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街の本屋の泥棒猫  作者: 蒼碧
Episode:泥棒猫

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53/141

Erpsode:泥棒猫4

原案:クズハ  見守り:蒼風 雨静  文;碧 銀魚

「で、あたしは何を喋ればいいんだ?」

 彼女はいかにもうんざりした風に言った。

 現在、彼女はガゼボの中のベンチで、リーンと向かい合って座っている。結局、リーンの執拗な誘いを断り切れなかったのだ。

「そうだなぁ、とりあえず君の名前を聞かせてもらいたいな。」

 リーンはニコニコ顔で尋ねた。

「ない。」

 彼女はぶっきらぼうに言い切った。

「えっ?別に名前を隠す必要はないよ?シービングキャットだと、長ったらしく呼びにくいから、どう呼べばいいかってだけだから。」

「別に隠してない。本当に名前はないんだ。」

「そうなの!?」

 リーンは素で驚いている。

「別に貧困街では珍しいことじゃないぞ。」

「そうなのか……名前すら……」

 何か深刻な表情でリーンはつぶやき続けている。

 余程衝撃だったらしい。

「呼び方の問題だけだったら、適当に呼び名をつけていいぞ。あたしらはそうやって呼び合ってるし。」

 そう言うと、リーンはまた驚愕した。

「えっ?俺がつけていいの?」

「別に構わない。」

 リーンが腕を組んで考え始める。

「名前、名前……えっ、名前ってどうやってつければいいんだ?」

「適当でいいって。」

「猫、子猫、小さい、いや、これはその内、大きくなるか……う~ん……」

 そのまま悩むこと暫し。

「……クロ、とかでいい?」

 途轍もなく安直な名前が出てきた。

「まぁ、別にいいけど。」

 呼び名など、何でもよかったが、そのネーミングセンスはどうかと思った。

「じゃあ、クロ。君はどこでその身軽さや技術を手に入れたんだ?」

 お喋りというよりは、リーンの尋問のような体になってきた。

「別に、どこかで鍛えたとか、誰かに教わったわけじゃない。気が付いたらできるようになってたし、あたしからすれば、何で他の人間達が、あんなに愚鈍にしか動けないかがわからない。」

「う~ん……天賦の才ってやつか。リアが言ってた、人間は生まれも能力も平等じゃないってやつだなぁ。」

「人間が平等じゃないなんて、おまえとあたしの身分の差を見れば、一目瞭然だろ。」

 クロは冷たく言い放った。

 だが、リーンはその口調を気にした風はない。

「そうだよね。身分が高い家に生まれれば、努力をしなくても楽に生きていけて、貧しい家に生まれれば、どんなに努力しても、クロのように何かの才能があっても、厳しい人生しかない。それはおかしいよね、やっぱり。」

 この皇太子は、大真面目にそんなことを言っている。

 クロは他の国の皇太子など見たことはなかったが、多分こんなことを言って呻いているのは、リーンくらいだろうと思った。

「そう思うんだったら、あたしが盗みなんてしなくてもいいようにしてくれよ、皇太子様。別にあたしも好き好んでシービングキャットなんて呼ばれてるわけじゃないんだから。」

「そうしたいのは山々だけど、この国の皇太子って、国王になるまでは何の権力もないんだよ。父上はまだまだ健在だしね。」

「じゃあ、毒でも盛って、おまえが国王になれよ。」

 クロがさらっと物騒なこと言う。

「いやいやいや!実の父親だよ?そんなことできないよ。それに……」

「それに?」

「今、俺が国王になったところで、どういう政策をすれば、それを実現できるかがわからない。リアなら、うまくやれるかもしれないけど……」

 リーンは悔しそうに言った。

 その表情を見る限り、リーンは無力な自分を本気で歯痒く思っているらしい。

「おまえ、変わってるな。」

 クロがぽそりとつぶやいた。

「変わってる?何が?」

「王族とか貴族とかって、自分達が肥え太る為だけに、政治とかやってるもんだと思ってた。だから、あたしら下々の者はその割を喰って、こんな生活を強いられてるってね。」

「まぁ、現状否定はできないな。」

「だったら、やっぱりおまえは変わり者だよ。そんな奴らの中で、あたしらのことを考えるなんてさ。」

 クロの言っていることは、貧民街……延いては民衆の代弁だった。

「俺、一応皇太子だから、帝王学とか政治の勉強とかをさせられてるんだけどさ、その教科書には『王は民のことを考え、政治をしなければならない』的なことが、散々書かれてるんだよ。父上も、他の貴族も、そういうのを学んでるはずなんだけど……」

「やってみたら、実際は違ったってことじゃないの?いろんな事情で思うようにできないのか、目の前の富に目が眩んだのか、知らないけど。」

「そうなのかなぁ……」

 この辺の事情は、むしろクロにはわからないが、傍から国政を見ていると、そんな感じはする。

「まぁ、おまえが民衆のことをどうにかしたいと思うなら、せいぜい頑張って、あたしらの生活を楽にしてくれ。そうしたら、盗みなんてやめてやるから。」

 クロはそう言って立ち上がった。

「えっ?もう帰っちゃうの?」

 リーンが慌てて止めようとするが、クロは構わずガゼボを出た。

「あたしは用があるんだよ。そんなに長居できないんだ。」

「えー?もっと訊きたいことがあったのに……」

「知るか。」

 クロの態度はつれない。

「じゃあ、また明日、この時間にここに来てよ。続きを話そう。」

「はぁ?何言ってんのおまえ?」

 クロはあからさまに嫌そうにしたが、リーンはへこたれない。

「来てくれないと、城壁の整備を頼んじゃうぞ。」

「だったら、あたしはおまえの従妹を売るぞ?」

「残念ながら、君がリアを売る為には、城内に入る必要がある。つまり、城壁を整備したら、君はそのカードを使うことはできないわけだ。城の外で吹聴したところで、誰も取り合わないだろ?」

 クロは「チッ」と舌打ちした。

 この城内を通れなくなると、北と南の貧困街の行き来が、かなり面倒になる。下手をすれば、クロが食料を届けている何人かが餓死する、なんとことも考えられるのだ。

「……わかったよ。明日のこの時間に、ここに来ればいいんだろ?」

「うん。ありがとう。」

 リーンが礼を言うと同時に、クロは茂みに飛びこみ、そのまま姿を晦ました。

「やっぱり猫みたいだなぁ。」

 その様をリーンは感心しながら見送っていた。


 クロはようやく城内から脱出し、歩き慣れた路地裏で、一服ついた。

 最初は肝を冷やしたが、事態は思わぬ方向へ向かい、明日もあそこに出向かなければならなくなった。

「何なんだ、あの皇太子は……」

 クロは溜息をつきながら、空を見上げた。

 戸惑いはしたが、あんなにのんびりとお喋りをしたのは生まれて初めてだった。

 ほんの少しだが、それを楽しかったと感じた自分と……ほんの少しだが、明日またあそこでお喋りできることが楽しみになっている自分が、妙に忌々しかった。

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