Side:人45
原案:クズハ 見守り:蒼風 雨静 文;碧 銀魚
「修一君、領収書に押す判子って、どれ使えばいいの?」
レジで接客をしていた莉愛が、バックルームにいる修一に声をかけた。
「えっ、何だって?」
「だから、は・ん・こ!」
莉愛がもう一度叫ぶと、二階から結花が降りてきた。
「領収書に押す判子は、右の引き出しのやつだよ。」
「あー!結花ちゃんはいいの!上でゆっくりしててよ!階段で滑ったりしたら、大変なんだから!」
莉愛が慌ててバックルームまで走ってきた。
仕方なく、修一がレジへ走り、領収書に判子を押して、客に渡した。
「すみません、お待たせしました。」
領収書を受け取った客は、上品な感じの老女だった。
「可愛らしい奥さんなのかと思ったら、違ったのね。あちらが本当の奥さんかしら?」
どうやら、ここには初めて来た客らしい。
「ええ、今レジにいたのは、従妹です。妻が身重で、力仕事ができないので、ピンチヒッターで来てもらってるんですよ。」
修一が説明すると、老女はにこやかに笑った。
「あら、それはおめでたいわね。もうすぐなの?」
「予定日は来月ですね。」
「そうなの。大変だと思うけど、がんばってね。」
「ありがとうございます。」
老女はニコニコ顔のまま、店から出ていった。
結婚してから……即ちクロが亡くなってから、もうすぐ一年になる。
半年ほど前に結花の妊娠がわかり、それ以降、荷物が多い日などは、莉愛が再び手伝いに来てくれるようになった。
現在、結花がしているのは一部の事務作業のみとなっており、実質修一が一人で店を回している。
結婚したことで、結花の苗字は河瀬となったのだが、店の名前は御船書房のままにしている。
創業者の名前を大事にしたかったのと、結花が御船でなくなったことで、御船家を名乗る人がいなくなったので、せめて店の名前だけでも残したかったからだ。
クロがいなくなったことで、客足が懸念されたが、特に落ち込むことはなく、常連も変わらず店を訪れてくれている。
そこで、いつまでもクロのことを忘れないよう、ブックカバーにデフォルメされたクロの絵を印刷し、ホームページやSNSのバナーにもその絵を載せて、御船書房のトレードマークにしている。
御船書房の名にちなんで、船に乗っている黒猫の絵は、秋月の本のイラスト担当しているイラストレーターが描いてくれたものだ。結婚式でスライドが好評だったのが嬉しかったらしく、快く受けてくれた。
この一年、莉愛の目論見通り、御船書房縁のクリエイターが次々と商業デビューし、その都度サイン会を企画していた。いずれも好評で、ここまでで小説家が三名、イラストレーターが一名、サイン会をしてくれている。
また、秋月も新刊が出るたびにサイン会を御船書房でやっており、先日三回目が無事に終わったところだ。
こうして、御船書房はクロがいなくなった後も、恙なく回り続けており、修一と結花の生活を支え続けてくれている。
修一には、未だクロが二人のことを守ってくれているように感じられた。
「あー、今日も疲れた。」
修一は閉店作業を終えると、二階へ上がった。
リビングには、先に上がった莉愛が待機しており、夕飯の支度が既に整っていた。
「今日もお疲れ様。ごめんね、ムリさせっ放しで。」
結花が御飯茶碗を出しながら言うと、莉愛が大袈裟に手を横に振った。
「旦那なんて、こうやってこき使うくらいが丁度いいって!どうせ、仕事休ませて、家においておいたって、修一君はそんなに役に立たないでしょ。」
「おまえなぁ……」
莉愛の暴言に、修一は若干不愉快そうな表情を浮かべた。
「ははは。クロちゃんが聞いたら、多分怒ってたよ。」
結花はそう言って、リビングの一角に目を遣った。
釣られて、修一もそちらを見る。
かつて、クロの猫ベッドが置いてあった位置に、クロの遺骨と遺影が置いてあった。
最後までクロが愛用していた餌皿には、水も入れてある。これはクロを飼い始めた最初の頃に修一が買ったものだ。
結局あの時、修一が闇雲に買ったものの中で、最後まで使っていたのはこの皿だけだった。
「まぁ、クロ公とやりあえなくなったのは、本当に張り合いなくなったね。修一君をバカにしたりすると、必ず立てついてきたからなぁ、あいつ。日本語理解してるのかと思ったこともあったよ。」
莉愛が懐かしそうにつぶやいた。
「そうだね。修一さんのことは、本当に大事だったんだと思うよ。」
結花も笑いながら頷いた。
「そうだな。」
修一は小さく頷き、夕食を食べ始めた。
莉愛は夕食後帰っていき、身重の結花は、先に寝室へ行った。
修一は風呂から上がると、何気なくクロの遺骨と遺影の前に座った。
「……もうすぐ一年か。クロと過ごしてた日々は、もう遠い昔みたいに感じるけど、そんなもんなんだよな。」
修一は生前のように、遺骨が入った骨壺を、優しく撫でた。
「大切……か。そうだな、俺を誰よりも……下手したら結花さんより大事に想ってくれてたのは、クロだったかもな。」
修一は微笑んだ。
「俺は幸せ者だよ、クロ。」
「みゃん」
一瞬、猫の鳴き声が聞こえた気がして、修一は辺りを見回した。
だが、当然周りには猫などいない。
しばらく怪訝な顔をしていた修一だったが、やがて微笑むとその場から立ち上がった。
「おやすみ、クロ。」
修一は一言声をかけて、リビングを後にした。
これにて第1章『Side:人』は完結となります。
ここまで読んで頂いて、本当にありがとうございます。思った以上にPVがついていて、毎日喜びながら過ごしています。
もし、少しでも面白いと思ってもらえたら、★評価してもらえると、嬉しいです。
引き続き第2章が始まりますので、ブクマなんかもしてもらえると、凄く嬉しい。
お時間が許されるのであれば、第2章もお付き合い頂けると光栄です。




