Episode:泥棒猫3
原案:クズハ 見守り:蒼風 雨静 文;碧 銀魚
キノばあさんに予告した通り、彼女は昼頃南の貧民街に向かっていた。
だが、彼女の居住がある北の貧民街から南に行こうと思うと、国の中央にある城を迂回して行かなければならないので、かなり遠回りになる。
「面倒臭ぇから、今日も近道するか。」
そうつぶやいた彼女が向かったのは、城の城壁。
なんと、彼女はこういう時、城内を横切って移動しているのだ。
城は当然、周囲を塀で囲まれているのだが、目立たない場所にこっそり彼女が穴をあけてある。
普段は偽装して隠してあり、国の南北で用事がある時などにショートカットの為につかっているのだが、一年近く経った今も見付かっていない。戦費に国の財政が圧迫されて、塀の修繕を怠っているのが原因だが、この辺の政治的な理由を彼女は詳しくは知らない。
当然、見つかれば命の危険もあるのだが、万が一見つかっても、愚鈍な憲兵から逃げるのは、彼女にとっては容易い。
そして、やはりこの一年近く、見つかったことは、一度もない。
城内といっても、当然人がいる建物などは避けるので、城の外周にある庭や茂みの通っていくのだが、唯一、庭の外れにあるガゼボの傍だけは通っていかなければならない。
大体人はいないのだが、たまに身形の良い優男が座っていることはある。ただ、傍を通ってもまったく気付かないので、彼女にとっては何の障害でもなかった。
だが、今日はやらかした。
ガゼボにはいつもの優男がいたのだが、今日は珍しく、侍女が一緒にいたのだ。優男は気付かないが、この侍女も同じように鈍いとは限らない。
なので、彼女は茂みの中で身を潜ませ、一旦様子を窺うことにした。
「残念ながら私は女で、しかも傍流の末端なの。皇太子はリーンなんだから、しっかりしなさいよ。第一、親類とはいえ単なる侍女に過ぎない私が、皇太子であるあんたにタメ口をきいてる時点で、本来なら首が飛んでもおかしくないんだからね。」
「えー?だって、子供の頃からの仲じゃないか。人前ではまずいかもしれないけど、誰も見てないここなら、別にいいでしょ?」
聞こえてきた会話から、彼女は「ん?」と思った。
今の侍女の言葉からすると、あの優男は皇太子らしい。政治だのなんだのがわからない彼女でも、皇太子が次の国王候補であることくらいは知っている。
「じゃあ、そろそろ呼び出されそうだから、行ってもいい?」
「ああ、ありがとう。参考になったよ。」
「イチ侍女の意見を参考にしたなんて、外では言わないでよ。大問題になるから。」
皇太子とタメ口をきいているが、あの侍女が皇太子と同等の地位にいるわけではないらしい。つまり、これは表向きにはできない会話なのだろう。
詳細はわからないが、妙な場面に出くわしたらしい。
「……まぁ、王族の云々なんて、どうでもいいか。」
侍女が立ち去ったので、動こうとした、その時だった。
腰にさしていた短刀をうっかり落とした。
「しまった!」
慌てて拾ったが、その拍子に物音を立ててしまった。会話に集中し過ぎた。
「動くな!ここで何をしている!?」
途端に叫び声が飛んでくる。
「チッ、面倒なことになった。」
彼女は舌打ちし、覚悟を決めて立ち上がった。いざとなったら、皇太子だろうが何だろうが、ぶち殺すしかない。
「どうやって城内に入った!?」
皇太子が恫喝してくるが、貧困街の荒くれに慣れている彼女は、何ら怖くない。
「どうも何も、ここの防衛は穴だらけなんだよ。」
そう言ってやると、明らかに皇太子の表情に焦りの色が見えた。
「何者だ!名を名乗れ!」
こうなってくると、ちょっと面白くなってきた。
「あたしに名前なんかねぇよ。ただ、街の人間はシービングキャットとか呼んでるらしいけどね。」
自分がそういう名前で有名になっていることは知っている。
皇太子なんていうボンボンなら、これで十分ビビると思ったのだ。後は、手に持っている箒を適当に払って、逃げるだけでよさそうだ。
彼女はそう思った、のだが。
「シービングキャット!?君が?」
急に皇太子の顔から、警戒の色が吹き飛んだ。
予想外の反応に、彼女のほうは怪訝な表情になる。
「城内に忍び込むなんて、噂通り猫みたいだ!どうやったの?」
皇太子は前のめりになって尋ねてくる。
「……言うわけないだろ。」
彼女は警戒して答えない。
「ああ、そっか。自己紹介がまだだったね。俺はリーン・フロー。この国の国王、キング・フローの息子だ。」
「……あのなぁ、あたしがヴェサルの手の者だったら、とっくにおまえ、殺されてるぞ。」
あまりの警戒心のなさに、彼女は呆れて言った。
「えっ?君はヴェサル王国の人なのか?」
「いや、違うけど。」
どうにも、この皇太子、リーン相手だと調子が狂う。
「そうだよね。君ほどの身体能力があれば、俺はもうとっくに殺されてるはずだもんね。でも、殺されてないっていうことは、君は俺に敵意はないっていうことだ。」
「……」
確かに、向こうから攻撃してこない限りは、害するつもりはなかったが、こうもあからさまに友好的な態度でこられると、それはそれでやりにくい。
彼女はこれ以上のやり取りは無用と判断して、その場を立ち去ることにした。
「あっ、待ってくれよ!せっかくだから、もう少し話さない?」
だが、無言で踵を返そうとすると、またリーンが呼び止めてきた。
「あのなぁ、あんたと話して、あたしに何の得があるんだよ。」
彼女がそう言うと、リーンは生真面目な顔で悩み始めた。
「えっ、得?得かぁ……」
そのまま10秒。
「そうだ!じゃあ、俺の話し相手になってくれるなら、塀の整備を命じないようにしてあげる。これでどう?」
「塀の整備?」
リーンがなんだか妙な提案をしてきた。
「ここに忍び込んできてるってことは、塀のどこかに出入りできる場所があるんでしょ?俺が塀の整備を命じれば、そこは発見されて、君はここを通れなくなる。でも現状、誰かがわざわざ命じなければ、塀の整備なんてされないから、君はこれまで通りここを出入りできる。わざわざ、捕まるリスクを冒してまで、ここを通ってるってことは、何か必要性があってのことなんだろ?」
流石に皇太子だけあって、リーンは単なるバカではないらしい。ただ、鋭い部分と鈍感な部分のベクトルが、貧民街育ちの彼女と違い過ぎる。
「あたしがここに留まってる間に、誰か呼ぶつもりなんじゃないか?あんたら城の人間は、あたしを捕らえたくて仕方ないはずだろ。」
「まぁ、父上とか、政治をやってる人達はね。現状、俺にはあんまり関係ないことだよ。」
「信用できるか。」
彼女は面倒臭くなってきて、早くこの場を立ち去りたくなった。
「そっか……じゃあ、君はリアのことを人質にすればいい。これでどう?」
リーンの口から、急に物騒な言葉が出てきた。
「リア?人質?」
流石に彼女はキョトンとした。
「さっき、俺と侍女がここで会話してたのを聞いてたでしょ?あの侍女がリア。俺の従妹なんだけど、身分的には俺の方がずっと上だから、本来きちんと敬語で口を利かなきゃならない。でも、子供の頃からの仲だから、二人きりの時は、未だにああやってタメ口で話してるんだ。」
「それがどうした?」
「もし君が、城の誰かにそれを話したら、リアの首は間違いなく飛ぶ。だから、俺は君を城の人間に突き出すことはできない。これで、君の身の安全は保障されるわけだ。」
とんでもない提案に、彼女は唖然とした。やはりそれなりに頭がいいようだが、出てくる発想が、庶民とは違い過ぎる。
「おまえ、そんなに大事な従妹を、自分から人質として差し出すのか……?」
「お願い!それくらい、俺は君と話してみたいんだよ!」
リーンはその場で頭を下げて懇願してきた。彼女の身分で、この国の皇太子に頭を下げられるなど、本来は天地がひっくり返ってもないことだ。
「……王族ってやつは、やっぱり人でなしだな。」
彼女は溜息をついた。




