Side:人35
原案:クズハ 見守り:蒼風 雨静 文;碧 銀魚
怒涛のクリスマスが終わると、慌ただしい年末年始がやってきた。
「何でクリスマスと年末って、こんなに接近してるんでしょうか。」
修一がぼやくと、
「それぞれ別の宗教に起因しているからじゃないでしょうか?運が悪かったんですよ、日本という国は。」
結花があっさり解説した。
会話はほのぼのしているが、その目の前には、うず高く積まれた本の山が、山脈状に連なっている。
年末年始は29日から翌年3日まで休配になる為、月末月始発売の月刊誌が、軒並み前倒し発売される。それがクリスマス後の26日から28日辺りに集中するのだ。
更に、年末年始商戦に合わせて、人気作家の作品やコミックの人気作の新刊が年末に集中して発売されるため、雑誌と相俟って、猛烈な量が入ってくる。
「まぁ、入荷があるだけ、幸せだと思いましょう。」
「まぁ、そうですね。」
忘年会の一件以来、取次との不和が懸念されたが、今のところ、これまでと変わりなく取引は続いている。窓口になっている丸山がそれなりに奮闘しているらしく、御船書房に冷遇の気配はない。
もっとも、莉愛が睨みを利かせているのも、かなり大きい。
彼女の常人離れした行動力と機転、インフルエンサーとしての影響力は、イチ企業のお偉いさんといえど、無視できないレベルのものらしい。
「本当に、莉愛には頭が上がらないなぁ。」
「そうですね。」
二人はうんうんと頷き合った。
年内最後の入荷があった28日、丸山が年末の挨拶をしにやってきた。
「お疲れ様でーす!」
丸山が御船書房にやってきたのは、忘年会の時以来だ。
「あっ、お疲れ様です。」
「みゃー」
レジに入っていた修一と、クロが挨拶した。
それを聞きつけて、バックルームで返本作業をしていた結花も、小走りでやってくる。
「丸山さん、お疲れ様です。あれから、会社のほうはどうですか?」
結花は開口一番それを尋ねた。彼女としては、自分が起因の一つだっただけに、気になるところだろう。
「いやー、めちゃくちゃ大変です!もちろん、御船さんが悪いわけじゃないですよ。」
そう付け加えてから、丸山は現状を説明してくれた。
まず、岡本専務の息子の晋也だが、例の妊娠させた女性と、急遽結婚が決まったそうだ。これは、親馬鹿ながら厳格な岡本専務が、筋を通させたということらしい。
ただ、晋也に関しては、今回の婚約相手とは縁を切って、別の女性に手を出そうとしていたとの、出所不明の噂が流れており、次の年度末に人事異動で、関連会社に出向になるかもしれないとのことだ。
ちなみに、この噂は丸山が積極的に流したわけではないのだが、
「給湯室でつぶやいてた独り言が、誰かに聞かれたかもしれませんけどねー……」
と、怪しいコメントを間に挿し挟んではいた。
今のところ、莉愛は一切行動を起こしていないので、岡本専務の地位に揺るぎはなさそうだが、今回の一件は晋也の不義に対して立腹しているとのことで、御船書房や結花に対して悪い感情を抱いてはいなさそうとのことだ。
「まぁ、莉愛さんの生意気な態度をどう思ってたか、わからないけどね。」
丸山はさらっと付け足した。
「それにしても、あれから一週間ほどですけど、本当に社内政治を見るようにし始めたんですね。」
結花が感心しながら言うと、丸山はちょっと苦笑いした。
「まぁ、調べてて面白くはないですけどね。僕はやっぱり、こうやって現場を回って、店員さんと話したり、手伝ったりするのが性に合ってるので。でも、こういう社内政治的なものも把握しておかないと、その現場の人達に迷惑をかけるってことを、今回痛感したので、今後は最低限チェックだけはしておきますよ。」
「でも、今回は特殊ケースじゃないですか?」
修一が尋ねると、丸山は欧米人のようなオーバーリアクションで否定した。
「例えば、今回僕が社内政治に精通していれば、御船さんに忘年会へ来ないよう言ったりできたわけです。で、社内政治とはよく言ったもので、こういう感じで現場の細々全てに関わってくるもんなんですよ。どこでどう関わってくるかわからないので、もしもの時に反応できるようにしておきたいんですよ。」
丸山が言っていることは、結花はピンときていないようだが、営業職を経験している修一は、何となくわかった。少なくとも10人以上社員がいる会社だと、大なり小なり社内政治的なものは発生するものだ。それ自体は良いとも悪いとも言えないが、そこで生きていくなら、意識しないといけない瞬間はどうしても来る。
丸山は今回、自分が好きな仕事を進める為には、好きでなくても意識しなければならないと、学んだのだ。
「まぁ、そういうのを全部ぶち壊して力業で解決する、莉愛さんみたいな仕事の仕方も、憧れますけどね。」
「あれは真似しちゃダメです。」
修一はこの中で一番の年長者なので、そこは釘を刺した。
「とりあえず、ここと僕にとっては怒涛の1年でしたけど、お世話になりました。来年もこうやって、楽しく仕事できたらいいですね。」
丸山がそう言って頭を下げると、結花と修一が揃って頭を下げた。
「こちらこそお世話になりました。」
「来年も宜しくお願いします。」
その様を見て、丸山はニヤリと笑った。
「来年は御船書房も、二人の仲も益々飛躍しそうだから、面白そうですね。」
「えっ!?」
「えっ!?」
結花と修一が同時に叫んだ。
「だって、この一週間で、結構仲が進展してるでしょ?」
丸山が指摘すると、修一が大慌てで首を横に振った。
「いやいやいや、何でそんなことを!」
「ボディーシンクロニーって知ってます?好意を持っている人同士が、同時に同じ動きをする現象。一週間前より、それが格段に増えたなぁと思いまして。頭を下げるのも同時だし、驚き方もタイミングンも息ぴったりだし。」
意外としっかり根拠を言われて、二人は顔を赤くして押し黙るしかなかった。
「黙るタイミングもぴったりですね。それでは、よいお年を~」
その様子も面白かったのか、丸山はクスクス笑いながら御船書房を後にした。
29日になり、商品の入荷が止まると、途端に客数が少なくなった。
入荷作業も返本作業もなくなり、客数も少なくなったので、特に修一のほうがやることがなくなった。
唯一、通販のほうは、むしろ注文が増えたので、梱包作業や宛名書きを修一は延々とやっていたが、郵送できるのが、三箇日が終わってからになるので、いつもより作業が早く終わってしまう。
「年末年始の予定だけ、立てちゃいましょうか。」
昼過ぎの閑散時間に、結花が提案した。
毎年、31日は営業時間を短縮して18時閉店、1日は休みで、2日と3日は短縮営業、4日から通常営業としているそうだ。
「今年はどうしましょうか?今のところ、客数が減ったとはいえ、結構クロちゃんに会いに来る人がいるので、昨年よりだいぶ人は多いのですが……」
「欲を出して、元日も営業します?短縮営業でいいとは思いますが……それと、莉愛が年末年始は忙しいけど、3日の午後から暇になるから、新年の挨拶と称して遊びたいらしいです。」
今朝、莉愛から連絡があったのだ。
「じゃあ、31日から2日まで18時閉店の短縮営業で、3日は15時閉店の超短縮営業にしましょうか。3日の夕方から、新年会という流れで。」
「そうですね、それでいきましょう。」
修一は了解し、莉愛に内容を連絡しておいた。
その日、久々に修一は18時に上がり、二階でクロと戯れていた。
「年末年始が楽しみなんて、本当に久しぶりだなぁ。」
修一がつぶやくと、クロが怪訝そうに顔を見てきた。
「みゃん?」
「昨年末とはえらい違いだよ。それもこれも、クロのおかげだよ。ありがとうな。」
「みゃーん」
クロは修一の手に頭をスリスリしてくる。
「おまえは凄いよ、人の運命を変えるんだもん。俺には真似できない。」
「みゃん」
「しかも会ってまだ、数か月だもんな。もう、何年も前から一緒にいたような気がするけど。」
「みゃーん」
「なぁ、俺……」
「みゃん?」
「結花さんと、ちゃんと家族になれるかな……」
「……」
「そこは返事してくれないのかよ。」
クロはすました顔で、修一の膝の上で丸まった。
30日、31日はこれまでの常連客、今年から新たに常連になった客が、年末の挨拶に来てくれた。ついでに、何かしら本を買ってくれる人も多く、昨年末より売上は大きく伸びた。
クロもそれを知ってか知らずか、客達にはいつもより一層愛想よく接してくれており、結花曰く、過去最高の年の締めとなったとのことだった。
そうして、18時になり、御船書房は今年最後の営業を終えた。
「さて、今年はこれで終わりです。本当にお疲れ様でした!」
シャッターを閉めると、結花は元気よく告げた。
「お疲れ様でした。それと、本当にありがとうございました。」
「みゃー」
修一が頭を下げ、レジで閉店作業を見守っていたクロが、合いの手を入れる。
「それじゃあ、上に行こっか。年越し蕎麦の用意するから。」
「わかった。その間にクロのご飯とか用意するよ。」
二人とクロは二階に移動し、それぞれ年越しに向けて準備を始めた。
しばらくして、結花お手製の年越し蕎麦が完成し、テレビで年越し特番を見ながら、二人は寛ぎ始めた。
「去年の年末とは大違いになったなぁ。」
不意に結花がつぶやいた。
「ん?どうしたの?」
「ううん、大したことじゃないんだけどね。去年の年末は、店を閉めた後、独りでここで年末の売上締めをやってたんだけど、一昨年より売上は落ちてたし、お父さんが作ったこの店を守っていけるか、不安に思ってたんだよね。」
大学を中退したばかりの若年で、しかも女で一つ。結花が抱いていた不安がいかばかりだったかは、想像に難くない。
「それが、この半年余りの間に、修一さんとクロちゃんと出逢って、通販を始め店の状態が大きく変わって、クロちゃんと莉愛さんががんばってくれて、お店が大きくバズって……人生って、想像もつかないスピードで、想像もつかない形で変わるものなんだね。」
「そうだね。俺もそもそも猫を飼うなんて、去年の今頃は思いもしなかったし、あのマンションを出て、こんな形で誰かと年末を過ごすことになるなんて、思わなかったよ。」
「みゃー」
クロが修一の膝に乗り込んできた。
すると、結花が急に表情を引き締めた。
「修一さん、クロちゃん、ありがとうございます。あなた達のおかげで、私の人生が大きく変わりました。とても感謝しています。」
修一はちょっと驚いたが、すぐに相好を崩すと、クロの背中を撫で始める。
「それは、結花さんが俺とクロを助けてくれた結果だよ。あの時、結花さんが救いの手を差し伸べてくれなかったら、俺もクロも確実に行き詰まってた。だから、俺達は俺達の出来る範囲で、恩返しをしているだけだよ。なぁ、クロ。」
「みゃー」
クロが元気にお返事した。
「まぁ、この御船書房にとっては、俺達も然ることながら、俺の縁で付いてきた莉愛の影響力が、良くも悪くも大きかった気はするけどね。」
「それは確かに。」
二人は笑いあった。
そうしている間に、テレビから年明けのカウントダウンが聞こえ始めた。
「あっ、年明けだね。」
「そうだね。」
二人は何となく居住まいを正し、年明けに備えた。
「5、4、3、2、1!」
テレビから華々しいファンファーレが聞こえてきた。
「明けまして、おめでとうございます。」
「今年も宜しくお願いします。」
「みゃー」
二人とクロは畏まって、新年の挨拶を交わした。




