無銭飲食で捕まる気か!」

「えっ、そうなの?」

「あたしが見てくるから、おまえは先に金払え!」

 クロは仕方なく女性の介抱へ向かった。


 幸い、女性に大きなケガはなかったが、盗られたカバンには所持金だけでなく、亡くなった父親の形見の品などが入っていたらしい。

「それは災難だったな。」

 事情を聴いたクロはさらっとそう言っただけだったが、リーンはそうはいかなかった。

「何を言ってるんだ!取り返さなきゃ!」

「おまえこそ何言ってるんだ。あたしはいつも、やってるほうだっての。」

 クロが呆れて言ったが、リーンは引かない。

「だったら、犯人が逃げそうな場所とか、わからないか?姿は見たんだろ?」

「まぁ、見たけど……」

 というか、知っている貧民だ。顔見知り程度だが。

「クロ、人助けだと思って、頼む!俺は見過ごせないよ!」

 リーンがあまりにしつこく懇願してくるので、クロは溜息をついた。

「あたしらの界隈では、まぁまぁルール違反なんだけどなぁ……」

「クロ、ありがとう。」

 リーンが先に礼を捻じ込んでくる。

「わかったよ。おいあんた、ここで少し待ってろ。」

 クロはリーンと女性にそう言い残し、路地裏へ走った。


 リーンが言った通り、この場所で盗みを働いた場合の逃走経路のパターンは、熟知している。大通りから入り組んだ路地裏に入り込み、憲兵などが寄り付かない、街中央の貧民街に逃げ込むのが王道だ。

 クロはその貧民街まで素早く来ると、一瞬で目的の男を見つけた。

 男はちょうどカバンを開けようとしているところだった。

「すまんな。」

 クロはそれだけ男に声をかけると、素早くカバンを掠め取った。

「なっ!?」

 男は仰天したが、その隙にクロはもう駆け出している。

 慌てて追おうとした時には、既にクロは路地裏の曲がり角の先に消えており、貧民の男には追う術はなかった。

 クロは大通りに出ると、先程のカフェの前に戻ってきた。

「ほらよ。これで間違いないか?」

 クロが女性にカバンを渡すと、女性は中身を確認し、無事とわかって泣き始めた。

「ありがとうございます……本当に、ありがとうございます……」

「礼なら、そこのお坊ちゃんに言いな。あたし一人だったら、スルーして終わりだった。」

 クロがそう言うと、女性はリーンのほうにも頭を下げて礼を言い続けた。

「当然のことをしたまでです。頭を上げてください。」

 リーンは紳士然と対応していた。


 それからは大したトラブルもなく、街の散策が再開された。

 相変わらず、リーンの質問攻めは続き、クロはわかる範囲でそれを解説し続けた。

 そうこうしているうちに日が暮れ始めた。

「そろそろ城に戻らないとやばいんじゃないか?」

 夕日を眺めながら、クロがそう言った。当然、城の人間にバレるとまずいので、適当に誤魔化してきているらしい。

「そうだなぁ、流石に日中姿を見せなくても誰も何も言われないけど、暗くなってから見当たらないとなると、騒ぎになるかもなぁ。」

「おまえ、本当に影が薄い皇太子なんだな。」

 クロがさらっと毒を吐く。

「名残惜しいけど、今日はこれで帰るとしようか。また、こうして一緒に散歩したいね。」

 リーンは爽やかな笑顔で言ったが、クロは露骨に嫌そうな顔をした。

「冗談言うなよ。こっちはおまえになんかあったらいけないから、ずっとヒヤヒヤしてて、気疲れしたっての。おまけに、質問攻めでずっと喋らされるし、引ったくりは追いかけさせられるし、もうクタクタだっての!」

 実際、クロにとってはかなりハードの一日だった。

「ごめんて。次はもうちょっと気を付けるからさ。でも、クロとしても、貴重な体験だったでしょ?」

「たった一人で皇太子の護衛なんてのは、確かに貴重だな。」

 クロが嫌味を言うと、リーンは首を横に振った。

「そうじゃなくてさ。こういう長閑で普通な一日を過ごすことなんて、普段はないでしょ?」

「引ったくりを追いかけるのが、長閑で普通だとは知らなかったな。」

 再びクロが嫌味で返す。

「それはだから、ごめんて。でも、街の人々は、休日はこうして散策したり、食事したりして、ゆっくり過ごすものなんでしょ?俺もそんな休日は過ごしたことがないし、クロもないと思ったんだ。」

「まぁ、生活のベクトルは正反対だけどな。」

 未だにふてているクロに、リーンは優しく微笑んだ。

「だから、クロと普通の一日を過ごしてみたかったんだ。」

「……」

 思わず、クロは言葉を失った。

「そうしたら、凄く楽しかった。だから、また一緒に休日を過ごそう。」

 リーンの言葉に、クロはしばらく呆然としていたが、やがて大袈裟に溜息をついた。

「……ごくたまになら、いいぞ。でも、それ以外は城内の茶会で勘弁してくれ。」

「ありがとう!」

 リーンは子供のようにはしゃぎだした。

 その様子を見て、クロは自分の甘さに、ちょっとだけ嫌気がさした。

 そして、これだけハードだったのに、自分もまたリーンと一緒に休日を過ごしたいと思っていることには、物凄く嫌気がさしていた。


 城壁の穴の前に来ると、クロは岩をどかし、リーンを中に通した。

「じゃあ、クロ。また明後日にでもガゼボでお茶会しよう。今日、聞けなかったことがまだたくさんあるから。」

「あれだけ質問攻めして、まだ訊き足りないのかよ。」

 クロが呆れて言い返すと、リーンからまた「ごめんて」という言葉と笑顔が返ってきた。

「じゃあね。」

「ああ。また明後日。」

 クロはリーンが茂みから出たのを確認すると、外に出て岩で穴を塞いだ。

「……」

 そのまま、クロはしばらく立ち尽くした。

 なんだか、得も言われぬ寂しさが、彼女の足を動かさなかった。

『だから、クロと普通の一日を過ごしてみたかったんだ。』

『そうしたら、凄く楽しかった。だから、また一緒に休日を過ごそう。』

 クロはふと、城壁の反対側にある民家の窓を見た。

 薄暗くなってきた中で佇む、まるで普通の町娘のような女の子が、そこには映っていた。そこに、シービングキャットと恐れられている、盗人の面影は何もない。

「もし、普通に人として産まれたら、こんな未来もあったのかな……あたしにも、あいつにも。」

 クロは皮肉っぽく、でもどこか寂し気につぶやいた。

 そして、そんな考えを振り払うかのように、動かない足を無理やり動かし、その場を後にした。

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