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街の本屋の泥棒猫  作者: 蒼碧
Side:人
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Side:人3

原案:クズハ  見守り:蒼風 雨静  文;碧 銀魚

 翌日、修一は仕事を辞めて以来、二週間ぶりに顔を洗って気合を入れた。

「今日こそ、どうにかするからな。待ってろよ、クロ。」

「みゃー」

 高々、ホームセンターに買い物に行くだけなのに、修一は高らかに宣言して家を出た。


 開店と同時にホームセンターに駆け込み、ペットフードのコーナーへ直行。

 膨大な種類の餌をスマホで一つ一つ調べ、内容がどうなのか、レビューはどうなのか、原材料や添加物はどうなのか、全てチェックしていく。

 だが。

「……全部オススメとしか書いてない。」

 基本的にネットの情報は、メーカーの公式サイトか、通販サイトのページが殆どなので、どれもこれもいいことしか書いてない。レビューにはよくないことも書いてあるのだが、根拠がなさそうなものも多く、やはりあてにしていいのか、わからない。

 結局、棚の三分の一ほど調べたところで、断念した。

「ネットはあてにならないか……」

 修一は一旦、ホームセンターを後にした。


 駅前の商店街の入り口に、小さな書店がある。

 御船書房という大仰な名前だが、店舗自体はコンビニより一回り狭いくらいの、いわゆる街の本屋だ。

 以前、資格関係のテキストを買う為に一度行ったことがあったが、老齢の男性がレジで一人だけいる、個人経営っぽい店だった。

 修一はそこに駆け込むと、ペットコーナーに向かった。

 どうにも、ネットの情報は量が多い割にブレが多いので、きちんと猫の飼い方の本を買おうと考えたのだ。いちいち、スマホで検索をかけるのが、面倒になってきたというのもある。

「あった!」

 小さい書店なので、不安だったのだが、三冊ほど置いてあった。

 修一はその中から、『はじめての猫の飼い方』という、初心者向けっぽいものを選んだ。

 すぐさま、レジに持って行く。

「1365円になります。」

「えっ!?」

 予想より高かった。

 普段、漫画すら買わないので、本の相場がわかっていなかった。

 財布を見ると、ギリギリ足りたが、肝心の餌を買う分がなくなってしまう。一回、家に帰らなければならない。

 自分のグダグダさ加減に、ちょっと嫌気がさした。

「あの、猫を飼っているんですか?」

 レジの前でうだうだしていると、店員が話しかけてきた。

 それで初めて、目の前の店員が若い女性だと気付いた。

 以前いた、老齢の男性ではない。

「あっ、はい、えっと、はい……」

 女性と喋ること自体は、職場で普通にしていたのだが、なぜかどもってしまった。

「初めて飼うんですか?」

 本のタイトルを見て、店員が訊いてきた。

「は、はい、ちょっと、成り行きで……ただ、初めてなので、何すればいいのか、全然わからなくて、でも、早くちゃんとしないと、死んじゃうから……」

 初対面の店員相手に、何を言っているのかと思ったが、思わず喋ってしまうほど、修一は追い詰められていたらしい。

「そうなんですね。犬や猫でも、飼い始めは用意するものも多くて、大変ですからね。ブックカバーはお付けしますか?」

 店員は手慣れた様子でレジを操作している。

「あっ、はい、一応、お願いします。」

「わかりました。ウチでも昔、猫を飼ってたんですよ。」

「えっ!?飼ったことあるんですか!?」

 急に叫んだ修一の声に、店員は驚いてブックカバーを巻く手を止めた。

「ええ、今はもう虹の橋を渡りましたけど。」

 一瞬、逡巡したが、修一はその場でバッと頭を下げた。

「お願いします!猫の飼い方、教えて下さい!!」

「はぁ……」

 店員は半ば呆然としていた。


「あの、お願いしておいて、こう言うのもアレですけど、お店閉めちゃっていいんですか?」

 修一が恐る恐る尋ねると、テキパキとシャッターを閉めている店員がニコリと微笑んだ。

「ええ。今日は日曜なので、お客さんも殆ど来ません。」

 駅前の書店は、日曜日は客が少ないと初めて知った。ついでに、今日が日曜だと、今気付いた。

 店員は予想に反して、修一の突飛なお願いを承諾してくれた。

 状況を説明したところ、わざわざ店を閉めてまで、付き合ってくれるらしい。

「本当にすみません、えっと、」

「あっ、名前ですか?御船結花といいます。」

 結花はシャッターに『昼休み中』の貼り紙をすると、自己紹介してくれた。

「俺は河瀬修一といいます。すみませんが、宜しくお願いします。」

 修一は深々と頭を下げた。


「河瀬さん、カートとカゴをお願いします。」

 ホームセンターに着くなり、結花が修一に指示を出した。

「は、はい。」

 慌てて、入口付近のカートにカゴを乗せて持ってきた。

 思えば、実家を出てから、このカートを使ったことはなかった。

 結花は迷うことなくペットコーナーへ進むと、大量にキャットフードが置かれた棚の前に立った。

「まだ、子猫なんですよね?目は開いてますか?」

「えっと、はい。」

「歩いたりとかは?」

「えっと、普通に歩き回ってますね。」

「歯は生え揃ってます?」

「多分、歯は生えてますね。」

「では、昨日、買った餌は食べました?」

「どちらも、一口だけ……」

「じゃあ、生後二か月以上は経ってるかな。子猫用のウェットフードなら無難ですね。」

 結花は殆ど迷うことなく、棚から袋状のものを手に取り、カートのカゴにいくつか放り込んだ。

 あれだけ苦戦した餌選びを、呆気なくクリアされてしまし、修一は謎の驚愕に包まれた。

「次は、トイレですね。」

「えっ?」

 餌だけ買って帰るつもりだった修一は、素っ頓狂な返答をしてしまった。

 結花は構わず、ずんずん進むと、トイレのコーナーに来た。

「昨日、どれを買いましたか?」

「えーっと、これですね。」

 修一が指さすと、結花は首を傾げた。

「うーん、敷居部分が高いかな……こっちの方がいいかもしれませんね。」

 結花は昨日のものより、一回り小さいものを手に取り、カゴに入れる。

「猫砂はどれを?」

「えっ、えっと、これです。」

「猫ちゃんが気に入らない可能性もあるので、一応、他の種類も買っておきましょうか。」

 結花は四種類ほど、カートに入れていく。

「気に入らないとか、あるんですか?」

「ええ、猫って好き嫌いがはっきりしてるので、その猫ちゃんが好みを把握していかなきゃならないんです。嫌いなものだと、絶対に使ってくれません。なので、全部試してみましょう。」

 猫は気難しいとネットに書いてあったが、具体的にはこういうことらしい。

「あとは、猫用のシャンプーと……」

「はい。」

「消臭剤は必須ですね。」

「はい。」

「爪とぎも買っておいた方がいいですね。」

「はい。」

 信じられないくらい、テキパキと用品を選んでいく結花に、修一は頷きながらついていくしかなかった。


「8579円になります。」

 レジでそう告げられて、修一は致命的なミスに気付いた。

「金がない……!」

 結花の書店で本を買って、財布の中身はほぼ使い果たしたのを忘れていた。

「大丈夫ですよ。私が立て替えますから。」

 結花はさらっと言うと、レジを済ませていく。

「……すみません……」

 修一は恥ずかしいやら情けないやらで、顔を上げることができなかった。

 流石に荷物くらいは率先して持ったが、これほど自分を不甲斐なく思った一日は、未だかつてなかった。

「とりあえず、私の独断と偏見で見繕いましたけど、よかったですか?」

 結花が尋ねると、修一はうんうんと頷いた。

「大丈夫です、ありがとうございます。俺一人じゃ、全然わかりませんでした。」

「設置の仕方とか、使い方とかは、大丈夫ですか?」

「えっ……」

 修一は言葉に詰まった。

 買ってもらいはしたが、正直、使い方がわからないものが、殆どだ。

 だが、初対面の若い女性に、これ以上頼っていいのか。

 だが、使い方はわからない。

 だが。

「本っ当にすみませんが、家まで来てもらえないでしょうか!」

 まさか、こんな形で、初対面の女性を自宅に来てもらうよう、お願いするとは、修一は思っていなかった。


 家に着いた頃には、日が落ちかけていた。

「ど、どうぞ。」

「お邪魔します。」

 懇願した甲斐あって、結花は修一の家までついてきてくれた。

 昨日、猫の用品をセットする時に、クロが歩きやすいようにと、ついでに部屋を掃除したのが幸いだった。

 二人が中に入ると、座布団で丸まっていたクロが、嬉しそうに駆け寄ってきた。

 だが、結花の姿を認めると、ピタリと止まった。

「初めまして。この子、お名前は決めてます?」

 そういえば、修一はまだ名前を伝えていなかった。

「あっ、クロって名前をつけてます。一応。」

「そっか。初めまして、クロちゃん。」

 結花は屈むと、クロの鼻先に人差し指を近付けた。

 クロは指先を若干警戒しながら、指先をくんくんと嗅ぐ。

「それ、何か意味があるんですか?」

「ええ。猫は鼻先に何かを近付けると、無意識に嗅ぐ習性があるんですよ。それを利用して、私の匂いを嗅いでもらって、安心してもらうんですよ。」

 途端に、クロは眉間にシワを寄せた。

 そのまま、すすす……後ずさっていく。

「あの、安心してます?」

「あれぇ?」

 結花は首を傾げる。

 今度は修一がやってみると、同じく匂いを嗅ぎに来る。

 そのまま、手に頭をスリスリし始めた。

「凄く懐いてますね、クロちゃん。」

 確かに、結花の時とは、えらい反応の違いだ。

 とりあえず、持ったままだった荷物を下ろす為、修一がリビングの方に進むと、クロはその後をちょこちょことついていく。

 その様を見ていた結花が、何かを思いついた。

「そういえば、クロちゃんってオスですか?メスですか?」

「えっ、いやー、わからないです。オスメスって、どうやって見分けるんですか?」

 修一がそう言った途端、結花はクロをガシッと掴んだ。

「みぎゃー!」

 クロは絶叫しながら抵抗するが、結花はモノともせずに、持ち上げると、腹側を観察している。

「……女の子ですね。」

 それだけ言って、結花はクロを手放した。クロは慌てて修一の後ろに隠れる。

「御船さん、凄いですね。僕、まだ頭を撫でるのが精いっぱいなので。」

「そうですか?それだけ懐いていれば、膝の上に乗せたり、抱っこしても大丈夫だと思いますけど。」

「そうですかねぇ……」

 修一は袋から物を出しながら首を傾げた。


 その後、結花の指示の元、猫用品がテキパキと設置されていった。

 トイレの猫砂は、修一が買ったものはお気に召さなかったらしく、留守中に入った形跡はあったものの、おしっこが玄関の片隅にしてあった。

 消臭スプレーと、一緒に買ったウェットティッシュが早速役に立った。とりあえず、砂を別のものに変えて、様子を見ることになった。

 その他、爪とぎや、猫用ソファーをセッティングしていると、すっかり夜になった。

「やべっ、もうこんな時間か。お腹すいてませんか?」

「そうですね。でも、これだけは終わらせていきたいので。」

「じゃあ、何かご飯を買ってきます。これだけ助けてもらいましたし、ついでに立て替えてもらったお金も下ろしてくるので。」

 修一はそう言って、立ち上がった。

 二人分の晩ご飯代くらいは部屋に置いてあったが、今日の代金レベルの大金はなかった。

「いいですけど、初対面の人間が一人で家にいてもいいんですか?」

「別に盗られて困るものはないですし、御船さんなら、大丈夫だと思うので。」

 それだけ言って、修一はバタバタと出ていった。

 残された結花は、未だ微妙に距離をとっているクロの方を見た。

「君のご主人はいい人だね。君が懐くのもわかるよ。」

 と、結花はニヤっと笑った。

 それは修一の前では見せなかった、ちょっとだけ意地の悪い笑いだった。

「小さくても、ちゃんと女なんだね。」

「……」

 クロはまた、眉間にシワを寄せ、結花を見返していた。


 修一は某ファーストフード店のハンバーガーだのポテトだのを買ってきた。

「すみません、ATMがもう閉まっていたので、お金は明日以降でいいですか?」

 非常に申し訳なさそうに、修一は謝罪した。本当に、何から何までグダグダだ。

「別に構いませんよ。この程度の金額で、我が家の家計は覆りませんから。」

 結花はそう言いながら、クロの餌皿をセッティングしていた。

「せっかくですから、クロちゃんも一緒にご飯にしましょう。そちらは私が出しますから、河瀬さんはクロちゃんのご飯をお皿に入れてあげて下さい。」

「えっ、僕がそっちですか?」

 結花はにっこりと微笑む。

「ええ。クロちゃんも、河瀬さんからもらった方が嬉しいと思うので。」

「そんなもんですかねぇ……?」

 修一は怪訝に思いながらも、ハンバーガーの方を結花に任せ、子猫用のウェットフードをステンレス皿に入れる。

 すると、クロはトコトコと寄ってきて、餌の匂いを嗅ぎ始める。

「……食べるかな。」

 修一がドキドキしながら見ていると……

「みぃっ!」

 クロは勢いよく齧り付いた。

「よかった……」

 とりあえず、これで一安心だ。

 修一は心底ホッとしたようで、むしゃむしゃしているクロを嬉しそうに眺めている。

「それじゃ、私達も冷めないうちに頂きましょうか。」

 ちょうど、結花も座卓に並べ終えたらしい。

 こうして、二人と一匹での初めての夕食となった。


 その後、餌関係の後始末と注意事項の説明の後、結花は帰っていった。

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