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街の本屋の泥棒猫  作者: 蒼碧
Side:人

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Side:人39

原案:クズハ  見守り:蒼風 雨静  文;碧 銀魚

 秋月の『泥棒猫』は、10月20日発売が決定し、御船書房でのイベントも、同日15時から開催となった。

 梅雨が過ぎる頃になると、イベントの準備が本格化し、結花がそちらに手を取られることが多くなった。必然的に、修一が店の基本業務をすることが増え、完全に莉愛と結花がイベント担当、普段の実務は修一が担当となっていた。

 そうして、慌ただしく時間は過ぎ、気が付けばイベント開催3日前となっていた。

「こんにちはぁ。」

 修一がいつものようにレジで店番をしていると、客の一人に声をかけられた。

「はい、何かお探しですか?」

 修一がいつもの接客で対応する。相手はやけに間延びした、くせのある話し方の女性だ。

「御船結花さんいますぅ?三日後のイベントの件でぇ、伺ったのですがぁ。」

 そう言われて、修一はようやくピンときた。

 そこはかとなく、見覚えがあると思っていたが、この女性はこの前から話題になっている秋月だ。

「ああ、すみません。今、昼休憩中なので、呼んできます。」

 修一が慌てて結花を呼びに行こうとしたが、秋月は手を横に振って、それをやんわり断った。

「ああ、いいですよぉ。しばらくこの子を撫でて、待ってますのでぇ。RIAさんも、もうすぐ来るそうなのでぇ。」

 秋月はゆったりとした仕草で、レジ横にいたクロを撫で始めた。クロはいつものように愛嬌を振り撒くことはしないが、抵抗することもなく無反応で撫でられている。修一としては、初めて見る反応だった。

「大人しい子ですねぇ。」

 秋月が撫でながらつぶやいた。

「いつもは、もうちょっと色々してくれるんですけどね。」

「そうですかぁ。」

 その後、秋月は店内をフラフラと彷徨いながら、本を見たり、雑誌を見たり、なぜか天井を見上げたりしていた。その動きに音がなく、目を逸らすと気配も感じられないので、なんだか幽霊のようだなと、修一は思った。

 しばらくすると、結花が休憩を終えて出てきて、間もなく莉愛も到着したので、修一は売場をそちらに任せて、休憩に入った。

 しばらく、バックルームで様子を伺っていたが、三人はキャッキャと笑い合いながら、イベントの段取りをしている。その様は、女子大生が楽しそうに女子会をしているようにも見える。

「あれが大きな利益を齎すんだから、凄いよなぁ……」

「みゃー」

 いつの間にか、バックルームに来ていたクロが、相槌を打って、二階に上がっていった。


 3日後、イベント当日、秋月と莉愛は朝の6時から御船書房にやってきていた。

 本の入荷は当日の朝なので、ここからイベントが始まる15時までの間に、準備をしてしまわなければならない。冊数は丸山の活躍のおかげで、100冊を確保しており、これを通常の荷物と共に処理しなければならないのは、意外と大変である。

 ちなみに、秋月はもう少し遅い時間に来てもらってもよかったのだが、自分の本が並ぶ様子を早く見たいとのことで、この時間からやってきたらしい。

 この手の作業は修一がメインになるので、手早く荷物を開けて、『泥棒猫』を仕分け、店内の一角に作ったイベントスペースに持って行く。

 そこから先は結花と莉愛に任せ、修一は通常の荷物を検品して出していく。

 その一連の様子を、秋月はなぜかクロを抱っこしながら見ていた。

「俺達の作業、見てて面白いですか?」

 ふと、修一が秋月に尋ねると、秋月は珍しく笑みを浮かべた。

「面白いですねぇ。こうやって、私達が書いた本がお店に並べられているんだなぁってぇ。普段、私達はこういう現場を見ることはないので、ねぇ。」

 秋月は独特の間延びした言い方でコメントした。

「確かに、書き手は見ることはあまりないですよね。」

「こうやってぇ、私達が書いた本を、たくさんの人が売る為の努力をしてくれてるっていうのはぁ、嬉しいですよねぇ。感動ぉ、感動ぉ。」

 あまり表情に表れていないが、感動はしているらしい。

「まぁ、もちろん俺達も生活の為、というのはありますよ。そこは持ちつ持たれつです。」

 修一がそう付け加えると、秋月が不意に修一のほうを見た。

「あなたはぁ、ここで働いてるようですけどぉ、御船さんとは何かあるんですかぁ?」

 結構、凄い質問の仕方である。

「何かというか……一応、婚約者です。1年後に結婚する予定なんです。」

 そう言うと、秋月は何かが合点いったような顔をした。

「なるほどぉ。いい人みたいですもんねぇ。筋は押さえてて、綺麗事言わない。なるほどぉ、なるほどぉ……いい人だからぁ、今夜イベントが終わったらぁ、ホテルでもどうですかぁ?」

「あの、今の話、聞いてました?」

 修一が度肝を抜かれて尋ねると、秋月はヒヒヒと、ちょっと変わった笑い声をあげた。

 どうにも、秋月の変人ぶりは、修一の手には負えない代物らしい。


 その後、丸山が到着し、昼過ぎにはイベントの準備が整った。

 形式は前回の料理本の時と同じく、まずレジ前に平積みにしてある本を購入してもらい、入口右手に特設したコーナーで秋月がサインを書いて、ファンと交流するという流れにした。

 一応、ホームページ等で先着百名である旨と、プレゼントは手紙のみという内容の告知はされているのだが、秋月曰く、

「自分の読者はインドア派が殆どだから、わざわざ来ないんじゃないかなぁ?」

 とのことだった。

 ところが、である。

「なんか、入口に人が結構集まり始めたんですけど。」

 修一が外の様子を伺いながら、結花に報告した。

 開始一時間前には、既に10人以上のファンらしき人が集まり始めていた。

 急遽、丸山が人員整理をして、通行の邪魔にならないように、商店街側に三角コーンとテープを使って列を作るよう促した。

 おかげで、商店街の他の店の店主や店員が、何事かと見に来ている。

「これは、秋月さんの予想が外れましたね。」

 結花がそうつぶやくと、丸山がバックルームで控えている秋月に何やら交渉を始めた。

「秋月先生、もう20回、サインする回数を増やしてもらっても、大丈夫ですか?」

 秋月は手をプラプラさせた。

「腱鞘炎になったらぁ、治療費出してくれるなら、いいですよぉ。」

「了解しました!」

 丸山はすぐさまどこかに電話を始めた。

「御船さん、後輩に追加で20冊持ってきてもらうんで、宜しくです!」

 一応、客が上振れした時の為に、準備はしてあったらしい。

「秋月さんの腱鞘炎は、気にされないんですね。」

 結花は苦笑いを浮かべた。


 そうして、イベントは開始された。

 丸山が列を整理してくれていたおかげで、大きな混乱はなく、サイン会は順調に進んだ。

 秋月だけでなく、莉愛とクロに会いに来たファンも多く、秋月の友人としてファンによく認知されているのが窺われた。

 また、中には結花のことを知っている人もおり、3人まとめて交流している感じになっていた。

「なんか、3人組アイドルとマスコット猫の握手会みたいになってますね。」

「そうですね~」

 ひたすらレジ作業をしている男性陣が、数メートル離れた会場を見ながらそんなことをぼやいていた。


 結局、当初の100冊に追加した20冊は全て完売し、サイン本を手にできなかったファン数人には、秋月が色紙にサインをして渡すこととなった。

 時間も予定より大幅に超過し、ようやく全てのファンが帰ったのは、閉店時間の30分前だった。

「秋月さん、お疲れ様でした。手、大丈夫?」

 結花が尋ねると、秋月は両手をプランと翳した。

「こんな感じぃ。」

 その手が、小刻みに痙攣していた。

「うわっ、悲惨!」

 莉愛が横から秋月の手を掴み、掌や手首を揉み解す。リアルに腱鞘炎が心配される状況だった。

「でもぉ、初めて読者に会えてよかったよぉ。今までぇ、文字で応援とかはいっぱいもらってたけどぉ、やっぱり直に会うとまた違うよねぇ。」

 秋月は嬉しそうに言った。

 修一は、本が売れたことも嬉しかったが、それ以上にこうして作者も読者も喜んでくれたことが何より嬉しかった。それは結花や莉愛も同様らしく、秋月の言葉に軽く涙を流している。

「これからも、こうやって作家と読者を結びつけることができる書店にしていけるといいですね。」

「そうですね。」

 修一の言葉に結花は涙を流しながら頷いた。

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