Episode:泥棒猫2
原案:クズハ 見守り:蒼風 雨静 文;碧 銀魚
オブスタクル王国は建国から既に100年以上経つ、名国の一つである。
代々フロー一族が王族として国を治め、国の中央に建つ立派な城が、彼らの居住地となっている。
国は城を中心に放射線状に広がっており、西側から南側にかけては海に面している。ここでは漁業が盛んに行われており、オブスタクル王国を支える食料源となっている。
一方で、北側から東側にかけては、ヴェサル王国が面しているのだが、この国とは、長年戦争状態にある。
山地や肥沃な農耕地がヴェサル王国の領内にあり、海産一辺倒のオブスタクル王国としては、この土地を手に入れることが、国力増強の為の悲願となっている。ヴェサル王国としても、海産は大きな魅力であり、互いに資源を手に入れるべく、侵略戦争を繰り広げているのだ。
だが、長年に及ぶ戦争は両国とも疲弊させ、また国民の数も減り続けた為、十年前に停戦協定が交わされ、現在に至っている。
そのオブスタクル王国だが、国の膨張の反動と戦争の影響で、数十年前から貧困街が数か所できている。貧困街の増加は、国内でも犯罪の増加と比例しており、国王も問題視はしているものの、それを解消する為の抜本的な対策を見出すことはできず、放置されてしまっているのが現状だ。
そんな中、一年ほど前から国内の各所に出没するようになったのが、シービングキャットと呼ばれる盗人である。
黒い衣装に身を包んだ、やや小柄な体躯の盗人で、異常に身が軽く、盗みを働くとすぐさま建物や塀に登って姿を晦ますのが特徴だ。その動きが宛ら猫のようであり、いつしか人々にシービングキャットと呼ばれるようになっていったのだ。
また、このシービングキャットは商店や家に押し入ることはなく、比較的裕福な人間が買い物したところを狙って盗みを働くのも大きな特徴である。貧富の差が大きくなっているこの国において、その義賊のような盗み方が話題になり、一部で持て囃されている。
当然、国側や富裕層には忌み嫌われており、賞金首となっているが、住居が不定らしく、姿を現しても一瞬で消える為、誰も捕らえられない状況が続いている。
城の広大な庭の一角にガゼボがある。
その中のベンチで、若い男性と、同じく若い女性が向かい合って腰を下ろしていた。
「今日もシービングキャットが出たのか。」
報告を受けて、憂鬱そうにつぶやいた男性は、リーン・フローという。
リーンはオブスタクル王国の国王キング・フロー五世の息子であり、現在第一皇太子という立場の人物である。
「一部の国民の間では、英雄視されつつあるわ。国を転覆させるほどの何かになるとは思えないけど、ヴェサル王国との状況を考えると、あまりいいことはないかもね。」
そう説明したのは、向かいに座る若い女性だった。
彼女は侍女の姿をしており、名をリア・フローという。彼女はリーンの従妹に当たる人物で、傍系の女子ということもあり、城内で侍女をしている。
「父上や大臣達は問題視してるみたいだけど……俺は一度会ってみたかも。」
「絶対ダメ。危険過ぎるから。」
リアはぴしゃりと言った。
「そんなぁ……まぁ、確かに、盗人だから、野放しはよくないかもしれないけど、一応、自分なりのルールで盗みをやってるっぽいから、話せばわかるかもしれないのに……」
「一国の皇太子が、神出鬼没の盗賊と会うなんて、絶対ダメに決まってるでしょ。」
「えー、一度でいいから、会いたいんだけどなぁ……」
ここ数か月、リーンはずっとこの調子だ。
どうも、この世間知らずの皇太子は、シービングキャットを英雄かヒーローのように勘違いしている節がある。
わがままを言うその様は、幼い男の子がヒーローに憧れているのとそんなに変わらない。
リアにとっては、ちょっとした頭痛の種だ。
「前から言ってるけど、シービングキャットはあくまで盗人、罪人なの。変に英雄視したりしないの。」
「う~ん、みんなそう言うんだよなぁ……父上も貴族達も、シービングキャットを捕らえるのに必死だけど……これについては、リアはどう思う?」
リーンが首を傾げながら尋ねた。
「シービングキャットを捕らえることも重要だけど、それより大事なのは、そういう存在を生み出す温床となっている貧困街をなくすことね。でないと、シービングキャットを捕らえたところで、第二第三の同様の存在が出てくるだけ。」
リアは淀みなく答えた。
「貧困街をなくす、か……憲兵も、貧困街での犯罪の取り締まりは、やってるらしいけど。」
「それを繰り返したところで、改善にはならないわよ。貧困街っていうのは、政治の不備から生まれる結果に過ぎない。それを根本的に変えない限りは、いくら取り締まっても、解決しないわよ。」
「そっか……具体的にはどうすればいいんだろ。」
「根本原因は、国のお金を福祉に回してないこと。現状、停戦状態とはいえ、ヴェサル王国との戦費にかなりの予算が割かれているから、それで支援が必要な貧困層にお金が回ってないのよ。」
「貧困層への支援?」
「残念ながら、人間は生まれも能力も平等じゃない。だから、働いて生活費を稼ぐ、という経済活動が難しい人は一定数必ずいるの。そういう人達の生活を支援して、人並みの生活をさせてあげられれば、貧困街なんてできないし、犯罪が多発したり、治安が悪化したりしない。現状のままだと、シービングキャットみたいな存在に、国の内側から荒らされかねないわ。」
リアの意見に、リーンは頭を抱えた。
「つまり、戦争をやめて、国民にお金を使うようにしないとダメってことか。」
「そういうこと。まぁ、今の国王の政治力だと、戦費を抑えるのは無理だろうけど。」
「そうだよなぁ……」
リーンは困り顔で天を仰いだ。
「リアはやっぱり凄いな。俺よりよっぽど世間のいろんなことがわかってる。俺よりずっと政治に向いてるだろうに。」
リーンがそう言うと、リアは大袈裟に溜息をついてみせた。
「残念ながら私は女で、しかも傍流の末端なの。皇太子はリーンなんだから、しっかりしなさいよ。第一、親類とはいえ単なる侍女に過ぎない私が、皇太子であるあんたにタメ口をきいてる時点で、本来なら首が飛んでもおかしくないんだからね。」
「えー?だって、子供の頃からの仲じゃないか。人前ではまずいかもしれないけど、誰も見てないここなら、別にいいでしょ?」
このガゼボは城内でも端の方に位置しており、周辺は庭しかないので、殆ど人通りはない。
「まぁ、いいけどさぁ……」
リアは小さく溜息をついた。
皇太子であるリーンは、王家の跡継ぎである為、城の中で厳重に管理されて育ってきた。
その為、かなりの世間知らずであり、国王となる為の勉強はしている、民衆生活の肌感といったものは、一切わからない。
恐らく、街に放り出したら、買い物一つできないだろう。
対して、リアは女子として生まれた時点で、王位継承権はなかったので、侍女として、王族と民衆の狭間で生きてきた。その為、両方への了見と見識が深く、たまにこうして、リーンにせがまれて、雑談をしているのだ。
尤も、困るのはリーンにとっては未だにリアは気安く話せる仲のいい従妹であり、身分の差を考えずにこうして接してくることだ。
子供の時はそれでよかったが、互いに十八歳を超えた今となっては、かなりリスキーな行為である。
「じゃあ、そろそろ呼び出されそうだから、行ってもいい?」
リアがそう言うと、ベンチから立ち上がった。
「ああ、ありがとう。参考になったよ。」
「イチ侍女の意見を参考にしたなんて、外では言わないでよ。大問題になるから。」
リアはそう釘を刺すと、スッとカーテシーをした。
「それではリーン様、失礼致します。」
途端に余所行きの態度に改め、リアは立ち去っていった。
「俺への態度なんて、そんなに気にする必要があるのかなぁ……」
リーンがつぶやいた、その時だった。
庭の外れの茂みから、何やら物音がした。
「ん?何か動物でも迷い込んだか?」
リーンはそちらに目を遣って、瞬時に体が凍った。
そこにいたのは、黒装束の人影だったのだ。
慌てて、ガゼボの中に置いてあった箒を手に取ると、リーンは茂みのほうに向けた。
「動くな!ここで何をしている!?」
リーンは武芸はからっきしであったが、今周りに部下や憲兵はいない。逃げても、人がいるところまではかなりの距離があるし、逃げ切れない公算が高い。
となると、闘うしかない。
茂みの中の人影は、小さく舌打ちをすると、ゆっくりと立ち上がり、茂みから出てきた。
まだ子供と見紛うばかりの小柄で痩せた体躯に、全身黒の装束、腰には短刀も見える。
「どうやって城内に入った!?」
リーンは精一杯威圧的に問い質したが、相手は不敵な笑みを浮かべてきた。
「どうも何も、ここの防衛は穴だらけなんだよ。」
リーンの額に汗が浮かぶ。
「何者だ!名を名乗れ!」
相手はリーンの威嚇を鼻で笑うと、まっすぐにその目を見据えてきた。
「あたしに名前なんかねぇよ。ただ、街の人間はシービングキャットとか呼んでるらしいけどね。」
その相手、シービングキャットはニヤリと笑った。




